思いがけないチャンス

「そう、そんなことが……」

あの後私はミカサちゃんの部屋に連れて行かれた。彼女の部屋は壁の色と同じ白の家具で統一されており、清潔感のあるシンプルな部屋だ。
ありがたいことにシャワーを借りた。身体はさっぱりしたが、変えの服を持って来なかったので、取りに行って貰った。(何から何までお世話になりっぱなしだ)

ミカサちゃんもシャワーを浴びてすっきりしたところで、本題に入ることにした。
私はミカサちゃんに、彼と別れたことからダイエットをしているところまで一部始終全て話す。彼女は特に私の話に横槍を入れることなく、静かに聞いてくれた。

「ちなみに目標はどのあたりまでなんですか」

静かな口調で問われたので、私はスマホを操作して写真フォルダを開けて彼女に提示する。

「このあたりまで」
「………」

画像を見たミカサちゃんは何も言わずに私とスマホ画面を交互に見てから、呟いた。

「……痩せてるナマエさん初めて見た」
「そうだよね」

勿論そう言われるのは想定済みである。

「私も今の体型になってから昔の写真を他人に見せたことなかった……。だって、今の私と見比べられるのが嫌だったからね。びっくりでしょ、この体型がこんなになっちゃってさ」

私はつい自嘲気味に笑ってしまった。
大学生の頃は標準体型だった。あの頃から食べることは好きだったけど、今のように食生活が乱れていたこともなかったし、何より実家暮らしだったから食に関しては親の目があった。急激に変化したのは社会人になり、1人暮らしをするようになってからだと思う。
それまで食事を自分で作ったことがなくって、食べたいものを食べていたらみるみる太ってしまった。

「言い訳になるけど、仕事が終わるのが遅いしストレス溜まるしね……。食べることがストレス解消なんだ」
「ダイエットを初めてからは1日何を食べていたんですか?」
「えっと……、3食レタス生活がメインだったよ。食物繊維が豊富って聞いていたしね。後は野菜ジュースも飲んでた!なるべくお肉は控えていたかな」

私がそう答えると、ミカサちゃんの綺麗な顔がピクリと歪められた。

「もしかしてナマエさん。高カロリーなものを摂らないようにしていた……?」
「うん」

するとミカサちゃんは、はぁ……と深い溜息を吐いた。何かまずいことでも言ってしまっただろうか?

「ダイエットとは、食事を見直すことが本質。ただ単に食べる量を減らすだけで簡単に痩せることなんて出来ない。そして脂肪を燃やすには筋肉が必要。見るところ、新陳代謝もあまり良くないように見える。身体の流れがとても悪そうだ……」
「ミ、ミカサちゃん……?」

スッと立ち上がった彼女は、隣の部屋に行ってしまった。何やらゴソゴソと漁っている音が聴こえる。

「ナマエさん、本当に痩せたいって思っている……?」

ピラッと私の目の前に1枚のチラシを持って来た。そこには、今話題のダイエットジム『スリム&ビューティアップ』という文字が印字されていた。

「え、ここって……最近CMも多くやっているし、口コミ評価も高い有名なジムだよね?」

私も気になって調べたことがあるが、強気な料金価格だったと思う。専任の食事サポーターが着くことで、その人に合った食生活のアドバイスをしてくれたり、新陳代謝に必要な筋肉を鍛えるためにコーチがダイエットのトータルプロデュースをしてくれるらしい。
プログラムメニューも豊富で、全身のボディメイクから部分痩せまで――その人の希望に合ったメニューを組み合わせたり、やり方は自由らしい。

老若男女関わらず人気で、このジムに通ったおかげで痩せました!なんていうインタビュー記事を読んだことがある。ビフォーアフターの写真も掲載されていて、本当に同一人物なのか!?って驚く程の変わり映えだった。

「そう、私は今年からそのジムのトレーナーをしている」
「だからミカサちゃんは引き締まった身体しているんだね!謎が解けたよ!」

ミカサちゃんの秘訣を聞いて、私は納得してしまった。
トレーナーは会員達にとって身近な良いお手本――理想――にならなければならないから。

「……もしナマエさんが本気で痩せたいのなら、協力する。今なら紹介キャンペーンで入会金0円。しかも、入会初月の会費15%割引が適用される。……どうしますか?」
「え……」

これはチャンスが巡って来たと考えて良いだろうか?

ミカサちゃんからチラシを受け取って内容を確認する。……やっぱり会費が高い。3ヶ月コース40万円にビビる私。更にランクが上の会費は……見なかったことにしようか。

でも、自分でダイエットをすることに限界を感じてしまった。今までだって何度もダイエットに挑戦して――結局失敗に終わって来たではないか。これが最後のチャンスではなかろうか?
私がチラシを見て固まっていると、ミカサちゃんが口を開く。

「……別に無理強いしない」
「あ、えっと……嬉しいよ、とても!でも私……続くかなって不安なんだよ。ほら……私飽きっぽいしさ」
「価格も他のジムに比べたら高いから、ナマエさんの負担になってしまうだろう。それは私も嫌だ」

あ。私が躊躇している理由がバレている。ミカサちゃん表情が少しだけ雲った。

「ダイエット効果には自信がある。……ので、本気で痩せる気概があるというのであれば、いつでも連絡して。これ、私のLINE QLコード」

そう言ってミカサちゃんは自分のスマホをポチポチと弄り、LINEを起動してQLコードを差し出す。

「本当にありがとう、良く考えてみる。今度連絡するから」

私はミカサちゃんにお礼を行ってから、自分の部屋に帰ることにした。
彼女と話せたお陰なのか――少しだけ心が軽くなったようだ。先程と比べて足取りが違う。
もう痩せることを諦めた方が良いかな、なんて思っていたらご近所さんが話題のジムトレーナーだったとは。
でも――何より思いがけなかったことと言えば、ミカサちゃんのLINE IDをゲットしたことだろう。

月曜日がやって来た。
先週の金曜日に全ての検証作業が終わったから、今日は比較的気持ちに余裕がある中で、午前の業務を終えることが出来た。お昼休み後、後一踏ん張りすれば久しぶりに定時で帰る予定だ。あの後、自分の部屋に戻った私はチラシと睨めっこしていた。

――ナマエさん、本当に痩せたいって思っている……?
――本気で痩せる気概があるというのであれば、いつでも連絡して。

結局、私は1日半悩んで銀行口座の残高を確認した後――ミカサちゃんに連絡をした。入会したい、と――。1日の業務が終わり、私は会社をダッシュで退社して電車に乗り込んだ。エルドさんは、私の定時退社に驚きながらも笑顔でお疲れ、と声を掛けてくれた。

目的地は『スリム&ビューティアップ マリア店』である。調べてみると私の職場から電車で20分くらいの場所にあるらしい。
最寄駅についてナビを立ち上げると、このまま直進して右折すると到着するようだ。

「つ、着いた」

外観は全てガラス張りのスタイリッシュな20階建てのオフィスビルで、とてもトレーニングジムが入っているようには見えない。私はドキドキしながらも受付がある5階へ向かうことにした。

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