攫われた者と追う者

 ウォールローゼの壁が破られた急報から丸一日。ジャンはエルミハ区でエレンたちと別れ、故郷のトロスト区で待機していた。巨人との攻防戦で爪痕が残る故郷には、エルヴィンを主力とした調査兵団と憲兵団の一部が集っている。どうして内地を統括する憲兵団が人類最前線にいるのか。ジャンにはエルヴィンがどんな手で彼らを引き摺り下ろしたのか皆目検討つかない。
 考えられる可能性の一つとして、二体の巨人が王の目と鼻の先で暴れ回ったことで危機感を抱いたのだろう。兵団組織内にも色んなしがらみはあるだろうし、物事は単純構造じゃないのでジャンの思考には及ばない理由が他にあるかもしれない。一介の兵士であるジャンがいくら考えたところで分からないものは分からない。そもそも五年前のウォールマリア陥落以降、未曾有の事態ばかり起きているのだが。
 壁が築かれて百年あまり。ウォールローゼも突破された今、トロスト区攻防戦以上の被害は確実だろう。しかし壁が破られた割りに、周囲は驚くほど呑気だった。今もどこかで巨人が侵攻中なら速やかに討伐に出るべきなのに、こんな所で水分補給や談笑する暇はないはずだ。
 ウォールローゼが突破されたのは誤報かもしれない――そんな噂が現実味を帯びてくる。
「本当に……巨人がいないんですか?」
「みたいだな。妙に静かだと思ったよ」
 近くにいる調査兵が答えてくれた。
「あいつら、生きてっかな」
 アルミンの作戦を採用したエルヴィンはストヘス区でアニ捕獲作戦と並行し、残りの百四期たちを人里離れた兵団施設に隔離させた。調査兵団の上官たちの厳重な監視のもと、女型の巨人の仲間を炙り出し双方の連絡手段を遮断することが目的だった。
 ストヘス区での捕獲作戦完了後、ウォールローゼの壁は破られた。つまり同期たちの中に裏切者はいなかった――ということになる。今も同期たちは穴の位置を特定するため、東奔西走しているらしい。
「非常時だと聞いて来てみたら、随分のんびりしてるじゃないか」
「なぁ、リヴァイ。俺らの獲物はどこだ?」
 三人組の憲兵は暇を持てあましている。
「何だ?お前ら随分と残念そうじゃないか。悪いな、お目当ての巨人と会わせられなくて。今回は残念だったかもしれんが……壁外調査の機会はいくらでもある。これからは力を合わせて巨人に立ち向かおうじゃないか」
「ま、まぁ……あれだ、俺たちにも内地の仕事が――」
 リヴァイの物言いは痛烈だった。憲兵たちの本心を容易に見透かしているのだろう。彼らは巨人がいなくて心底安堵している。
 すると突然、慌ただしい声がした。
「先遣隊が帰って来たぞ!ピクシス司令に伝えろ!」
 新たな情報を届けに来たのだ。雑多な騒めきを掻き分けながら、息を弾ませる駐屯兵とサシャが姿を現した。遠目から見ても、怪我はしていないようだ。ジャンはほっと安堵した。

 駆け足気味にピクシス司令も来た。全員が壁に空いた穴の報告に注目している。
「か、壁に穴などの異常は見当たりませんでした」
 壁に穴は空いてない。つまりウォールローゼは巨人に突破されてない――ということだ。仮に誤報であるなら、何故そんな情報が流れたのだろうか。混沌を極めた状況は誰にとって都合良いのか、ジャンは考えてみる。
 人類は一蓮托生だ。この状況下は誰にとっても不幸であり、王であっても死を意味する。仮にジャンが敵ならこの混乱を利用しない手はない。きっとアニの仲間は未だ兵団内に潜み、混乱に乗じて何か仇なそうと目論んでいるはずだ。しかし敵の目的は壁を壊すことだろうに、どうして今回も壊さなかったのか。トロスト区の時はエレンの巨人化が原因で内門の破壊はされなかったけど、今回は漠然とした気味悪さを感じるのだ。
 先遣隊の報告に戸惑う中、ピクシス司令は落ち着いていた。
「そうか。やはりのう」
「しかし大変な事態になりました!我々はトロスト区へ報告に向かう帰路で、ハンジ率いる調査兵団と遭遇しました!その中に装備を着けていない百四期の新兵が数名いたのですが……」
 隔離された同期たちのことだ。どうやら調査兵団と合流出来て無事だったらしい。しかし安心するのも束の間、ジャンは驚愕の報告に耳を疑った。
「その中の三名の正体は……巨人でした!」
「は……?何言ってんだ、あんた!?あいつらの中に……まだ、三人って……誰が!?」
 未だジャンはアニが巨人という事実すら飲み込めていない。その上でまだ三人も巨人だったなんて、一体どういうことだ。その三人は敵なのか味方なのか。背筋に厭な不安が駆け巡る。
「ジャン、待つんだ。正体が判明してどうなった?」
 エルヴィンは混乱するジャンを諌め、至って冷静にその後について促す。全員がその続きに固唾を飲んで待っている。
「調査兵団は超大型巨人、鎧の巨人と交戦。我々がその戦いに加わった後、すぐに……決着が着いて――」
 ジャンは言葉を失ってしまった。

 ※

 アルミンは身体の痛みで目を覚ました。上空の曇天は風で散り散りになり、薄衣を纏った空の青さは目覚めたばかりの目に沁みる。肌がひりひり痛むのは熱風に曝されて火傷を負ったからだ。風が患部を撫でるだけで疼痛が走る。アルミンはどうにか堪えながら起き上がると、クリスタが慌てて駆け寄って来た。
「アルミン!気がついたのね、良かった!怪我してるから動かないで」
「クリスタ、僕は大丈夫だから。ところで他の皆は……?」
「私は壁の上にいたから大した怪我はしてないんだけど、下にいた人たちは……」
 アルミンはクリスタの視線の先を追う。そこにはハンジをはじめとした上官たちとミカサが意識を失っていた。熱風に曝されたせいでアルミンと同様に火傷を負っている。
「ちょっと、アルミン。安静にしなきゃ!」
「ミ、ミカサは――」
「ミカサも大怪我はしてない!あの衝撃波を受けて脳震盪を起こしてしまったかもしれないけど……」
 アルミンはクリスタの制止を聞かずにミカサの元へ向かおうと数歩脚を動かしただけなのに、腹部から四肢を通って力が抜けてその場に座り込んでしまう。立っているのもしんどいし、ほんの少し身体を動かすだけでも痛かった。
「僕はどのくらい意識を失っていた?」
「三時間くらいかな……」
 エレンはライナーとの戦闘に敗れて連れ去られた。ユミルとナマエと共に。どこへ逃げたのか分からないけれど、三時間経っていればウォールローゼの壁際まで行ってしまってもおかしくない。エレンを取り戻さなければならないのに索敵陣形を組む余裕はない。アルミン自身、身体は辛い状態なのでもどかしい。
「本当にもう大丈夫なの?」
「僕は大丈夫だから他の人たちを看てあげて」
「うん……」
 お互いに黙り込み、その先の言葉は出てこなかった。ライナーとベルトルトについて、どう言及すれば良いのか分からない。今までアルミンたちを騙し続け裏切ったことを詰るのも糾弾するのも何だか違う気がする。きっとクリスタも同じだろう。

 アルミンの考案した作戦は、結果的に壁の破壊を目論む諜報員彼らを炙り出せた。否、相手が自ら正体を明かしたというのが正解か。
 アルミンだって同期たちを疑いたくなかった。三年間、同じ屋根の下で苦楽を共にした二人が裏切者だったとは未だに信じられない。その気持ちはアニに対しても同じである。目の前で仇敵に姿を変えた同期を見ても、本音は信じたくないのだ。壁を破壊して数え切れない人々を死に追いやった悪魔なのに。
 哀しい気持ちより、何故そんなことをしたのかと問いただしたかった。
「ユミルのこと、心配だよね」
「ユミル……酷い怪我だったから。ちゃんと治療しないといけないのに心配だよ……!でも、どうしてナマエも攫われちゃったの?」
 人類を滅亡させることが目的なら壁を破壊するだけで良い。後は勝手に巨人が人類を捕食し尽くすのを待てば目的は達成される。でも彼らは五年間も身を潜めて機を窺っていた。
 彼らの目的は人類を滅亡させるだけじゃないと仮定すれば、エレンとユミルが連れ去られた理由も見えてきそうだ。でも何故ナマエも一緒に連れ去ったのだろう。彼女は巨人化能力者でもない普通の人間だ。敵に囲まれた状況下で自ら正体を現し、ついで・・・に攫ったわけじゃないはずだ。もしそうならナマエはとんだとばっちりである。
 アルミンは身体の痛みに耐えながら考えてみたけれど、ちっとも思い当たらない。痛みに邪魔されていつものように熟考出来なかった。
「……分からない」
「そう、だよね……」
 再び沈黙が訪れる。アルミンは両膝を抱え、エレンとライナーの戦闘を振り返る。
 正直、勝てると思った。実際にあと少しで鎧の巨人の項は引っこ抜かれる寸前だった。
『上だ!避けろ!!』
 壁の上からベルトルトが落ちて来るまでは。
 正体が露見して追い詰められているのはライナーとベルトルトなのに、いつも巨人はこちらが予想出来ない方法で襲撃して来る。百年間、人類は巨人に対してあまりに無力で無知なのだ。
 あの状況において正体を明かすのは、ライナーとベルトルトにとっても決死の覚悟だったはず。二体の能力は未知数だが、周囲には巨人殺しに長けた調査兵団の精鋭たちがいる。おかげで鎧の巨人の弱点を見つけることが出来たし、多勢に無勢な状況とエレンのめ技を駆使すれば――。でも結果は駄目だった。

 ベルトルトはユミルとナマエ、調査兵の三人を口に放り込んだ後、身じろぎひとつせず全身から高温の蒸気を発し続けた。あれが超大型巨人特有の能力だろう。立体機動装置のアンカーは蒸気で跳ね返され、アルミンたちは手も足も出せないまま仰ぎ見ることしか出来なかった。壁の下から轟くライナーの叫びを合図にベルトルトはゆっくりと体勢を崩し、エレンとライナーの元へ――。
 もう一度、ライナーとベルトルトの目的について考えてみる。巨人化能力者じゃないナマエを攫った理由は何か。
 考えろ。考えるんだ。とにかく何でも良いからナマエの仕草や言葉の数々を思い出せ。
 アルミンは何度も言い聞かせた。
 ナマエとアルミンたちの違いは何だ。出身地。両親の有無。交友関係。好き嫌い。得手不得手。物の考え方。価値観。夢。興味関心。巨人。
 確かにナマエは訓練兵の頃から巨人について熱心に勉強していた。大半の同期たちはナマエを変なやつだと思っている節があったけど、アルミンは珍しいと思うものの差して気にならなかった。
 ジャン曰く、ナマエは巨大樹の森で巨人の項を観察していたらしい。
『今まで私たちは“未知なる生物”と戦っていたんじゃなくて、人間同士で殺し合いをしていたことになるかもしれない』
『私たちも何か契機きっかけがあれば巨人化出来る可能性はあるのかも、しれない』
『巨人が私たちを喰べる理由は人間に戻るためなんじゃないかって』
 巨大樹の森でナマエはそう言っていた。あの時の彼女はこちらを探っているように思えたし、巨人の正体にも心当たりありそうな物言いだったから隔離対象に加えたのだ。もちろん、言いがかりであるのは承知の上で。
 巨人の正体は人間かもしれない。
 もはや暴論でも荒唐無稽でもない。ユミル、ライナー、ベルトルトの正体が巨人だった今、紛れもない事実だとアルミンも強く思う。
「だから……」
 攫われたのか。恐らくライナーたちは、どこかでナマエの自論に勘づいたのだ。
 駄目だ。まだ考えなきゃいけないことは山ほどあるのに頭と瞼が重くて限界だ。体調はまだ本調子じゃないらしい。アルミンは両膝を抱えたまま顔を突っ伏した。

 アルミンは背後から近づく足音で目が覚めた。どうやら知らない内に、うたた寝してしまったらしい。上空の太陽は真上から少しずれていた。二時間ほど眠ってしまったようだ。相変わらず火傷した頬は痛いけれど、先ほどよりも身体は楽になっていた。
「アルミン、具合はどうだ」
 足音の正体はハンネスだった。
「ちょっと眠ったおかげで楽になったよ」
「ミカサの様子はどうだ」
 アルミンは隣で横たわっている幼馴染へ視線を移す。先ほどと変わらず眠っている。
「大きな怪我はしてないかな。脳震盪じゃないかって……」
「そうか。アルミン、お前食ってないだろ。取って来てやる」
 ハンネスの気遣いはありがたいが、アルミンは首を横に振った。ストヘス区からエルミハ区を経由し夜間行軍でここまでやって来て巨人と戦った。当然、身体は食べ物を欲している。空腹のせいで腹部に力が入らないけれど、どうしても食欲は湧かないのだ。
「食っとけ」
 大きくて無骨な手で乱雑に頭を撫でられる。でも、不器用な手つきはとても懐かしくて酷く優しかった。
 アルミンはハンネスを見送ると、隣で身じろぎする気配を感じた。ミカサ、と声をかける前に勢い良く胸倉を掴まれてしまう。
「アルミン!エレンはどこ!?」
「ミカサ、落ち着いて。動くんじゃない!まだ怪我の度合いが分からないだろ!」
 ミカサはアルミンを押し除け、壁の下を覗き込む。五〇メートル下の地上は大きく抉られた痕が残っていた。あれは超大型巨人が落下した時に出来たもので、凄まじい衝撃だったことを物語っている。周囲には戦闘の爪痕だけ残り、虚しさを呼び起こす風がミカサの黒髪を揺らす。
「どこ!?」
「エレンは連れ去られたよ」
「え……?」
「ユミルとナマエも。ライナーとベルトルトに……」
 超大型巨人は落下の衝撃と同時に身体を一気に蒸発させた。その熱と風圧は凄まじく、下にいたアルミンたちは一時再起不能になる損傷を負い、上にいた仲間もしばらく近づけないほどの一撃だった。あの衝撃に耐えられたのは鎧の巨人だけで、辛うじてアルミンはエレンが項ごと鎧の巨人に齧り取られた瞬間を見た。
 熱風が少し収まると同時に超大型巨人の残骸から、ユミルとナマエを抱えたベルトルトも現れた。彼は一緒に口へ入れた兵士の立体機動装置を奪い、腰に装着していたのだ。ベルトルトは鎧の巨人の背中に飛び移り――走り去って行った。エレン、ユミル、ナマエの三人を連れて。
「それから、もう五時間は経っている」
「誰か……その後を追っているの?」
 広い空に点在する雲。小高い山々。どこまでも続く野原。周囲は驚くほど静かだ。
「……いいや」
 ミカサは歯を食い縛り激昂した。
「どうして!?」
「馬をあっち側に運べないからだ。エレンを取り戻すには、馬をあちら側に移すリフトがここに来るのを待つしかない。ミカサはそれに備えてくれ……。怪我の具合を確認して」
 未だハンジたちは意識を失っている。クリスタとコニーは懸命に看病していた。
「ハンジ分隊長や他の上官が重傷で動けないでいる。小規模でも索敵陣形を作るには、一人でも多くの人手が必要なんだ。手練れは特に……。分かったかい?」
 アルミンは放心状態のミカサへ言い聞かす。きっと、まだ事実が飲み込めないのだろう。辛いかもしれないけど、今は耐えてもらうしかない。
「うッ!?」
「どこか痛いの?」
「いや。頭を強くぶつけたようだけど大丈夫。でも……エレンがアニに攫われた時、私はすぐに追いかけリヴァイ兵長と戦って、やっと……。それでようやく取り戻せた。でも、五時間経った後では……」
 ミカサの黒い瞳は涙で濡れていた。アルミンはどんな言葉をかけてあげたら良いか分からず、ただ口を真一文字に結んだ。五時間も経ってしまったら絶望的だ。慰めの言葉をかけたところでエレンは戻って来ないしミカサはそれを望んでいない。
「ねぇ、アルミン。何でエレンはいつも私たちから遠くに行くんだろう」
「そういえばそうだね……。エレンは昔から一人で突っ走って行くんだ。僕らを置いて。きっと……そういう星の元に生まれついたんだよ、エレンは」
 ミカサはマフラーに顔を沈め、か細い声で切実な想いを吐露した。その気持ちはアルミンにも痛いほど分かる。
「私はただ……そばにいるだけで良いのに。それだけなのに……」
 子供の頃からミカサの涙を拭う役目はアルミンじゃなかった。だから早くエレンを取り返さなければ。
「ミカサ、気がついたか。腹減っただろ?ほら、食え。アルミンも」
 ハンネスから渡された物は野戦糧食だった。アルミンは手持ち無沙汰で、それを頬張るハンネスを眺める。
「いつものことじゃねぇか。あの悪ガキの起こす面倒の世話をするのは、昔からお前らの役目だろ?腐れ縁ってやつだよ。まったく……お前らは時代とか状況は変わってんのに、やっていることはガキンチョのままだぜ」
 だろ?と同意を求められ、アルミンは小さく笑った。
「街のガキ大将と巨人とじゃ、背の高さが違いすぎるよ」
「あの馬鹿は碌に喧嘩も強くねぇくせに、相手が三人だろうと五人だろうとお構いなしに突っ込んでったよな。ミカサや兵士に止められる頃にはもうボロボロだ」
 いつもアルミンはエレンの背中を追いかけていた。意地悪な年上の子供たちと喧嘩することが三人の日常で、それを楽しげに笑う酔っぱらいのハンネスたち。大抵はミカサが強引に割って入って喧嘩を終わらすが、諦めの悪いエレンは執拗だった。あの頃は――楽しかった。
「勝ったところは終ぞ見たことねぇが、負けて降参したところも見たことがなかった」
「あ……」
「あいつは時々、俺でもおっかねぇと思うぐらい執念が強え。そんなやつが、ただ大人しく連れ去られて行くと思うか?」
 どうして一番大事なことを忘れていたのだろう。エレンは何度倒されても、何度だって起き上がる。
「いいや、力の限り暴れまくるはずだ。ましてや敵はたったの二人で、相手が誰であろうと手こずらせ続ける。俺やお前らが来るまでな。エレンはいつもそうだろ?」
 少しずつ身体に力が湧いてくる。エレンはどんな危機的な状況でも諦めない。
「俺は……あの日常が好きだ。エレンに言わせれば、まやかしの平和だったのかもしれんが……。やっぱり俺は役立たずの飲んだくれ兵士で十分だったよ」
 一羽の鳥は大空を悠然と飛ぶ。
「お前ら三人が揃ってねぇと、俺の日常は戻らねぇからな」
「うん……!」
 絶対に諦めない。戦う前に諦めたらそれは負けを意味するんだぞ、とエレンに言われそうだ。ライナーとベルトルトに奪われた日常を取り返す。アルミンとミカサは絶望感を食い尽くす勢いで思い切り野戦糧食に齧りついた。相変わらず美味くも不味くもないし、ぼそぼそしてて味も分からない。開拓地で飲んだ味の薄いスープと大して変わらないけれど腹持ちはこちらの方が断然良い。口の中の水分が全てなくなっても構わなかった。

「来た」
 ミカサは静かに言った。壁の上を走る大勢の馬。風に棚びく深緑のローブ。大群を率いるエルヴィンの姿。なんと後方には憲兵団まで控えている。
「エルヴィン団長……!」
 負傷した上官たちはエルヴィンを見て安堵の息を吐く。
「壁の上を馬で駆けて来るとは……」
 アルミンは少し驚いてしまった。
「確かに一番早い」
「クリスタ。やっぱり君には残って欲しいんだけど」
「何度も言ってるけどそれは無理。ユミルが攫われたのに、ここで待つなんて出来ない。二人には分かるはずでしょ?」
 クリスタはアルミンとミカサを見る。二人がエレンを大事に思うのと同じで、クリスタにとってユミルはかけがえのない存在なのだ。
「ナマエも助けなきゃ。どうして攫われたのか分からないけど、何か理由があるはずだから……」
「クリスタの言う通りだぜ、アルミン。俺たちにはやつらを追いかける理由が多すぎるだろ。俺はまだ信じらんねぇからよ。ライナーもベルトルトも敵だったなんて。やつらの口から直接聞くまでは……」
「おい!お前ら!」
 大勢の中から聞き慣れた声がした。人混みを縫うようにジャンとサシャが駆け寄って来た。
「やっと合流出来たな。状況は……聞いたぞ。あれ、ナマエはどうした?」
 ジャンの問いにミカサは簡潔に答えた。
「ナマエも攫われた」
「は……?何で、あいつが……!?」
 ナマエが攫われた理由は誰も分からない。けれどアルミンは、頭の中で考えをまとめながら言葉を発した。
「僕の憶測だけど、ナマエは巨人の正体に気づいたんだ。いや、確信を持ったんだと思う」
 アルミンでも、巨人の正体は人間だと思わざるを得ないのだ。子供の頃からずっと信じて疑わずにいたナマエなら、そこに行き着いてもおかしくない。
「巨人の正体って……あいつは確か、人間だとか言ってたな。そんなぶっ飛んだ話……!おい、まさか――」
 ジャンは覚えていたらしい。ならば話は早い。ミカサたちは二人の会話を聞きながら困惑した表情を浮かべ、固唾を飲んでアルミンの言葉を待っている。
「ライナーとベルトルトは勘づいたんだ。だからこの機に乗じて彼女も連れ去って、僕たちに巨人の正体を解明させないため口封じするつもりだとしたら……!二体の被験体を殺した理由と同じように」
 アルミンは背筋に寒いものを感じた。自分で言ったくせに身震いするなんて。
 そんなことは絶対にさせない。早く出発しなければ三人の奪還に間に合わない。

 -  - 

TOP


- ナノ -