兵士の在り方

「巨人がどこまで来ているか見て来る!」
 ライナーは一番危険な役目を躊躇する素振りもせず、一本の松明を手に取って階段を駆け降る。
「お前らは板でも棒でも何でも良い!掻き集めて持って来てくれ!」
「待てよ、ライナー!待つんだ!」
「訓練でも本番でも変わらなぇのかよ……!真っ先に危険な役回りを引き受けやがって!」
「ああ……。悪い癖だ……」
 ベルトルトはライナーの名前を叫びながら、下の階へ姿を消した。古城内に彼の呼び掛けが響く中、ユミルとクリスタ、ナマエは武器になりそうな獲物を片っ端から探し始める。早く見付けなくては、と焦ってしまう。ナイフでも火薬でも良いし、バリケードを築けるものでも良い。巨人から身を守れるなら、この際何だって構わない。焦燥感に突き動かされて、ナマエの身体は勝手に動く。
 うず高く積まれた木箱の内の一つを、乱暴に開け中身を物色する。大量の缶詰と酒瓶、そして少量の火薬らしきものを発見した。
「使えそうなのは火薬これだけか……!」
 あまり火力に期待出来なさそうだ。粗末なそれらで、巨人の項を爆破させることは難しいかもしれない。目くらまし程度が良いところか。だけど何もないよりマシな筈だ。外では上官達が必死に戦っている。ならばこちらも、相応の働きをしなければ。戦わなければ勝てないと、トロスト区攻防戦で身をもって痛感したではないか。
 ナマエは火薬の束を抱えた。この物置部屋を物色しても、他に良さそうなものはもうないだろう。踵を返して下の階へ行こうとした時、部屋の片隅に大きな丸太が数十本立て掛けられているのに気が付いた。
「皆!丁度良い物があったよ!!」
 丁度その時、階下からクリスタの声がした。ナマエは少しの希望を胸に抱き、はやる気持のまま階段を駆け降りると、大砲が一門だけあった。蜘蛛の巣が張った鉄の塊は、見るからに年代物だ。ナマエの両手に抱えている物と相性が良い。
「クリスタ、火薬があったよ!ありったけ持って来たから、これに火を着ければ目くらまし程度には機能するかも!」
「でかした!これで何とかするっきゃねぇな!」
 ユミルが火薬の束を引ったくり、古びた大砲の中に詰め込んだ。ナマエは大砲の導火線に松明を近付けるが、うんともすんとも言わない。
「湿気ってるみたいで火が着かないよ……!」
「オイ、どうすんだよ!?これじゃあ大砲の意味がねぇじゃねぇか!この……ポンコツ!」
 コニーが思わず大砲に八つ当たりする。長年放置されていた大砲は、本来の役割を既に終えてしまっていたようだ。
「後はこのナイフで巨人の項を削ぐくらいだな」
 コニーは一本の小振りなナイフを握り締めていた。それは松明の灯りに反射して、鈍色に光っている。どう見てもそのナイフでは、巨人の分厚い肉の塊を刈り取ることは難しそうだ。肉の繊維を断ち切れれば上等だろう。大砲も火薬もナイフも、巨人から身を守るにしては威力が足りなさすぎる。
 ナマエ達四人の間を緊迫した嫌な空気が包み始めると、すぐ下の方から何かが壊れた音と共にライナーの必死な叫び声が聞こえた。
「ここだぁ!何でも良いから持って来い!!」
 バキバキッと嫌な音がする。すぐ下の階まで巨人が迫っている。
「どうやら迷ってる暇はないみたいだな!」
「ユミル?ま、まさか――!?」
「そうさ、そのまさか・・・だ!」
 ナマエの青冷めた顔を一瞥するユミルは、ニヤリと不敵に笑う。ユミルが大砲を前に押しやるのを見たナマエは、これから取る行動を察した。無茶苦茶だ。だけど砲弾も火薬も使えないのなら、残る手は鉄の塊をお見舞いするしかない。
「ライナー!ベルトルト!」
 すぐ下の階ではライナーとベルトルトが、巨人にモリを突き刺して中には入れさせまいと奮闘している最中だった。彼らはユミルの呼び掛けに顔を上げる。
「おい、それ……火薬は!?砲弾は!?」
「そんなもんねぇよ!これごとくれてやる!そこを退け!」
 足裏にググッと力を入れて、重い鉄の塊を前へ前へと押し出していく。木製の車輪が軋み、ゆっくりと回り始め軌道に乗る。後は上から下へ重力に従い、速度を上げた大砲がガラガラと煩雑な音を立てながら転がり落ちる。勢いを殺さず木の扉を突き破った大砲は、巨人の身体の上に乗し上がり――漸く動きを止めた。激突した衝撃で木屑が散らばり、もくもくと埃が舞う。
「間一髪、だったね……」
 ナマエは、荒い息を吐きながら呟く。コニーが急いで、ライナーとベルトルトの元へ駆け下りた。その後ろ姿をナマエも追う。大砲に押し潰された巨人は、起き上がって来ない。どうやら成功したようだ。
「……上手く行ったみたいだな。奇跡的に」
 暫く様子を伺ったユミルは、いつもの口調で言った。偶然上手く事が運んだだけで、次はどうなるか解らない。何しろ唯一の大砲を、使ってしまったのだから。
「ああ……。ありゃあ起き上がれねぇだろ、アイツのサイズじゃな」
「どうする?こんなナイフしかねぇけど、項削いでみるか?」
「やめとけ。掴まれただけでも重傷だ」
 ライナーが冷静な口振りでコニーを止める。大砲で下敷きにされて、ビクともいない巨人をナマエは一瞥する。
 まだ解らないことは沢山ある。仰向けのまま、ラガコ村に取り残された奇妙な巨人。急襲して来た女型の巨人。そして壁の中に潜む、諜報員の存在。ナマエは考えるのを止める。今は無事に、生きて帰ることに専念するのが先決だ。考えるのは、それからだって良い。生きて帰ることが出来れば、の話だが。
 ナマエは物置部屋に、丸太が立て掛けられているのを思い出した。
「そう言えば、上の階に丸太が数十本あったからつっかえ棒にしよう!扉が破られても、丸太で下敷きに出来る」
 これ以上巨人に侵入させないよう――扉の内側に丸太の束を仕掛ければ――多少なりとも時間稼ぎは出来る。この古城跡の扉の高さと幅を考えると、城内へ掻い潜って来れるのは三、四メートル級の巨人だろう。上手く丸太の下敷きにすれば、先程の巨人と同じ状態に出来るかもしれない。
 一難去って緊迫感が少し薄まった一向は、上の階へ移動しようとそれぞれ踵を返す。
「そうだね。とりあえず、上の階まで後退しよう!入って来たのが一体だけとは限らないし――」
 クリスタが不自然なところで言葉を止めた。どうしたのかとナマエが不審に思った矢先、背後でパキッと木屑が割れる音と何かが忍び寄る気配がした。一呼吸分遅れてしまったコニーを、ライナーが突き飛ばすまで一瞬の出来事だった。
「ぐっ……!」
 勢い良く飛び出した巨人は、そのままライナーの腕に噛み付いた。ミシミシと骨が折れる嫌な音が石造りの空間に響く。身体を引き裂かれそうな程、焼け付く痛みと重い鈍痛が交互に駆け抜け――痛みに耐えるライナーが口から呻き声が漏らす。
「ライナー!」
 クリスタは、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。ナマエも他の皆と同様、突然の出来事に身体の反応が追い付かない。ライナーが、腕に噛み付いた巨人を己の背負う動作も。彼が巨人を背負ったまま足を踏み出して階段を一段、一段と登る行動を目にしても。誰一人手も足も出せずにいる。松明が揺らめく空間で、ライナーの顔に張り付く脂汗が妙に煌めいた。
 手も足も出ないまま階段脇で突っ立っている内に、彼が何をしようとしているのかナマエは漸く解った。
「もしかして……!」
「まさか……そいつごと飛び降りる気か!?」
「それしかねぇだろ!!」
 飛び降りれば巨人の餌食にされる。ライナーがこれからしようとする行動は、明らかな自殺行為だ。だけど他の方法が思い付かない。そんな時、コニーが階段を駆け上がり小振りなナイフを巨人の顎に突き刺した。
「待て!コイツの顎の筋肉を切っちまえば……!」
 緊迫した空気が包む中、肉の筋を断ち切る音がした。いとも簡単にライナーの腕が巨人から離れ、ユミルとベルトルトによって巨人は窓から月光の彼方へと放り出される。暫くするとドサリと――落下音がして、漸く二つめの危機が去ったことを知らせてくれたのだった。一難去ってまた一難とは、こういうことを言うのかもしれない。

 トントンと扉に丸太を打ち付ける音が石造りの空間に響き渡る。
「この丸太が最後の一本だよ」
「おお、ありがとよ」
 ナマエは、物置部屋から運んで来た長い大きな丸太をコニーに渡す。数十本の丸太を使って、即席のつっかえ棒が完成した。
「次また入って来たらどうする?もう……あんな都合良く勝てたりしねぇぞ」
「ああ、僕もそう思う……」
「……大砲の導火線が湿気ってたから使わなかったけど、火薬これが残っている。次侵入されたら使おう」
 ナマエは火薬の束を抱え込んだ。この城跡は相当古い時代のものだ。中身の火薬も劣化していると考えた方が良いだろう。
「それ、どれ位の威力があるんだろうな?」
 コニーが呟いた。
「項を吹っ飛ばす威力があるようには見えないけどね。目くらまし程度かな……」
 ナマエはグッと、火薬を握り締めた。
 背後では負傷したライナーに、クリスタが手当てを施している。アルコールの匂いが立ち込めた後、布を切り裂く音がした。
「こんな汚い布しかなくて、ごめんね……」
「いや……助かる」
 添え木とクリスタの服の布を包帯代わりにして、ライナーの手当てが完了した。ここで出来るのは応急措置まで。このままでは、後遺症が残ってしまうかもしれない。帰還したらすぐに、骨の様子を診て貰わないとならない。
「ライナー。さっきは済まなかったな。オレお前に助けられてばっかだな……。そう言えば、アニにも命張って助けられたよな。いつか借りを変えさねぇと」
 コニーがお礼を言う。二人がいなければ、彼は死んでいたかもしれない。
「別に……そりゃあ、普通のことだろ。兵士なんだからよ……」
 腕の痛みが酷いのか、ライナーの表情は険しいままだ。トロスト区攻防戦で嫌という程、見せ付けられた“兵士”の現実。己が目指すもののために命を賭ける。その過程で仲間が死んでも――自分死ぬことになっても――後悔しないよう生きる。ナマエにとっての“兵士”はそういうものだ。でも、お互い助け合うということも“兵士”なのかもしれない。
 トロスト区奪還作戦も、多くの人間達が関わって得た勝利だ。今だって、ここにいる六人で力を合わせて二つの危機を何とか乗り越えたではないか。彼女はそのことに気付くのが遅かった。
「どうかな……。あんな迷いなく自分の命を賭けたりするのって、ちょっとオレには自信ねぇぞ。なぁ?ベルトルト。ライナーって昔からこうなのか?」
 ベルトルトは冷めた目で、ライナーの顔を暫く見つめる。そして、はっきりと否定した。
「いいや。昔のライナーは……“戦士”だった。今は違う」
 彼の言葉の真意が解る者は、ここには誰もいない。

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