世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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03


「えーっ?天使の涙獲られちゃったの?」
零れそうな大きな焦げ茶色の瞳を、更に大きくしながら不満気な声を上げる小さな男の子。真っ白なローブを着て、首から大きな銀色の十字架のネックレスを下げている。瞳と同じ茶色の髪の毛は肩に付かない長さに切り揃えられている。小さな身長と同じ位の大きな白い翼が背中から生えている。この少年が大天使のエル。トレアを治めるイリアの一人息子だ。見た目こそ12歳位の少年の姿をしているが、実年齢は5000歳を疾うに越えているとか。
 事態の説明を聞いての第一声が冒頭の台詞。
「はい……」
申し訳なさそうに先程の少女が頷く。少年は驚いた表情から、幼い顔立ちには不釣り合いな大人びた厳しい表情に変わる。
「……それは君自身が危険だね。……」
エルは少し考え込んだ後に、にっこりと笑って言った。
「じゃあ取り返して来なきゃね」
「ええっ?!」
「もー……うるさいなぁ」
思ってもみなかった解決案に、少女は声を上げて驚く。甲高い大きな声にエルが耳を塞いだのを見て、慌てて少女は頭を下げる。
「す、すいません!でも取り返すって!」
「ちょっと落ち着きなよ、スィ」
焦りからか食い気味な少女―スィをたしなめる。
「は、はい……」
「ほら、深呼吸ー」
エルの声に合わせて、スィは胸に手を当てて数回深呼吸をする。
「……落ち着いた?」
「はい」
落ち着きを取り戻した少女を見て頷く。
「じゃあ話を続けるね。ただの天界の宝なら放っといてもいいよ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん全然問題ないってことは無いんだけど」
怒られるの僕だし、と渋い顔をして独り言ちる。少女も苦笑いを浮かべる。
「でも天使の涙となると話は別。それは君が管理している特別なものだからね」
「はい……でもどうして……?」
少女は首を傾げる。
「言ってなかった?天使の涙には君の魔力が込められてるんだよ」
「……だから私の魔力に反応するんですね?」
「そう」
エルが、すっと少女に向かって指をさす。
「君の魔力はその小さな体には不釣り合いなほど巨大なんだ。でも巨大過ぎる魔力は、上手く扱えなければ身を滅ぼしちゃう」
いつになく真剣な大天使の声に、少女も相槌を打ちつつ静かに話を聞いている。
「そこで君の魔力を制限して、『天使の涙』と言うカタチにして人間界の遺跡に置いてあったんだ」
「そうなんですか……」
 ひとつ言葉を返し、顎に指を添えたまま黙り込む。少女の様子の変化をエルは見逃さない。
「スィ、何か訊きたそうだね?」
黙った少女に近付き顔を覗き込む様に見上げると、遠慮がちに少女がエルを見る。
「……天使の涙を私が持っていたら意味が無いのは分かるんですけど……」
「制御の意味が無くなっちゃうからね」
「はい。でも、危険を承知の上でわざわざ人間界の遺跡に置いておく必要があるのかなー……って」
「あぁそのこと?」
そんなことか、と言いたげな声音で続ける。
「あのね、潜在魔力の強い秘宝は、各地に散らさないと危険なんだ」
「危険?」
「そう。多数の強い魔力がひとつの場所に溜め込まれると、魔力同士で反応が起きて悪性の澱みが生じるの。その澱みは天界にも影響する……例えば人を狂わせちゃったりとか」
「!」
少女が目を見開いて驚く。
「まぁ、そんなことが起きるのは稀だけどね。念には念を、って言うでしょ?」
少女の不安を和らげるかの様に、にっこり微笑んで一言付け足した。
「……はい」
エルの笑顔につられ、少女も少し固さを含んでいるが、両手を胸に当てて微笑んだ。
「因みに、人間界にある潜在魔力の高い秘宝は『天使の涙』だけじゃないからね?」
「今の話からすると、そういうことになりますよね」
「厄介なのは、その秘宝を勝手に持ち出しちゃう輩が居るってこと。君の『天使の涙』みたいにね」
エルが困惑と呆れを孕んだ大きな溜め息を吐いて、難しい顔をする。
「大抵の遺跡には大量の罠を仕掛けてあるし守護獣が守ってる。暗号にも天使言語しか使ってないから、容易に出来ることじゃ無い筈なんだけど……」
「そうなんですよね……」
先程同じことを考えた少女も、エルの言葉に深く頷く。





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