今日から再出発

今流行りの軽快な音楽に、白と黒を基調としたシンプルなデザインの室内はトレーニングジムというより、エステサロンに近いだろうか。ちょっぴり高級感漂う室内を見回しながら私は、受付に行くと1人の男性スタッフが何やらPC作業をしている。
私が声を掛けようとしたところで、彼はこちらに気付いて笑顔で挨拶してくれた。

「こんにちは!」

なので私はミカサちゃんからの言伝通りに、挨拶と共に要件を彼に伝えた。受付に、ミカサちゃんの紹介だと言えば解るようにしておくと事前に話を通して貰っている。

「こんにちは。えっと、ミカサ・アッカーマンさんの紹介で来ました、ナマエです」

すると、彼は合点が行ったようだ。

「ナマエ様ですね、お待ちしておりました!今ミカサを呼んで参りますので――」
「ナマエさん!……待っていた。来てくれてありがとう」

タイミング良く、ミカサちゃんが事務所からやって来た。
……相変わらず引き締まった身体をしている。

私も無駄な贅肉を落として、早く引き締まった身体にしたい。

「エレン、後で部屋にお茶を持って来て欲しい。それじゃあ、ナマエさん、こちらへ。まずは体内測定をします。その後、室内を案内してから料金システムとプランの説明をします」

受付にいる彼はエレンというらしい。
エレン君は了承して、再びPC作業を開始した。
ミカサちゃんに案内された部屋には測定器があった。まずは現在どんな体内状況なのか見せろってことだろう。
測定器に乗って、ものの30秒程で画面に結果が――体脂肪率まで――表示され、否応なく私に現実を突き付けて来る。その後、ロッカールーム、個室トレーニングルームやシャワー室など一通り施設内の案内をして貰った。清潔感があって良さそうだ。
トレーニングルームから、厳しいトレーニング中だと思われる会員の呻き声が聞こえたような気がした。

それから、私はミカサちゃんから料金システムとプランの説明を受けた。色々考えた結果、私は3カ月ダイエットコースのベーシックプランに決めた。全身のボディメイクと3食分の食事見直しコースである。
他の会員もベーシックプランを基本に、用途に合わせてカスタマイズしているようなので、私も財布に余裕があれば後々検討したいところだ。

「担当はミカサちゃんなの?」
「……残念なことに私はまだ新人スタッフなのでナマエさんの担当にはなれなかった。今は先輩スタッフのサポート役をしている」
「……そうなんだ、残念。でも、先輩のサポート役も仕事を覚える上で大事だよね」

ミカサちゃんは残念そうな雰囲気を出していた。
彼女はとても静かなイメージがあるけれど、意外と感情を表に出したりする普通の女の子だ。
コンコン、と扉がノックされるとミカサちゃんの綺麗な顔が少しだけ顰められたが――それは一瞬の内だった。

男性にしては小柄な人物と、筋肉質で体格がガッシリしている男性が、部屋に入って来た。

「ミカサ、説明はあらかた終わったか?」

小柄な人物は、声を荒げている訳でもないのに反発する気持ちが削がれる――そんな圧力を持つ声の持ち主だった。ミカサちゃんはその人物を少しだけ睨んで、(私にはそう見えた)簡潔に質問に答えた。

「勿論です」
「後はオレとライナーが説明する。体験予約者のトレーニングルームの準備をしておけ」
「解りました。それじゃあナマエさん、また」

そう言ってミカサちゃんはぺこりとお辞儀をして退出した。

「まずは自己紹介だな。オレはリヴァイだ。あんたのダイエットのトータルサポートを担当する」

リヴァイさんは目付きが鋭いせいか、とても強面な印象を受けた。この人が私専用のダイエットプランを練ったり、あらゆるサポートをしてくれるらしい。

「ライナー・ブラウンだ。ナマエさんの食事指導を担当する。トレーナー長と二人三脚でサポートして行く。よろしくな」

ライナーさんは爽やかに笑っていた。筋肉が似合う男性である。

「ナマエです。これからよろしくお願いします」

私も2人に挨拶をした。
それからカウンセリングが始まり、私は今までやって来たダイエット方法は勿論、好きな食べ物、運動量や飲酒量を2人に伝えた。

「……今までのダイエット方法を聞いてみて、いつも同じ所で挫折しているな」

私の話を聞いて、リヴァイさんはある点を指摘する。

「ダイエットをしていると基礎代謝が低下することで痩せにくい状況に陥る時期がある。どんなに摂取カロリーや糖質を落としても……運動量を増やしても痩せなくなっちまう。これが俗に言う停滞期だ。停滞期こいつを制することがダイエット成功の鍵になる」

そう言ってリヴァイさんは基本的な食事のルールを説明してくれる。代謝を上げるためにトレーニングも必要で、このジムには週2回通うよう言われた。私の表情が不安気だったのか、ライナーさんが声を掛けてくれた。

「ここに来た以上、好物の炭水化物は控えてもらうことになるが、バランスの良い食事を提案して行くから安心してくれ。無理なく、栄養を摂りながら痩せて行こうな」
「はい、ありがとございます……!あ、どんな物を食べて良いか解らないんですけど」

朝食は軽く摂り、昼食はしっかりと。夕食は朝より軽く済ませることや低糖質な食べ物を中心に食事を摂るなど、意外とルールが多い印象を受けた。ダイエットって食事制限が辛い印象を持っていたけれど、しっかり食べても良いことを初めて知った。今までやって来た3食レタス生活は間違いだらけだったのだ。

「この冊子には、ダイエットに有効な食べ物とそうでない食べ物が載っている。レシピも付いているから、参考にしろ」

ペラリと冊子を捲ると、美味しそうな写真付きのレシピ本だった。
自炊なんて片手で数える程度にしか記憶にない。私の女子力は皆無である。
こんなことなら母親から料理のイロハを教えて貰っていれば良かったと、人知れず後悔する。まぁ、自炊出来れば外食やコンビニ弁当に頼ることもなく……ここまで太ることはなかっただろうけど。

「でも、今までまともに自炊をして来なかったから料理も苦手だし……」
「自炊をしたことがないのならやれ。やるしかねぇだろ。あんたを全力でサポートするのがオレ達の仕事で、あんたはそれに応えて貰わなきゃならない。何がきっかけかは知らないが、痩せたいからここに来たんだろう?」

リヴァイさんは目付きを更に鋭くさせて、私を睨んだ(ように見えた)。相手に有無を言わせない鋭い眼光を飛ばされた私は、直ぐに返事をした。

「……はい!自炊やります、頑張ります!」

小柄なのに、この威圧感はどうやって醸し出しているのだろう?堅気っぽくないんだけど……。
まぁ、そんなことリヴァイさん本人に口が裂けても言えないので、心の中で独りごちた。

「それじゃ、初回トレーニングは今週の土曜から始めるぞ。食事に関しては今日1日分をさっそくこのアプリから送信してくれ。フィードバックするから、それを参考にして食事を考えるようにな」

面倒見の良さそうなライナーさんがそう言った。
スーパーに寄ってから帰ろう。冷蔵庫には食材がないだろうから。というわけで、今日から改めて私のダイエット生活はスタートしたのだった。

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