世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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06


 扉の奥に進んだ青年が、その場でぽつりと呟く。
「……何もいねェ」
部屋には何も居なかった。『守護せし者』どころか、魔物の気配一つすらしない。
「んー、こりゃどういう訳だ?暗号と話が違うじゃねェか」
拍子抜けしながら、青年が部屋の探索を始めると、部屋の隅に崩れかけた小さな台座があり、その上に小さな箱が置いてあるのを発見した。深紅の外装で、所々に散りばめられた金銀の装飾。いかにも宝箱だと言わんばかりの風貌の箱だ。
「……宝箱?怪しィな」
罠を警戒して、油断なく宝箱までの距離を詰めていく。宝箱の周りにも、宝箱自体にも罠は仕掛けられていなかった。
「『守護せし者』も居なけりゃ、罠も特に無し。……随分不用心だな」
あまりにも簡単に宝箱を手に取ってしまい、逆に不安になる。
「え、えーと……流石にコレがこのまま開くなんてことは……」
冗談混じりに苦笑しながら、箱の蓋を引っ張ってみる。

ぱかっ。
何の抵抗も無く、宝箱の蓋は開いた。中には小さな金色の鍵が入っている。
「…………」

ぱこん。
青年が思わず無言で蓋を閉じる。目を閉じて首を横に振る。
「……いやいや、そンな訳ねェだろ」
ここまでの苦労が嘘の様に、すんなりとお宝に近付けている可笑しな状況に、軽くパニックに陥る。
「今のは見間違いか夢だろ。……あ、そうだ!白昼夢!きっと白昼夢だな!あー……オレ、疲れてンだなー」
多少棒読み気味に、思い付いた言葉を並べて自分を落ち着かせる。
「大体こんな怪しい宝箱が、いとも容易く開く訳ねェって。絶対、今度は開かねェよ」
何故か冷や汗でびっしょりになりながら、大きく深呼吸を一つ。再度箱の蓋を引っ張る。

ぱかっ。
「…………」
やはり、宝箱の蓋は開いた。箱の中は先程と少しも変わらず、小さな金色の鍵が横たわっている。
「……やっぱ開くのか……有り得ねェ……」
開いた箱に向かって、脱力しながら呟いた。無駄に思考を巡らせ過ぎて、どっと疲労感が押し寄せてくる。
「確かにここまで来るのにめっちゃ苦労したけど、こンな簡単に鍵が手に入るなンて、オレのトレハン史上初だぞ……」
自身の経験を思い返しても、こんなことはなかった。必ず何重もの暗号を解いたり、魔物を倒したり罠を回避したりして、目的のお宝を入手する為に重要なものをゲットしてきた。
「……ま、いっか。今回はラッキーだったって事で」
肩透かしを食わされ不完全燃焼なまま、箱の中の鍵を掴み上げる。燭台の光に反射して、鍵の輪郭がキラキラと光る。
「多分この鍵で、あの宝玉を守ってる厄介なガラスを外せンだろ。台座にあった鍵穴の大きさ的にもそれっぽいし」
推測が正解であることを願いつつ、宝箱の蓋を閉じる。手中の箱に視線を落とす。
「……この箱も結構綺麗だし、ついでに貰ってっちまうか。あの『天使の涙』を、この箱に入れたら丁度良さそうだし♪」
青年は意気揚々と、鍵と鍵の入っていた箱を持って、部屋を後にする。

 開きっぱなしの扉を抜けて、部屋の中央に位置する台座に歩み寄る。台座のガラスの中に、初見時と変わらず、淡い光を放つ宝玉がある。
「やっとオレのモンになるな!」
目的のお宝がすぐそこまで迫り、自然と表情が綻んでしまう。先程手に入れた金色の鍵を、台座の鍵穴に差し込んでみる。目測通り鍵穴の大きさにぴったり合い、すんなりと鍵が差し込めた。
「…………」
ふと、一抹の不安が過る。もし簡単に入手したこの鍵が、フェイクだったら?ごくり、と青年の喉が鳴る。恐る恐る鍵を捻る。

カチャリ。
青年の心配をよそに、鍵が回る確かな手応えと、鍵の外れる音が一際大きく部屋に響いた。
「開いた!!」
鍵が外れ、自動的にガラスが台座の中へ収納される。宝玉が外の空気に触れ、輝きが増した様に見えた。宝玉を遮るものは何も無くなった。周りを再三注意してから、宝玉に手を伸ばし、それを掴み取る。特に罠が発動する様子も無い。
「これが『天使の涙』……!」
瞳をキラキラ輝かせて、自分の手の平に置いた『天使の涙』を眺める。
「……綺麗だな……」
噂通りのお宝に、綺麗以外の言葉が見つからない。青年は暫くその場で、宝玉を見詰め続けた。





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