目を覚ますと、天井の木目が見えた。水分りの家かと思いながら身を起こすも、どうやらそうでは無いらしい。以前、キララさんにちらりと案内をして貰った、離れのようだった。どうして、やら、あれからどれだけの時間が経ったのだろうかと、起き抜けの頭でぼんやりと考える。やがて思い出した様に右足を確認すると、破損していた部分は体内のナノマシンによって既に修復されたのか、傷跡一つ無くなっていた。まるで怪我そのものが無かったかのように。だが、紅の修復力を持ってしても生身の肉体までは短時間での回復が困難だったのか、背中にはまだ鈍い痛みが残っている。それが無性に切なくなって、私は暫くの間膝を抱える様にして蹲っていた。
それから程無くの事。
 
「痛むのか」
 
突如降って来た声に、私は驚いて顔を上げる。いつの間にか戸口は開かれ、そこにキュウゾウさんが立っていた。キュウゾウさんの肩越しに、未だ小雨が振り続けているのが見える。私はキュウゾウさんへと視線を戻すと、首を横に振りながら「大丈夫です」と小さく答えた。
 
「島田が居なくなった」
「カンベエさんが…?」
「仕事の続きをしに、都へ」
 
都。その言葉に、ぞくりと悪寒が走る。私達の仕事は、まだ終わっては居ない。リキチさんの奥さん…サナエさんをはじめとした村の女性達や、ホノカさんの妹さんを助けるという約束が、まだ残っている。けれどカンベエさんは、如何して私達を置いて一人で都へと向かったのだろうか。キュウゾウさんは、“島田が”居なくなったと言った。それはつまり、他の人はまだこの村に居るという事だろう。私が困惑している間にも、キュウゾウさんは言葉を続ける。
 
「これから島田を追う、すぐに支度しろ」
「え…」
 
どういう事かと問い掛けるよりも早く、それだけを告げてキュウゾウさんは外へと出て行ってしまう。私が眠って居る間に、皆でカンベエさんの後を追いかけるという事になったのだろうか。釈然としないまま、それでも言われた通り、私は立ち上がって着物の乱れを直すと、傍らに置かれていた紅を背負い直し、布団を畳んだ。そうして外に出る頃には小雨も殆ど止んでおり、雲間から薄らとした光が差していた。待って居てくれたらしいキュウゾウさんの元へと歩み寄るも、他には誰の姿も見当たらない。それを不思議に思い、問い掛ける。
 
「あの、他の皆は…?」
「村の再建にあたっている」
「え?じゃ、じゃあ、私達だけで…?」
 
今一つ状況が飲み込めず、私の頭は混乱を深めて行く。既に歩き始めていたキュウゾウさんが、その足を止めて肩越しに振り返り、言った。
 
「お前に勝手に死なれては、困る」
 
成、程。キュウゾウさんの答えは、とても端的で解りやすかった。もしかしたらここ暫くの間で、キュウゾウさんと言う人を知る事が出来たからかも知れない。キュウゾウさんは私との…いや、紅との再戦を望んでいる。それも今すぐにでは無く、この戦が終わってからだというのは、カンベエさんと同じく、互いに後腐れの無い万全の状態でなければ駄目なのだという事らしい。なのに私は、死にかけた。正しくは死んでも可笑しく無い行動に出た。勿論、私自身は死ぬつもりなど無かったけれど、キュウゾウさんにはそう見えたのだろう。結果、負わなくても良い筈だった怪我を負った。私が生身の人間であったなら、確実にその後の再戦に影響を及ぼしたであろう傷は、幸か不幸か既に機械化の終了した部位だった為に大事には至らなかったが。それを見たキュウゾウさんは思ったのだ、私をこのまま放って置けば、さらに余計な怪我をしかねないと。それはカンベエさんに対しても同じ。その二人が別々の場所に存在している今の状況は、キュウゾウさんにとって好ましく無い。だからカンベエさんを追いかけに行くのだ、もう一人を…私を連れて。二人を自分の目の届く場所に置いておくために。
ただ、それを理解する事は出来ても「はいそうですか」と納得する事は出来ない。未だ村の復興という仕事が残っている上に、一人で行ったということはカンベエさんにも何か考えがあるのだろう。少しだけ、迷う。村に残って、自分に何か出来る事があるのだろうか。恐らく私の右足が機械だという事は既に村中の人が知っているだろう、それについて尋ねられた時、私はきっと答える事が出来ない。まだ、私が刀を振るう事が出来るのは全て妖刀の力で、その代償として身体が徐々に機械化しているのだという事を明かす勇気までは、無かった。その先に何が待っているのか、私がどうなってしまうのか、それは私自身にも解らないからだ。それに、記憶についても…。
それならば―…
 
 
 



 
 
 
野伏せりとの戦で村と対岸とを結ぶ唯一の橋が焼け落ちてしまっていた為、私とキュウゾウさんは崖伝いに谷底へと降りた。橋があった場所の真下には、燃え落ちた橋の残骸は勿論の事、鋼筒と、その乗り手だった人々の亡骸が横たわっていた。鋼筒の胴部には無数の矢が刺さっており、巨大ボウガンによる攻撃に続き、弓矢での一斉攻撃も見事に成功を収めていた事を物語っていたが、それを見た私は喜ぶ事も悲しむ事も出来ず、ただ複雑な思いを抱くだけだった。対岸の崖を登り切った所で、一度村の方を振り返る。崖沿いには未だ岩壁がしっかりと残っていて、あそこで野伏せり達を迎え撃ったのだろうなと、その時の光景を思い描く。当然の事ながら、今は見張りも誰も居ない。キララさんやコマチちゃんを始め、皆はここからでは見る事の出来ない村の何処かに居るのだろう。それぞれの務めを果たす為に。書き置き一つ残す事が出来なかった為、私が居なくなっている事に気付いた時、皆は心配するだろうか。それでも今はこれで良かったのだと自分に言い聞かせる。サナエさん達を救い出し、必ずまたこの村へ戻って来る。だから今は、
 
「…いってきます」
 
呟く様な声でそう告げて、私は前へと向き直った。目指すは都。来る大きな戦いの予感を感じながら、私は先を行くキュウゾウさんの元へと駆けて行く。雨上がりの空には、薄らとした虹がかかっていた。
 
 

― 第二章 ―
<終>

 
第三章 第十四話、進む!
番外編 第十三話、想う!
 
 
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