五感 五感。 それはどれが欠けても日常に支障が出る人間が人間らしくいるために必要なもの。 そしてその中でも一際苛烈に脳内に鋭く記憶を焼き付ける効果をもたらす。 そう、それが嗅覚さ。 私が何故こんな話をするのか君には謎でしかないだろうね。 けれどもこの会話が、この一綴りが、君の耳を通り足元に続いていく。 そんな事もあるかもしれないとは思わないか? ところで君はプルースト効果という言葉を知っているかな? 単純に言えば匂いである特定の記憶を呼び起こす現象の事だ。 おお、気づいたか? そうその通り。この効果は記憶を虚構に変えやすい。 香りによって記憶が呼び覚まされ間違える事の方が多いだろうね。 例えば、彼女が好きだったの は薔薇の香りで、 はたまた違う彼女がつけていたのは薔薇の香水だったとする。 どちらの彼女とあの公園に行っただろうか?なんて事になりかねない。 ご婦人は名前を呼び間違えるだけで大変ご立腹されるからね。 こらこら、笑うところじゃあないんだぞ。 君もいつかそんな修羅場に陥るかもしれない。 なに?絶対に無い?まあそう思っているのもいいだろう。 誠実こそが我が取り柄だからね。 そんな馬鹿話は放っておいて。 君、君はもし虚構を虚構だとわかってしまったら真実をもとめる旅に旅立つだろうか? まあ、その虚構に甘んじるかは君次第なのだけどね。 其れが君のテーマだろう。 自らの五感で正確に記憶を捉えられるか、だよ。 私?私はどうするかって? そりゃあ私は虚構に生きたいさ。 真実を追い求めるなんて不毛な事をするより、美しい香りに騙され生涯を終えたいよ。 こんなに鋭敏な感覚ならば私だって確実に狂えるはずだからね…… 詩「嗅覚」より (11/16) |