喫茶 Spirit


透き通る白と青のコントラスト
決して無粋では無い薄紫と萌緑…。

或いは、石柱(モノリス)を連想させるシンプルな形状の中に凝縮された深淵にも近いその漆黒とも違う味覚を誰が想像できるのか。

有り体に言えば寒天菓子と羊羹だがこう言えば、存外高尚に聞こえるものだ…。

そんな事を愚かにも夢想しながら歩く風景は、
夏であると言うのに、音一つしない街外れの新興住宅地、
通り過ぎる人の姿も疎ら…

そんな味気の無い住宅の並ぶ中に故意に隠されたかのような店構えのカフェ、
学校の教室より少し小さい位の面積だ…
などと浮かぶのは学院生活が長いからなのだろうか、
思えば学院で工房を得て書物に埋れるあまり、
この街に来て以来こんなに町の奥深くまで散策したのは初めてだったか。


尤も、頼まれなければ外になど出ないのだけれど。


学院祭を行うに当たり、学生の美術展展示の為に私の工房は買い叩かれ、立ち退きを余儀なくされたのだ、

元々、創始者が芸術を愛し、世界に真理を知らしめ、大罪すらも美しく彩るなどと、荒唐無稽だが私好みではある理想を掲げたアーティスト集団だったらしく、学院祭の美術展と言えば学院内の何を差し置いても全力を注がねばならないのがここの文化だった、
これで単位を落とす若者の事を一切考えないとは破天荒な創始者も居たものである。


とは言え、門下生達の懇願と、この会員制のカフェの紹介状という破格の値で買い叩かれる我が工房であるが…

普通なら天秤に掛けるまでも無く拒否するのが妥当だ、しかし。
嘘か誠かは知らないが女子生徒に工房の前で泣きに泣かれては冷血の私も方針転換を余儀なくされると言うモノだ。

茶と茶菓子の類には目が無い私からすれば実際悪い話では無かった…と言うと負け惜しみに聞こえるだろうか?



さて、閑話休題。
カフェの入口としては定石の眩しい白の扉を開ける訳だが、
信じられない程静かに開けるのは私の神経質な性格故ではない。

経験上、このドアに掛かっている趣向を凝らした『OPEN』などと書かれた看板を落としてしまう事があるので開閉には慎重を要するのだ。

最低限の照明と美しい細工で巧みに太陽光を取り込む窓が印象的、
高い天井が僅か数席の店舗とは思えない解放感を感じさせる。

きっと店主が長年掛けて集めたであろう厳選された調度品類、
カウンター横の日陰に置かれた書棚の蔵書類も建築時期自体は比較的新しいであろうこの店自体を骨董(アンティーク)な雰囲気に昇華させていて創作者としての私の視点から見ても思わず敬服してしまう程のセンスだ。


きっとダンディズムを感じさせる壮年の男性が経営しているのだろうなどと思い巡らせながら研究職の癖とも言える一通りの検分を終えた後、
カウンター裏の厨房か生活スペースになっているであろう場所の様子を伺い人の気配を探る、ドアを相当静かに開けた為住人には図らずも気づかれなかったらしい、『すみません!』
とでも呼び付けてしまえば話は早い訳だがこの洗練された店で其れはあまりに無粋だと愚考した故である。

席にでも座っていればいずれどうにかなると牧歌的が考えに脳を侵されて手近な窓際の席に座ろうとした時にやっと一人の少年の気配を感じることが出来た。


しかし何かがおかしい…


私はかなりの時間カウンター裏を眺めていた、
死角に人がいるかもしれないとも思い入念に見たはずだった。

だが、目の前の少年はたった今現れたにしては矛盾が多過ぎる…。
大体以って、まず彼は涼しい顔でこちらなど無視して座ってるし、
剣呑なデザインの万年筆で羊皮紙らしきものに何かを書き記している。
それも今始めたと言う訳でも無い雰囲気で。

明らかに私と同国人では無い洗練された顔立ちは店に似合い過ぎていて、
客であるにも何だか自分が無粋なモノに思えてくる程の美しさだ。


何にせよ、彼が従業員ならばこちらの存在を彼に認識させなければ何も始まらない、
そう思い、座ったばかりの椅子から少しばかり立ち上がり
一声発しようとしたその時、

室内に既に二人居るにも関わらず、始めて明確な形で入り口のドアが開く、
独特の扉の音、人の気配を漂わせて。

『あぁ、彼は気にしなくて良いんです。
そんな事より少し買出しに行ってたもので何のお構いもできずに申し訳ありませんね?』

黒猫の顔が浮き出したかのようなエプロンにスタイリッシュなシルバーアクセサリ一式で身を固めた私と同世代くらい…
即ち二十代後半辺りの女性が
余程観察しないと分からない位の笑みを浮かべて此方に近づいてくる。

『構いません、お一人で経営されてるなら仕方ない。』

突然の登場に驚いた私だが、
すぐに精神を落ち着かせ、
いつも通りの対応をしたつもりだった、

しかし結果として彼女は怪訝そうな顔をしている。

『2人ですよ?』

私はあんなに印象の強かったあの少年を完全に失念していたのだ。

普段の私ならあり得ない事だが止むを得ず愛想笑いで誤魔化す事にする。

気まぐれに空気を読んだのかして彼女も何事もなかったかのように振舞ってくれている様だ。

『そうでした、そうでした。

当店にメニューは無いのです、
その代わり、少し私とお話ししましょう?』

話の意味が全く分からないのは私が頭の硬い学者肌だからだろうか。

確かに、奇人にして貴人なウチの学院の生徒達の好みそうな雰囲気な事は三人称視点から見れば良く分かる…

がしかし、

視点が一人称になると私の様な脳が先行するタイプは途端に状況に呑まれてしまう。

『即ち、メニューは心理テストや問診のような類のモノで決定される、と言う訳かな?』

『少しお固い言い回しですね、

まぁ、それも言い得て妙と言っておきます…。

あ、そう言えば紹介状。』

気心の知れた友人に接するかのように右手を突き出し紹介状を要求する店主、

そこに接客の要素はあまり感じられないが何と無く落ち着くのは確かだった。

と言う訳で、私はそそくさと紹介状を白衣のポケットから引き抜き、彼女の白い手に傷が付かないようにそっと手渡す。

『確かに、直筆の本物ですね、
当店の規約とは言え、突然申し訳御座いませんでした…。』

流石に会員制カフェらしく、
礼儀正しい所もあるのだが、全体的に見てちぐはぐな感じがする彼女と夕日を浴びながら相対するのには少し慣れて来た私だが、
カウンター裏の華奢な椅子に座ってチラチラと此方を見つめながら何か文章をしたためている少年の視線についてはいつまで経っても慣れる事が出来ない…。

『彼の事は気にしないで下さい、
あの子のアレも貴方の言う『問診』の一部なので・・・。』

考えを読まれている、などと
一瞬そんな事が頭を過ぎったが、
彼女の涼し気な眼を見ると、
そんなサイコな話では無く
単に勘が鋭いだけなのだろう…

何故か、そう納得させてしまうのは私の中に涌き始めた言い知れぬ感情が原因なのかもしれない。

『あまりお待たせするのも良くありませんね…。

さて、今から行う質問は言うなれば
貴方の『起源』を探す旅、

今、こんな世の中を生きている自分の空虚な魂の底に何があるのか知りたくない?』

一層真剣な面持ちで彼女は心なしか少し身を乗り出して私の眼をしっかり見据えている。

『一つ目の質問…。
貴方にとって、愛とは何?』

(15/16)


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