第二章



1967年、 9月11日未明
事務所前、喫茶 菫亭。
『まぁ、コイツが手頃だしな、
分岐するにもこの選択肢が一番やりやすい。』
ため息混じりに常に虚ろな目で明後日の方向を見つめながら、如何にも独り言と言わんばかりに平然と吐かす。
『結局、ブラフとは・・・
『モノガタリ』の名が泣くな。』
含みを持った笑みを浮かべながらパスタを箸で啜る西蓮寺、
並ぶ二人の向かいには、
傲岸不遜な表情の長身の女性がテーブルに脚を載せている・・・
その姿は、あのロングコートのストイックな女性そのものだった。
『この主役肌を以って、その存在の証明としてる私、赤羽 紫穂を目の前にしてよくもまぁ堂々とブラフだなんて吐かせるもんだぜ。』
『忌々しい私の本家に従属し、出世欲の塊、そして今の発言を以って君がブラフに相応しいと私は証明したのだ。』
北条は不遜に対し皮肉で挑む・・・
国家権力に気圧されぬように。
互いの立場を明確にする野生動物の序列化作業に近いものが展開されて行く、
プライドの鬩ぎ合いに気遣いなど在るわけもないが、手持ち無沙汰に西蓮寺はウエイトレスの肖像画など書き始めるあたりこの状況に対しては経験豊富な様子だった。
『で?北条本家の狗である君なら分かるだろう??
我が親父殿以下、本に忌々しい私の家族達は息災なのかね?』
『ハッ!家族の心配かよ!!
帝国七閥に数えられる家の当主の座を確執だけで捨てたお前さんが、心配だと・・ハハハハッ!
気でも狂ったか!』
『直情型思考・・・
やはり狩りは一流で在ろうとも感受性は皆無らしいな。
私の今の一言が公僕である君にどう言った意味を持つモノかと言う事を・・・、
簡単な話だ、本家の軛が外れれば、私の立ち回り次第では4課を手籠め、そう、私の私兵として扱えるという事さ・・・』
叩き上げとして有名な赤羽は牙城を崩してやるなどと仄めかされ、その双眸には紅蓮の狂気が浮かんでいた、
『此方も地盤が無い故、ハッタリ以外に対抗策がないのだ、
赤子でもあやすと想って絶えてくれな・・・
長官殿?』
何方にも当たり障りのない形で尚且つ、目先の危機をしっかり読めている辺り、やはり西蓮寺は北条の管理慣れしているのだろう、自らの貴族と言う立場と全てを俯瞰で見る才能には侮れないモノがある、
突如の乱入にすっかり調子を崩された赤羽は『あ、あぁ。』
と気の抜けた返事を返し、困惑を押し殺したような表情正面へ向き直り北条へと問う。
『で?馴れ合いはともかく、本題があるのだろう?』
『ええ、警視庁公安4課捜査室長官、赤羽 紫穂殿に敬意と激励、救済の意を込めて一つだけ・・・
4課の総力を以って、精神科医、成瀬 玲奈との会談の場を用意して戴きたく。』
立ち上がり、一礼する北条の笑みには赤羽以上の不遜さとこの上ない食わせ者の雰囲気があった。

執筆:両儀 式

(5/7)

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