世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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05


 しかし、仕組みが理解出来ても、青年はなかなか暗号を解くことが出来ずにいた。
「まいったな。情報が少なすぎて暗号が解けねェな……石板だけを頼りにしてちゃ、解けねェのか?」
一度石板を全て外し、石板の嵌め込まれていた木枠を調べる。
「……んー?」
良く調べると、木枠の上部分に、小さな文字が彫られていた。
「……また古代語か。小さ過ぎて気付かなかったな…」
目を細めて小さな文字を読む。
「『部屋全体を眺め、掌握せよ』?……ヒントか?」
文字の通り、部屋を見渡す。
「さっきもちらっと見たけど、別に変わったとこはねェよなぁ」
 外した石板をそのままにして、部屋の入口まで戻ってみる。通路から一歩入ると、入口の両脇には先程も見た、装飾の施された燭台が炎を灯している。部屋の丁度中央に、あの宝玉が置かれた台座。台座の後ろに、『守護せし者』が居そうな大きな扉。台座から東の柱の奥に石板。
「……火ィ点いた燭台が二つ……真ン中のお宝、扉……待てよ?もしかして……あの石板の謎って」
部屋を眺めていた青年がハッとする。足早に台座の西側へ行き、壁や床をくまなく調べる。天井を見上げた時、何かに気付き口角が上がる。彼の視線の先には、天井の一角に星の形を模した、ところどころ掠れた魔方陣が彫られている。
「……やっぱり。あの石板が表してンのは、部屋にあるものの配置だ!」
やっと見つけたお宝への糸口に、青年の表情が明るくなる。
「そうと分かりゃ、あとは簡単だぜ!」
反対側の石板まで急いで戻る。
「まずド真ン中は、あのお宝。この石板の中でお宝を表してそうなのは……『珠』だな」
石板を嵌め込むと、カチッと小気味いい音が鳴り、外れなくなる。
「……正解っぽいな♪」
楽しそうに声が弾んでいる。
「右隣は石板があったから『鍵』、左隣は『星』の魔方陣」

―カチッカチッ
「……よしよし」
次々と石板が嵌まっていく。
「下の列は……入口の両脇に燭台があるから、両サイドは『炎』。真ン中は……んん……」
手が止まる。髪の毛に手を突っ込んで、入口に振り返る。しかし、目につくものは見当たらない。
「何もない……訳がねェ…………あ」
何かある筈の空間をじっと見ていた青年が声をあげる。そこには、入口の手前にあった燭台からの青白い光が、部屋に射し込んでいた。
「そうか、これだ!」
青年は指を鳴らして、二つの『炎』の間に、『光』の石板を嵌める。あの小気味いい音が耳に届く。
「……よし。……それにしても、実体のないモンまで鍵にするとは、手の込ンだ暗号だな。アレはよっぽどいいお宝なのかもしれねェな!」
未だガラスの中で眠っているお宝に、期待が膨らむ。

「さぁて、あとは上の列の三つだな。コレも真ン中は分かるぞ」
台座の奥に視線を向ける。重厚な扉がある。
「あの『扉』だ」

―カチリ
石板の嵌まる音が鳴った。
「…奥には何が潜んでンだろうな…ここまで来て退く気はねェけどな」
扉の奥のまだ見ぬ『守護せし者』を見据え、気を引き締めるが、その表情には疲れが見え隠れしている。
「あと残ってる石板は……『天』と、文字が掠れちまって読めねェ石板か…」
片手に二つの石板を持つ。
「もう考えンのダルいし、適当に嵌めちまうか」
上段右に読めない石板、左に『天』を嵌める。しかし、何も反応が起きない。
「……逆か?」
青年が疑問符を浮かべていると、何も無かった左側の壁が静かに開く。その中に無数の矢が姿を覗かせる。
「ッまたかよ!」
先刻の罠を連想し、後方へ跳ね避けるが、僅かに反応が遅れ、飛び交う弓矢が頬を掠めて血が滲む。
「ちッ……」
切傷特有の地味な痛みに、少し顔を歪ませながら舌打ちする。コートの袖で頬を拭う。
罠が止まり、弓矢が消える。
「はぁ……楽すンなってことか」
深い溜め息を吐きながら小さく呟き、自嘲気味に笑う。
「そういや、誰かさんも近道は危険だって言ってたっけ。本当にその通りだ」
懐かしそうに目を細める。
「ま、何はともあれ、お宝はもう直ぐそこだ」
石板の前に立ち、間違って嵌めた二つの石板を外す。
「これが逆、な」
『天』と読めない石板を、先程の位置と逆に嵌め直す。

―カチッ。カチリ。
石板の嵌まる音。その数秒後、石板が光り輝く。全てが正しい位置に嵌まった証拠だろう。
「うっし!これで『歪んだ道』は正せたな!」
輝く石板を、青年が満足そうに眺めていると、遺跡全体が揺れだす。建物が古く石造りの所為か、パラパラと天井から塵が降ってくる。
「おわ、……また地震か?」
遺跡の入口での地震を思い出す。近くの壁に背中を付けて振動に耐える。
 振動に呼応するかの様に、台座の奥にあった固く閉じられた重厚な扉が、ゆっくりと開いていく。
「扉が……!この揺れは地震じゃなくて、扉が開く振動だったのか!」
振動が収まらない内に壁から離れ、振動によろけながら扉の前まで歩いていく。青年が扉の前についた時、微動だにしなかった重厚な扉は完全に開き、振動が収まる。扉の奥は、この部屋と変わらなさそうな雰囲気の、広い空間が見えている。入口が橙に照らされているところを見ると、あの燭台があるのだろう。
「この奥に『守護せし者』が……?」
逸る鼓動を抑えながら、開いた扉を潜る。





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