第一章



1967年、9月10日
『永遠の命題へ挑む者たち、
と言ってみれば聞こえがいいかもしれんな、フッ。』
人生プランナーを自称する書物蒐集狂、
北条 音々は芝居がかった口調で静かにその事件を批評した。
『死とは何かなんて、画家は考えちゃいないもんだ、
死なないと画家は儲からんからな。』
愛想のかけらもない声で、華奢な足をしたテーブルを挟んだ向かい側に座る男はさらにこう続ける。
『生きている内は描き続けるのだから、希少価値が皆無と言う理由だろうな、
まぁ、それはいい。
我輩が気に入らんのは作家は生きてる内からちやほやされるというのが気に食わん。』
物静かな口調だが、明らかに怒っている、それは北条、更にはこの空間であくせくと働く従業員にも伝わっている様子だった。
『あー、西蓮寺君?まぁ、それは私の見識から来る予測だが、
まぁ、後、3、40年もすれば挙って君のような絵師を皆が崇拝するような世界になっているはずだから安心し給えよ。』
値踏みするような目で、西蓮寺と呼ばれた男は問いかける、
北条の言う事を気休めか何かだろうというような怪訝そうな表情だ。
『カンバスに一度も絵を描かないこんな異端な我輩がか?』

その一言に北条が飛びつく。

『そう!そのカンバスだ!!
カンバスなんてもの自体が時代遅れになるのさ!
見給えよ!!これに描かれている内容を!
このガラスの板の様なモノに描いたモノがこの不可思議な機械から総天然色で印刷されるのだぞ!?』
北条はきっと始めに西蓮寺が愚痴り出したあたりからこのカウンターを狙っていたのだろう、
だが、西蓮寺の驚きは別のところにあった。
『何だ!?てっきりそこまではっきり言うから化学雑誌の挿絵か写真かと思ったら、小説じゃないか!
こんな記号の羅列からそんなモノを見出すなど、君はやはり奇人だ!!』
流石のニヒルな彼も唖然とした表情を隠しきれない。
『やはりダメか・・・全く、文字を解さんなど生きていられるのが不思議だわ。』
何故分からないのかが分からないという様な様子でロシアンティーを啜る北条。
『文字しか解さんよりマシだろう、世界は造形によって構成されているのだ、君こそ生きていられるのが不思議なモノだ!』
お互い不遜な表情をしているが、この場合はどちらも不正解である、
北条の活字に対する理解力は常人を遥かに超えているし、
西蓮寺は活字を理解出来ない病なのだから。
しかし、それはお互い理解しているらしく、不遜に睨み合いながらもどちらとも無く笑い出す。
見事なまでの予定調和。
『やはり、お互い両極端というのも考えモノだ、なぁ?
西蓮寺侯爵??』
『しかし、別に人間失格と言うわけでは無い、
案外気に入ってる、これも悪く無いじゃないか?北条?』
笑いが止まらんと言った様子の北条がなんとか体勢を立て直し、まだ笑いの余韻を残しながら正面に向き直る。
『さて、閑話休題と言う訳だが・・・
死とは何かなんて考え出す病なんてモノ自体がまず、胡散臭い訳だが、
まぁ、こんな感想レベルの疑問には流石の赤羽警部も答えは出ているんだろう?』
『ん?あぁ、その流石の、と言う言い方には引っ掛るが、
一応、新種の麻薬によるモノと言う結論を出してはいるらしい。』
『やはり、そんなモノか・・・
まぁ、この資料内容で依頼主が4課の赤羽だからなぁ、どうせ至る結論は麻薬以外に無いとは思ったが。
しかし、麻薬ならお得意の何方が暴力団か分からないあの力押しで十分じゃないか、
やはり、資料にある不可思議な昏睡、と言うのに引っ掛かったか・・・
赤羽だけで閃くとは思えんな、
やはり、我々より先に誰か一枚噛んでる訳だな。』
『誰が噛んでるかはともかく、
向こうは君の見解を聞きたいと急いているのだ、
あの赤羽警部の事だ、また癇癪で事務所を蹂躙されては堪らんからな、
何かあるならさっさと言ってくれ』
何かその赤羽のいう刑事に悲惨な目に遭わされたのか、西蓮寺の言葉には焦りが見えた・・・『確かに、また二週間近く菫亭で事務所の修理待ちの生活はゴメンだからな、そのまま寝ると血流が悪くなって半身が痺れるのが辛くて辛くて・・・
なんて言ってる間に現れそうで恐ろしいから巻きで進めるとしようか、
まぁ、まず十中八九、九割九分、那須与一が扇の要に矢を当てる命中率程のレベルで麻薬という線は無いな、報告書を見ても被害者達には、麻薬の進行プロセスに無くてはならない、廃人、という段階を誰1人踏んでは居ない、
いきなりの昏睡だ、それに麻薬なら普通、末路は植物状態だろう、ただの昏睡とは些かニュアンスが違う。
まぁ、こんなもんでこれについてはQEDだ、
しかし、これ以上の内容はやはり多少踏み込まんと流石に『解釈』出来んな』
そう言うと、ティーカップを持って立ち上がり、窓辺を見ながらため息を吐く・・・
似合い過ぎる姿であった。
『やはり『解釈』と言ってしまうあたりが君らしいな『事件』などと片意地張らず、これも一つの『モノガタリ』と言う訳か・・・
と言う事はいよいよ、本業の始まりと言う訳だな?』
彼もまた立ち上がると、ペンを使って器用に壁に、白衣の小柄な若い女、ウエイター姿の不遜な青年、ロングコートのストイックな女性を描く、
それも等身大で。

『まずは、聞き込み、フィールドワークだろう?
どこから攻めるのかねッ?』
そう言うと西蓮寺は北条にペンを投げ渡す。
『まずはブラフか、いきなりの本命か、ダークホースか・・・
と言った所かな?』
関係者相関図と思しきモノを西蓮寺が描いた壁と窓を挟んだ反対側に書き出す、英文で書かれたそれはまるで魔方陣のように見える程複雑だ。
『さて、今回はどんな真意に対する対価が見えて来るだろうな・・・』

執筆:両儀 式

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