世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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04


「でもまぁ、そんなこと考えても仕方ないから、まずは天使の涙を取り返すことを考えなよ!」
「うー……でも……」
「もー、何を渋ってるの?」
煮え切らない態度の少女。呆れた様にエルは近くの椅子に座る。そのまま少女をまっすぐ見上げる。
「君の魔力のモノなんだから、誰かに持ち出されたままにしておく訳にもいかないでしょ?それに」
エルは一度言葉を切り、目を細めながら続けて口を開く。
「忘れたの?『天使の涙』が悪用されたら、君自身が一番危険なんだってこと」
冷ややかな口調のエル。僅かに恐怖を感じた少女が身を竦める。
「それは……そうなんですけど……」
「いい?何度も言ってるけど、『天使の涙』は強力な癒しの力を持ってる。不治の病だって治せちゃうほどの魔力をね。さすがに死者の蘇生は無理だけど」
「…………」
少女自身も癒しの魔法を得意としている。その少女と同じ魔力ある『天使の涙』が、強力な癒しの力を持っていても不思議ではない。
「でも『天使の涙』は未完成なんだ。それを使うと魔力の源である君にその代償が及んでしまう。例えば誰かの骨折を治せば、代わりに君が骨折してしまう」
以前『天使の涙』の力を確認する為に腕に出来た切り傷を治したところ、その後会った少女は同じ腕、同じ箇所に切り傷を作って包帯を巻いていた。聞けば普通に友人と会話をしていたら、突然に腕に痛みが走り、見ると切れて血が出ていたと言う。
 それ以降『天使の涙』で治した怪我や病はスィ自身に及ぶと判明し、使用を禁止し人間界の遺跡に保管していた。少女は無意識に、その時の傷の箇所を手で擦っていた。
痕は綺麗になくなっている。
「いきなり怪我したりしました」
「うん。あの時は流石に僕も少し驚いちゃった。だから『天使の涙』を持った人が、只の綺麗な宝石だなーって癒しの力に気付かなければいいけど、秘めた魔力に気付き使用した、なんてことになったら苦しむのは君なんだよ?」
冷ややかな口調は消え、心底少女の身を案じていると感じられる声色。少女は顔を上げて、だらんと足を投げ出して椅子に座るエルと視線を合わせる。少女の目を見て、同じ姿勢のまま一言付け足す。
「自分自身の為に取り返さなきゃいけないんじゃない?」
「……そう、ですね……」
少女の表情が引き締まるが、あっと声を上げた。エルは首を少し傾げて視線で少女にどうしたのか尋ねる。
「あの、私が人間界に降りてしまっていいんですか?ほとんど私情ですけど……」
「あぁそんなの大丈夫!上には仕事って言っておくから!」
またも困り顔の少女に向かって、何も問題が無いと言うようにひらひらと手を振って笑う。
「天界のことは心配しなくても大丈夫だよ。君が居ない間の穴は、何とか埋めておくから」
心強いエルの言葉に頷く。
「分かりました。では人間界に降りる準備が出来次第、直ぐに出発した方がいいですよね」
「そうだね。事は一刻を争うしね」
エルが椅子から立ち上がる。
「じゃあ私、一度家に帰ります。出立の前にもう一度伺いますね」
「うん。そうしてくれるかな」

 ぺこりと頭を下げて部屋を後にしようとした時、ふと違和感を感じて振り返る。
「……そういえば、フィール……居ないんですね?」
彼の側近として、いつも側で仕えている筈の側近のフィールの姿が見えない。
「あぁ、フィールなら今は別件で出掛けてるよ」
つい、と視線を窓の外に投げながら、寂しさからか僅かにトーンが下がった声でエルが答える。窓の外を眺める寂しそうな横顔が、幼い姿に相応に見えた。
「そうなんですか……何だかエル様の周り、皆出掛けちゃいますね」
「仕方ないよ。こういう時もあるからね」
視線を少女に戻してやはり寂しそうに笑った。その表情はこのような状況に慣れてしまって、どこか諦めている様に感じた。
「なるべく早く戻って来ますね」
少女はにこっと笑って言った。そんな少女を見て、エルが意地悪そうな笑みを浮かべる。
「まぁ君の場合は事態が事態だから、期待しないで待ってるよ」
「う……」
エルの言うように、少女が早く帰れる見込みはない。ばつが悪そうに笑顔がひきつった。
「あの遺跡の罠や守護獣を全部掻い潜って無事でいるような人が相手なんだから、楽勝で取り返せた!……なんて風にはいかないと思う」
「うぅ……」
現実を突き付けられて少女は項垂れる。いつもの表情に戻ったエルが少女に歩み寄る。
「だから、君は自分のことを第一に考えなきゃ。僕のことなら心配ないからさ」
「……でも」
「本当に大丈夫だから。だって僕、大天使だよ?」
得意気に言う。無理をしている様にも思えたが、少女はエルの言う通り自分のことを気にすることにした。
「……はい、頑張って取り返して来ます」
「しっかりね」
「はい!では今度こそ失礼します」
「うん。また後でねー」
手を振るエルに軽く会釈をして、部屋を後にする。





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