世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


「スィ先輩!」
早足で家に帰る途中、誰かに呼び止められる。少女が振り返ると、派手な赤い色の髪の毛を長く伸ばした眼鏡を掛けた青年がいた。青年は腰から翼が生えている腰翼天使と呼ばれる珍しい種族の天使で、スィより一つ歳上だが後輩にあたる。眼鏡を右手で軽く直し、不機嫌そうな顔でこちらに近付いてきていた。
「あれっセイカ、こんなところでどうしたの?」
足を止めて彼を待つ。セイカは少女の問いかけに大きな溜め息を吐く。
「……どうしたの、じゃないですよ」
「へ?」
言葉の意味が分からず、きょとんとする少女に再び溜め息を吐いた。
「……僕の魔法練習に付き合うって約束、忘れたんですか?」
「……あ。ごめん、忘れてた……」
少し考えた後に、そんな約束をしていたと思い出し、失念していたことに眉をハの字にして申し訳なさそうに謝る。
「別にもう慣れました」
「あうぅ……ごめん……」
ぷい、と顔を背けたセイカに向かって両手を合わせて頭を下げる。何度目か分からない溜め息を吐いたセイカに、慌てて顔を上げて弁解する。
「あっでも……あのね、今回は本当にそれどころじゃなくて……」
「あぁそうですよね。僕のことなんてどうでもいいですよね」
セイカの卑屈な返しに戸惑ってしまう。
「もう、そうじゃなくて〜……」
もう何年も先輩として彼を見てきたが、このひねくれた性格にいつも手を焼いている。
「本当に私の一大事なんだから!」
「!?……」
堪らず強く言うと、セイカが目を丸くした。ややあってから、
「……何かあったんですか?」
と小さく訊いた。
「実はね……」
少女が事態の要点をかいつまんで説明する。

「――だから今から取り返して来なくちゃいけないんだ」
「……そう、なんですか…」
話を聞いてセイカの表情が曇る。きっと先程のエル同様に少女の身を案じているのだろう。
「あ、でも心配しなくても大丈夫だよ?」
余計な心配を掛けないようにとセイカに声をかけると、一瞬驚いた表情を見せたあと、控え目に微笑んだ。
「……えっ?……あ、そうですね。認めたくないですけど、スィ先輩強いですから」
「……あ、ありがと」
いつも馬鹿にしてくるセイカに素直に誉められ、驚きながらも少しはにかんで礼を言った。
「じゃあ、しばらく練習もお預けですね」
「うん……途中で帰って来れるかもしれないけど、落ち着いては居られないだろうし……そうなるかな」
苦笑しながら頷く。それを見たセイカが続けて口を開く。
「でしたら僕の方は別の人にお願いしますので、気にしないで下さい」
「あ、だったらあのリーフェって子に練習に付き合ってもらったら?」
セイカの言葉を聞いた少女が、思い付いたように提案する。
「……え?」
間の抜けた様な声。他の天使の名前を出したものの、セイカにはリーフェがどんな天使なのか結び付いていないようだ。
「ほらあのふわふわのオレンジ色の髪の毛の可愛い子。確かセイカと同期でしょ?」
容姿と特徴を大雑把に告げるが、セイカの表情は難しいまま。
「…………知りません」
「えっ嘘でしょ?」
少女は驚いて聞き返す。
「僕、他人に興味ありませんから」
冷たい口調できっぱりと言い放つ。さらに少女は驚いてしまう。
「ええっ!?いやでも、いくら興味がなくても、同期の子くらい覚えてるでしょ?」
「ですから知りません」
「でも…… ……はぁ」
言葉を返そうとして、堅物過ぎて融通の効かない彼を相手に、この押し問答が終わるとは思えず溜め息を漏らす。よく二人で報告に来ていたと思ったのだけど。

「……あれ?」
はっとして首を捻る。
「でも最近、リーフェの姿見てないなぁ……」
「…………」
少女の呟きにもセイカは我関せず、と言った様子。
「……もしかして具合でも悪くて休んでるのかな?」
「スィ先輩」
姿を見ない後輩に不安を覚えながらぶつぶつ呟いていると、セイカが口を挟んだ。
「今そんなこと考えてる場合ですか?」
「えっ」
正面にいるセイカを見る。少女を見ていた彼と、やっとまともに視線が合う。
「急いで人間界に降りるんでしたよね?」
小首を傾げながらセイカがスィに言葉を返す。彼に言われて少女の表情に焦りの色が戻ってくる。
「あわわ……そうだった!もう行かなくちゃ!」
くるりと踵を返して再び自宅へと向かおうとするが、一度足を止めて顔だけでセイカに振り返る。
「あ、セイカ!ちゃんとリーフェの所在を確認しといてね!」
「何で僕が……」
心配の芽を摘んでおこうとセイカに頼むと、明らかに嫌そうに表情が歪んだ。
「リーフェと同期でしょ!じゃあお願いね!それじゃ!」
「あ、ちょっと、スィ先輩?!」
半ば押し付けるように言い付け、何事か喚いているセイカを尻目に、少女は慌ただしくその場を後にする。

一人取り残されたセイカは、右手で眼鏡を直したあと、盛大な溜め息を吐いた。





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