崖っぷちダイエット

あれから3週間近く経った。
相変わらず仕事は忙しくて私の生活は残業続きで乱れていたし、お昼に野菜セットと野菜ジュースだけでは足りなくて空腹のまま仕事をこなす日々に嫌気が差していた。
でも、毎朝出勤前に測る体重のメモリ数値は順調に減っているから、3食サラダでも我慢出来ている。

それでも――私の身体は好物を――炭水化物を求めていた。パスタが食べたい。ラーメンも、カレーも。焼肉も食べたい。
食に対する熱い欲望に蓋をして、今日も私はレタスを口に運び、咀嚼する。
元彼にぎゃふんと言わせるためだ。

そして更に1週間後。体重計のメモリは1ミリも動くことがなくて、ずっと同じ数値を示していた。

「遂にやって来た……」

何度もダイエットで失敗してきた“停滞期”がやって来た。
少し減ったと思ったら、減った分戻っているの繰り返しに私は体重計に乗ることが苦痛になって来ていた。

今夜は待ちに待った華金である。空腹で足元がおぼつかないまま帰宅した私は、ふと今朝は体重測定を忘れたことを思い出したので乗ってみた。

「え……むしろ増えてる……」

メモリは残酷な現実を私に突き付けていた。好きなもの、食べたいものを我慢して野菜多め生活をしているのに上手く行かない。もうダイエットなんか辞めて好きなものを好きなだけたらふく食べてしまいたいと何度も思った。
でも、いつの間にかエルド先輩やグンタ先輩も私のダイエットを応援してくれるようになって、嬉しい反面結果を出さなければと気負っていた思う。

彼と別れて1ヶ月と少し経ったが鏡に映る私の体形はあの時と変わらぬまま。
何でこんなに痩せることに躍起になっているのか理由が解らなくなった。私が痩せたところで誰が喜ぶというのか。
疲れたなと思った。
ビールが飲みたい。肉も、ポテチも食べたい。私の脳内は食べ物で占めていた。

「今夜だけは……良いよね……?」

誰に言うでもなく呟いた私は、好物を調達するためにふらふらと近くのコンビニへ向かった。

翌日。朝起きた私の心は罪悪感で満ち満ちていた。飲み干したビール缶とチューハイ缶が数本。ポテチの空き袋が3つに食べ残して冷たくなったマルガリータピザが数枚。デザートで食べたケーキの包み紙も何枚かある。
部屋の状況を見て、私は血の気が引いた。

昨日は納期ギリギリのソフトウェアにバグが出てしまい、営業担当に泣き付き何とか納期を伸ばしてもらい――再度検証作業に勤しむ散々な1日だった。些か自暴自棄になっていた節はあったにせよ、これは酷い。食べたいものを食べながら、撮り溜めていた連続ドラマシリーズ『崖っぷちな妻達の華麗なる日々』シーズン1を一気に見た私はすっかり平静を取り戻していた。
体重計に乗れば案の定の結果を目にした私は、改めて決心する。食生活を変えるのではなく、運動を取り入れようと。

ジャージに身を包んだ私のやる気はマックスで、近くにあるマリア市立セントラル自然公園を3周するためにマンションを出発した。
目的の公園まで徒歩で10分。走ればそんなにかからないし、良い運動は日頃のストレス解消に良いだろう。
市民の憩いの場である公園には犬の散歩にもってこいだ。公園の敷地面積の半分を占める大きな原っぱは、休日だと少年野球チームが練習していたり、親子でピクニックやランニングをする者、のんびりと散歩をする者……それぞれが好きなようにに過ごしている。

最近テレビで見たのだが、『王都ラン』という、王が住まう城の外周を走るのが流行っているらしい。城の外周は景色も綺麗なので走りながら景色も楽しめる話題のランニングなんだとか。
そんな素敵なランニングに憧れつつも、私が住んでいるマリア市は王都から遠いので近場のこの公園で用は足りる。それにこの公園は、街中にあるものの手付かずの自然が残された都会のオアシス的存在なのだ。

走り始めて数分は公園に咲いている色とりどりの花や綺麗な青空を楽しむ余裕があったが、それから数十分で私の息は上がってしまった。
走りながら景色を楽しむ?そんな余裕は一瞬で消し飛んでしまった。しかも、まだ半周すらしていないのに私の身体は重くて息も絶え絶えの有り様で。

「3周は……む、無理……」

ゼエゼエと荒い息を繰り返し、私は先程とは打って変わって意気消沈しながら足取り重く帰路に着くことにした。

「普通に考えれば解る。普段運動しないのに、急に走ったって無理だよね……」

マンションに着いたものの――私は部屋に入る気持ちになれなくて入り口の階段に腰を下ろしてしまった。
食生活を変えるのも駄目だったし、運動だって駄目だった。ちょっと走っただけで息が上がり、身体に纏わり付いた脂肪が邪魔をする。

「ナマエさん?」
「……ミカサちゃん?」

声をかけて来たのは同じマンションに住むミカサちゃんだった。彼女もスポーツウェアに身を包んでいる。恐らく公園をランニングして帰って来たところなのだろうことは想像に難くない。
色白の整った顔に汗が伝う光景は色っぽかった。

だるんだるんの私とは真逆で、引き締まった腹筋を惜しげもなく晒している。
出るとこはしっかり出て、締まるとこはキュッと締まった(……我ながら目の付け所がおっさんみたいだな)ミカサちゃんの姿を見た私は思わず思っていることを口にしてしまう。

「私、ミカサちゃんになりたい……ねぇ、どうやったらなれるの!?」
「……え?ちょ、ナマエさん一体どうしたんですか」
「私だって、頑張っているのに……何で、何で痩せないの?もうレタス生活なんて嫌だ!!このままじゃウサギになった方がマシだよ」

住宅街とはいえ日中は人通りもあるのにそんなこと気にすることなく――私は恥も外聞もなくミカサちゃんに泣きついた。

「ナマエさん……」

ミカサちゃんは泣いている私を見て暫く驚いていたが、もう一度私の名前を呼んでから冷静な口調でこう言った。

「……落ち着いて。感情的になっても私には話しが解らない。ここで話すのがアレなら、ひとまず私の部屋に行こう」

もっともなことだと思った。こうして駄々をこねて泣けば痩せられるなら何度だってやるが、そんな簡単にことが運ぶなら苦労しない。

「う、うん……ありがとう」
「ほら、立てる?」

ミカサちゃんが差し伸べてくれた手を取って、私はよろよろと立ち上がった。

 -  - 
- ナノ -