小さく戸を叩きながら、キララは控え目な声を発する。
 
「ナマエさん、起きていらっしゃいますか…?」
 
中からの返事は無い。まだ眠っているのだろうと思い静かに戸を開いたキララは、部屋の様子を見て呆然となった。そこにナマエの姿は無く、ただ綺麗に畳まれた布団があるだけだった。一人の時に目を覚ましたのなら、まずはここから一番近い水分りの家に来る筈。自分は今までずっとそこに居た為、すれ違ったという可能性は低い。ならば一体何処に行ったというのか、まだ怪我も治り切ってはいない筈なのに。キララは慌てて家を飛び出す。向かった先の広場には、復旧作業の指揮を執っているシチロージと、村長のギサクが居た。
 
「シチロージ様…!」
「?、キララ殿、そんなに慌ててどうされた?」
「ナマエさんが、居ないんです…!今しがた様子を見に行ったら、布団だけが綺麗に畳まれてあって…っ」
「ナマエ殿が?」
「あんの娘は足に怪我しとったんで無かったか?」
「えぇ、なのでそんなに遠くへ行ってはいないと思うのですが…」
 
それでも何か胸騒ぎのようなものがするのだと、キララは胸元を押さえながら言った。シチロージもこればかりは見当がつかぬ様子で、仕込み槍である朱塗りの棒でこめかみを掻いている。そこへ突然、威勢の良い声が割り込んだ。
 
「ナマエの奴がどうしたって?」
 
声のした方を見やると、キクチヨを先頭に、指示を仰ぎに来たらしいヘイハチとゴロベエ、それにカツシロウの姿があった。キララ達がそれに答えるより早く、カツシロウが一歩進み出て問い掛ける。
 
「居なくなったというような話しが聞こえたが、真か?」
「はい、まだはっきりとは解りませんが…」
「某が様子を見に行った時はまだ眠っておった筈だが」
 
キララの答えを聞き、ゴロベエがその時間を推測するかの様に呟く。自分の後にナマエの元へ行った者が居なければ、それからキララが見に行くまでの間にナマエが何処かに行ってしまったという事になると。唯一、足の怪我が直っていた事を知るヘイハチは、その事を自分の口から皆に伝えても良いのだろうかと悩み、複雑な表情で口を閉ざしていた。それに気付いて居るのか居ないのか、キクチヨだけはいつもと変わらぬ調子で言う。
 
「そういや、キュウの字の奴も見てねぇな。もしかして二人して駆け落ちでもしちまったんじゃねぇのか?」
「な…っ!?」
 
その言葉に声を上げたのはカツシロウだけだったが、キララは思わず口元に手を当て、ゴロベエは「ほう、」という呟きを洩らし、ヘイハチは目を見開くなど、皆一様に驚いてはいる様だった。三手に分れて村へとやって来たあの時に、キュウゾウとナマエの間に少なくとも何かがあるという事に気付いていたシチロージだけが、まさかとは思いながらも苦笑染みた笑みを浮かべている。然し、と言葉を挟んだのはヘイハチだった。
 
「キュウゾウ殿はカンベエ殿を追って行かれたのでは?」
「あやつはカンベエ殿との決着をつける為にこの村まで来たのであったな、某も、その可能性が高いと見る」
「ならばナマエ殿をお連れする意味は無いのでは?」
「ナマエさんが私達に何も告げず、書き置きも残さず出て行ってしまうだなんて、信じられません…」
 
ゴロベエに続き、カツシロウとキララも其々に意見を述べる。それまでは黙って状況を静観していたシチロージが、そこで漸く口を開いた。
 
「ナマエ殿は、義足について何処か触れられたくない様子だった。もしかしたら詮索から逃れる為に、こっそりと村を後にしたのやも」
「そんな、でもナマエさんは…!」
 
その意見に抗議しようとしたキララを目で制して、シチロージはさらに話しを続ける。
 
「キララ殿の言う通り、あのお譲ちゃんが何も言わずに出て行く様な薄情者とも思えない。だとしたら何か訳があって、カンベエ様やキュウゾウ殿の後を追ったと考える方がまだ話しが解りやすい」
「ならば我々も…!」
「それは駄目だ。村の再建もまた大事な仕事、それを全員で放り出す訳には行くまい」
 
カツシロウの言葉を遮る様に、シチロージはにべも無く答える。複雑な空気が流れる中、キクチヨが突然吹っ切れた様な声を上げた。
 
「あーあ!止めだ止めだ!こんな所でぐだぐだ話してたって何にもならねぇよ。ナマエの奴が何考えてんのかは知らねぇが、一人で勝手におっ死ぬようなたまでもねぇだろ」
「それは些か冷た過ぎやしませんか?」
「うるせぇ!どいつもコイツも勝手に居なくなりやがって!そういう奴はな、好きにさせときゃ良いんだよ!」
 
口を挟んだヘイハチに噛みつくかの如く答えたかと思うと、キクチヨは踵を返してさっさと何処かに行ってしまった。残された面々は互いに顔を見合せながらも、結局はキクチヨの言う通り、ナマエにも何か考えがあっての事だろうからとそれ以上言う事を止めた。

 
 
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