世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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07


「じゃあハピィ、僕はここで見送るだけだから、スィを通してあげてくれるかな?」
「わかりました。門を開きますね」
ハピィは門番として預けられた鍵で門を開ける。ゆっくりとした動作で扉は開き、その先に大きな魔方陣が展開されている。それが転移陣で、この陣で移動した先に黄泉の門への扉がある。うっすらと白い靄が立ち込めている門の外へ、少女は歩き出す。
 魔方陣の一歩前まで進んだところで後ろを振り返る。並んでこちらを見ているエルとハピィに順番に視線を送る。
「ではエル様、ハピィ、行って来ます!」
不安を振り払う様に、元気な声で言った。
「行ってらっしゃい、スィ」
ハピィが小さく手を振って送り出す。それを見た少女は片手をあげて応える。

「あ、スィ。言い忘れてたけど」
「はい?」
魔方陣へ足を踏み出そうとした少女を、唐突にエルが呼び止める。
「ちゃんと取り返すまで、天界に帰って来たらダメだからね」
「ええっ!?」
今まで以上の満面の笑みを浮かべながら、エルは言い放った。少女は仰け反りながら短い叫び声をあげ、慌てて言葉を返す。
「そんな、私、聞いてませんよ!」
「だから言い忘れてたって言ってるでしょー?」
少女の言葉に軽く膨れながら両手を腰に当てて、ふんぞり返った。
「……でもあの、途中報告とかそういうのは……」
もごもごと消え入りそうな声で、少女が尋ねる。
「えーっ?取り返せない報告なんて要らないよ」
「う……」
そんな少女に対し、エルははっきりと厳しい言葉を浴びせた。堪らず少女は黙る。
「……分かった?スィ」
笑顔の奧から有無を言わせない真剣な眼差しを向けて、もう一度念を押す。
「……はい」
諦め半分に頷いた。この鋭い眼差しを向けられては、少女も従うしかなかった。
「えっ……あの、エル様、スィは……」
「んー?」
ハピィが不安そうに口を挟む。親友がどんな用件で人間界に行くのかは分からないが、家を空けるのは、しばらくどころの話ではないのかもしれないのだ。不安そうな彼女の顔を見て、エルが柔らかく微笑みかける。
「まぁ大丈夫じゃないかな?スィがちゃんとやってるか、時々遣いを送るつもりだから、もし何かあっても対応できるよ」
「そう、ですか……」
スィの様子が分かるなら、と安堵の息を吐いた。
「スィもそれでいいよね?」
前方で小さく胸を撫で下ろしていたスィに、ハピィに向けた笑顔と同じように微笑んで問う。
「……はい。分かりました」
少女は意を決して返事をした。
「スィ、本当に気をつけてね?」
「うん!エル様もああ言ってくれたし……大丈夫だよ、多分」
ハピィが少女へもう一度言葉をかける。それに苦笑いで応える少女。
「では、今度こそ行って参ります」
そう言って正面を向く。
「行ってらっしゃーい」
エルがその背中に声をかけるが、もう後ろを振り返らない。少女は魔方陣に足を踏み入れて、光に包まれながら溶けるようにその姿は消えていった。

 辺りは静寂に包まれる。風に揺れる木々のざわめきだけが響く。
「スィ……本当に大丈夫かな?」
少女を思って、ハピィがぽつりと溢した。
「ねぇハピィ」
「……あ、はい」
ぼんやりしていると、エルに声をかけられる。
「君にお願いがあるんだ」
「……?!」
エルの方へ向き直って、ハピィは思わず声をなくした。そこには、先ほどまでと全く違う真剣な表情をしたエルがいたからだ。
「……エル様?」
「……」
エルは俯いたまま何も答えない。その表情は、どこか悲痛に見えた。スィの件といい、やはり何かが可笑しい。
「お願いって」
「取り敢えず、僕の屋敷に行こうか。話の続きはそこでしよ」
ハピィの言葉を遮って言った。言い終わらない内に門から踵を返して歩き出す。
「……はい」
拭い切れない不安とただならぬ雰囲気に、人間界へ降りていった親友の無事を祈る。それから黙って前を歩く小さな背中を小走りで追いかけていった。

Section 02. End.





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