世界は未完のまま終わる | ナノ


Long novel


 世界は未完のまま終わる
 ―想いに終わりなんて、ない。
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03


 遺跡内は薄暗いものの、壁の所々に簡素な燭台が取り付けられており、青白い光が遺跡内を照らしている。未だに燭台が灯っているのは、おそらく魔力が使われているのだろう。しかし内部は朽ち果てており、靴の裏に砂利のこすれる感覚がする。埃っぽいような、黴臭いような鼻につく臭いに、思わず巻いているマフラーで鼻を覆う。長い間放置されていたようだ。
 耳を澄まし、感覚を研ぎ澄ませる。遠くの方で何かの呻きが聞こえた。
「魔力と少しの殺気を感じる。魔物が潜ンでるのか……?」
コートの内側にしまっていたナイフを取り出し、左手に握り警戒を強める。

「……静かだな」
遺跡内は静寂に包まれており、歩く度にコツ、コツ、と音が響く。遺跡の内部は複雑な造りではなく、時折別れ道がある程度でほぼ一本道の通路が続く。そのお陰で、青年は然程迷うことなく奥へ進んでいる。
「よっ、と」
倒れている柱や崩れ落ちた瓦礫を踏み越えていく。瓦礫を避けた先の床を歩く。
「ン?何だコレ」
両側の壁のうち、左側だけ妙に傷が付いて、ボロボロになっていることに気がついた。傷を観察しながら歩みを進める。
―カチッ

その瞬間、機械的な音が鳴った。
「ッ何だ!?」
音に反応した青年が、音の根源である足元を見ると、床の一部が沈んでいる。
「罠か!?」
立ち止まって辺りを見回す。床から1メートル位の高さの右側の壁に、無数の穴が出現する。穴の中には、キラリと鈍く光る何か。
「まさか……ッ!」
危険を察知した青年が、咄嗟にしゃがむ。その刹那、彼の頭上を無数の矢が飛ぶ。矢がマフラーを掠めた。数秒後、矢が止まる。穴が閉じたのを目で確認してから、その場から離れて立ち上がる。
「あっぶねェ……」
額の冷や汗を拭う。壁を見ると大量の矢が壁に突き刺さっている。
「……ちょっと遅かったら、死ンでたな」
また少しほつれたマフラーの先に触る。壁に突き刺さっていた矢が、音もなく消える。傷だけが壁に残された。壁の傷は、この罠の所為で出来たものだったのだ。
「……もっと慎重に行かねェと」
青年の表情が引き締まる。再び先へ歩き出す。

 狭い通路から、天井が高く開けた空間に出た。入口の両サイドに蒼い石が埋め込まれた、良く解らない変わった装飾が施された燭台がある。他のものよりも目を惹く印象を受けるそれから、オレンジ色の炎が辺りを橙に染めている。その空間の中央に古びた台座が鎮座している。
「おぉ。怪しいモン発見!」
慎重に台座に近寄る青年。その姿は、既に傷だらけになっている。
「やれやれ……落とし穴に落石、飛び出す針に魔物の群れ……苦労させてくれるぜ」
来た道を振り返り、深く息を吐く。あらゆる罠を掻い潜って来たことが窺える。
「ここまで来て死にたくねェからな」
 一歩ずつ台座の傍まで近寄るが、特に罠は仕掛けられていないようだ。1メートル位の高さで、台座の一番上はドーム状の透明なガラス張りになっている。ガラスが汚れてはいるものの、古びた台座とは打って変わり、ヒビひとつ入ってない。
 その中を覗くと、淡い光を放つ直径4、5センチほどの小さな宝玉。透明に見えて、見る方向によって宝玉の色が違ってくる。色鮮やかな宝玉の中心に、少しの闇。それが宝玉の美しさを引き立たせている。
「おー!こりゃ本当に綺麗だな!」
警戒も忘れて、青年はガラスに顔をくっつけて宝玉に見入る。
「天使とか天界とか、どんな感じか知らねェけど、これは本当にこの世界のものじゃなさそうだな……!」
半信半疑だった情報が現実味を帯び、興奮気味に呟く。





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