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※9/4金カ夢文字書き24時間一本勝負にて掲載
お題:化粧
お相手:尾形
※名前変換なし

「あ、また雪が降って来た」
 ぽつりと雫のような呟き。火鉢の温もりを独占中の俺は無言で、その声の方へ意識を向けた。視線の先は襖を挟んだ六畳部屋。部屋の片隅に鎮座する鏡台に向かって、化粧を施す女が一人いた。女の呟きは独り言だったのか、はたまた俺に話しかけたのか分からない。独り言とも思える口調だったし、誰かの同意を求める口調でもあった。どちらにせよ、適当な相槌を打っても良かったが、俺は何も言わなかった。さして親しい間柄でもないからだ。
 元を辿れば、俺と彼女は患者と看護婦という関係だった。杉元に瀕死の怪我を負わされた俺の面倒を診ていたのが彼女であった。俺が軍病院を脱走した際、何故か彼女も一緒に着いて来たのである。今はこうして、土方陣営に身を寄せている。
 彼女は白粉を塗る手を止め、少し空いた障子の隙間から外の様子を眺めている。そして、残念そうに溜息を零す。
「これから、土方さんに頼まれたお使いに行くのに」
「お前がちんたら化粧しているからだろ。早く支度しないと、出歩けなくなるぜ」
 ぼろぼろと大粒の雪は、絶え間なく空から降っている。午前中に玄関前を雪掻きしたのに、またやらなくてはならない。面倒くさい。
「でも雪の中を歩くのも、乙なものだと思いません?」
 俺の言葉に彼女は、顔色一つ変えない。気持ちを切り替えたのか、残念そうに溜息を零していたとは思えないほど楽しそうだ。
「思わねぇな。寒いだけだ」
 彼女の感性には同意出来ない。誰が好き好んで雪が降っている中、買い出しに行かなければならないのだ。火鉢に当たり暖を取っている方が、よっぽど幸せというものだ。
 手持ち無沙汰なので、彼女を揶揄って暇な時間を潰そう。鏡台に映る彼女は、白粉を塗る手を動かしている。どうやら、買い出しに出かけるつもりらしい。
「雪は何でも覆い隠しちまう。雪化粧とは良く言ったもので、お前の化粧と同じだな。白粉で肌の粗を隠せば、多少は見てくれも良くなる」
「ほんと尾形さんったら、失礼しちゃう!」
 軍病院での入院生活は、大体こんな感じだった。彼女は本気で怒っているわけではない。俺の下らない戯れに付き合ってくれるだけだ。彼女は俺のことを色眼鏡で見ない。師団長の落し胤や山猫だとか、そう言う悪口や陰口とは無縁なのだ。だから意外と心地良かったりする。俺は自分の髪をひと撫でする。火鉢の熾火はパチッと軽い音を立てて弾けた。
 化粧なんぞしなくても、お前は綺麗なのに。そんなこと、口が裂けても言えやしない。

(雪)化粧
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