世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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07


「さて、と」
どれだけそうしていたか。満足したように、青年が宝玉を箱にしまい、顔を上げる。
「お宝も手に入れたし、もうここに用はないな!」
台座から踵を返し、来た道を戻っていく。お宝を手に入れられた高揚感からか、青年の足取りは軽い。
「〜〜♪〜♪♪」
狭い通路にご機嫌な鼻歌が響く。颯爽と歩を進めながらも、また箱の蓋を開ける。
「今度ティレアに会ったら、自慢してやろ♪あ、情報の礼に一杯奢ってやろうかな」
淡く輝く宝玉にあの優しい笑顔を重ねた時、彼女の言葉を思い出した。
「……そう言えば、天界がどうのって言ってたな」
宝玉に映り込んだ自分と目が合う。
「確かに、天使とか悪魔とか、そういった類いの伝承は聞いたことあるけど……」
実際、遺跡が残っているのだから、過去に天使がここに居たのだろう。しかし、それを確かめる術も無い為、『天界』の存在の真偽は曖昧だ。
「……ま、天界なんてお伽噺だろ」
『天界』の話を面白いとは思いつつも、非現実的過ぎる為、苦笑してしまう。
「あ、でも待てよ?」
 ふと、思い付いて口を開く。
「天界なンて場所が実在したら、すっげェお宝がたくさん眠ってそうだよなぁ」
キラリと蒼色の瞳が光った。
彼のトレジャーハンターの血が騒ぐのだろう。
「誰も知らないようなお宝があるってンなら、少しぐらい天界の存在を信じてもいいかもな♪」
冗談混じりに笑った。トレジャーハンターが探す噂ばかりが先行する『お宝』と、お伽噺の様な『天界』。どちらも存在の曖昧さが非常に似ている。青年は『お宝』と『天界』が、どこか重なって見えた。

 静寂に包まれた遺跡内。自分の足音だけが反響する。通路の先から風が吹いてくる。
青年の金髪と赤いマフラー、そしてコートがふわりと風に舞う。
「お、そろそろ出口か……」
久しぶりの風に、遺跡探索の終わりを感じつつも、青年は心此所に在らずと言った様子だ。
「……天界、か」
低く呟いた青年からは、笑みが消えている。真剣な表情で『天使』と名の付く宝玉をきゅっと握る。その瞳に憂いの色が浮かぶ。
「……もしかしたら、そこに」

―カチッ
「ッ?!」
何かを呟きかけた時、いつか聞いた無機質な音が思考を遮った。
「げげっ、最後の最後にやっちまった!」
真剣な表情も憂いを浮かべた瞳も嘘の様に崩れ、慌てて音が鳴った足元を見ると、案の定床の一部が沈んでいる。数秒後、遺跡が弱く小刻みに揺れ始め、地鳴りが響く。
「何だ、今までの罠と違う……?!」
青年の少し背後の天井が開き、通路を塞いでしまいそうなほどの巨大な岩石が落ちてくる。

ズシンッ……!!
「おわっ!」
岩石が落ちた衝撃で、青年の体が跳ねる。よほどの質量が窺える。
「危ねッ…… え」
下敷きにならなくて良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間。岩石が青年に向かってゆっくりと転がり動き出す。
「ちょ、待て!こっち来ンな!」
岩石に向かって両腕を突き出して叫ぶが、相手は耳も意思も無いただの岩。止まる筈もなく、徐々に青年との距離を詰めていく。ちらりと後方を確認すると、外の景色を切り取った空間が見える。日が傾いたのか、外は橙色に照っている。
「ちッ……!こうなったら、あとはもう走るっきゃねェ!」
青年は身を翻し、一目散に遺跡の出口へ走り、夕闇の中へ溶けるように飛び出した。

手に入れた『天使の涙』と箱を落とさないよう、しっかりとその手に握って。

Section 01. End.





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