人間と悪魔

ウォールシーナ領・東側突出区城壁都市のストヘス区住民の目下の関心は、巨人の少年のことである。話題の少年は王都に向かう際、このストヘス区を通ることになっている。
シガンシナ区のように、巨人と一枚の壁で隔てられた最南端の土地とは違い、ここは安全な内地だ。巨人化出来る人間の存在は単なる噂だと思っていた住民が殆どだったが、王都が発行している新聞に少年のことが連日書き連ねられると、次第に現実味を帯びて来るから不思議である。

この街を通る際一目でも見てみたい。住民達の心はすっかり野次馬と化していた。
「保守派がその小僧を上手く使って王政を説得するだろうな」
「このまま上手く事が進んで、扉が封鎖されれば良いんだが」
生活活動領域をこれ以上脅かされないために、さっさとウォールローゼに繋がっている扉を全て塞いで貰いたい。願わくば人類の安寧――というよりも、自分達の安全が確保出来ればそれで良いのだ。
「これ以上壁を人の手で汚すなど断じて許されることではない!壁を讃えよ!!壁を尊え!!」

三重の壁の女神――マリア・ローゼ・シーナ――を愛して崇める集団の存在。
ウォール教はここ数年で急に勢力を伸ばしている宗教団体で、多くの支持と権力を有しているから質が悪い。彼らが語るのは――信者でない人間から言わせれば――空想めいた絵空事に過ぎないのだ。
口を開けば“人知の及ばぬ神の偉業”と一点張りで、論理的思考なんて一切ない。

神聖な壁に手を加えるとなれば、彼らは断固として拒否するだろう。現実問題、街を取り囲む目に見える壁と、目に見えない宗教の壁が内地に住まう住民達の前に立ち塞がっているのだ。



ゆっくりと目を開けると、乱雑に脱ぎ捨てられた服や床に放りっぱなしの木箱や空きビン、紙屑など突散らかした部屋一杯に優しい朝陽が満ちていた。もそもそと上体を起こしたアニは、ついさっきまで見ていた夢の残滓が、朝陽に掻き消されたことに少しだけ寂寥感を抱く。

アニにとってあの男との思い出は、格闘術の訓練しかなかった。一般的な父と娘の関係ではなかった。来る日も来る日も、男が飛ばす檄を耳にしながらアニは丸太を蹴り続けた。

――良いぞアニ!流石はオレの娘だ!
男は、現実離れした理想に酔いしれてばかりいた。どこか懐かしくて心底下らない思い出だが、今思えばアニにとってのアイデンティティでもあるのだ。

同室のヒッチ・ドリスは既にいなかったが、職務開始時間に間に合えば良い。時間厳守、遅刻は罰則だった訓練兵時代と比べると、ここはあまりにも緩い。流石仕事に手を抜くことで有名な憲兵団様様だ。
二段ベットの近くに設置されている机の上に置いてある白いハンカチが視界に入る。アニの脳内に、月明かりだけの青白い室内で一人泣いている同期の姿が映し出された。

ナマエは、酷く傷付いていた。いや――トロスト区攻防作戦で、彼らは疲弊していた。果たして、自分達がしたことは本当に正しかったのだろうか。アニは解らなくなっていた。

マルコの泣き叫ぶ声が脳内にこだまする。震える両手で、彼の立体起動装置を外して投げ捨てた。同期である二人のヘマを拭うために、マルコを見殺しにしたのだ。お前らみたいな島の悪魔とは違う。私は善良なエルディア人であると、証明するために。そして、ナマエに涙を拭くようハンカチを渡した己の行為に、反吐が出そうだった。

兵士を選んだことを後悔しているのか。

ナマエに質問した内容はそっくりそのままアニ自身に降りかかった。祖国マーレでは戦士候補生として訓練に明け暮れ――名誉マーレ人戦士になったことを後悔しているのかと。

アニは幼い頃から、男の馬鹿げた理想のために格闘術を伝授され、軍事国家から一つの思想を押し付けられて育って来た。初めから戦士になること以外の選択肢なんてなかったから。
“憎き壁の中の悪魔を根絶やしにせよ”と大人から命じられてしまえば、それが正しいことなのだと子供は信じ込む。自分達がやっていることは何も間違ってなんかないのだと――思考することを奪われた哀れな子供は疑うことをしないのだ。
いや、“疑うという行為”すら気付かぬ内に奪われていたのかもしれない。

マーレもエルディアも――結局自分のことしか考えていないクソ野郎の集まりだ。
この島に上陸した五年前。アニは男との約束を果たすためだけに、己を正当化して壁内を探って来た。文字通り、スパイ活動に勤しんで来たが――“島の悪魔”は自分達と何ら変わらない、普通の人間だった。

ミーナが死んだことを受け入れざるを得なくなったナマエを、“可哀想”とか“気の毒”だと思ったのだろうか。
兎に角、あの場はああすることが“正しいこと”だと――傷付いた仲間を介抱するアニを演出するためだったんだと――自分に言い聞かせた。そしてナマエが兵士であり続けることを選び、コニーもサシャも悩み尽くした後調査兵へと志願した。
「……助かるよ。これで心置きなく殺すことが出来る」
アニは人知れず呟いた。彼女にとって、“島の悪魔”を根絶やしにすることよりも、故郷に帰るという約束の方が最も重要だった。

なさねばならないことがあるのなら、この両手を血で染めることも厭わない。“名誉マーレ人”になり、この壁を破壊する手始めとして敵国を潰した時から――この手は血で穢れている。
「いや、元から穢れているか」
そう独り言ちした。

そう。それで良い。戦士の使命を果たすだけ。問題は――エレン・イェーガーの奪取。

素早く身支度を整えたアニが集合場所へ向かうと、既に仲間達が揃っていた。
「やっと起きてきた……。あんたのさぁ寝顔が怖くて起こせなかったんだ。ごめんねぇ、アニ」
言葉とは裏腹にヒッチは悪びれもせず、アニに声を掛けて来た。
「お前は最近弛み過ぎだぞ」
マルロ・フロイデンベルクのお小言にどうこう言うのも面倒だったからアニは無視した。そしたら愛想のないヤツだと言われた。

愛想がないと思う人間がいれば、そう思わない人間も中には入る。どうもアニの口数が少ないのも、先月の地獄を見たせいで傷付いていると思われているらしい。他人の目からそう見えているのならアニとしては好都合だが、憲兵団に潜り込むのに五年も掛かってしまったし、これからは一人で事を進めなければならないのだ。
エレンのことは同期二人に任せたが、この調子では限られた時間の中で任務を遂行出来るか不安だ。一番最初に壁を破壊してから、ゆうに五年は経っている。タイムリミットは残り八年程。このままでは、故郷に帰れるかどうかも解らない。

アニが鬱ぎ気味の気持ちでいると、コツコツと足音が響かせてやって来たのは猫背気味の上官だった。気怠そうな雰囲気の上官は、何やら書類を手にしている。
「今日はいつもとは違う雑務をしてもらう。だからここに集めた。調査兵団の一行が王都へ召還される件だ」

アニにとっては、またとないチャンスだった。
「奴らが本日この街の中央通りを通る。護送自体は憲兵団本部の仕事だから、我々は街を通過する間だけで良い。市街での立体起動が一時的に許可される。護送団と並走し、警護強化に勤めよ。尚、警備開始地点には艀船はしけぶねで向かう。以上」
「一つ良いでしょうか……。護送団を何から守ればいいのでしょうか?」
普通なら疑問に思う部分をマルロが上官に尋いた。
「ん?さぁな」
「この壁の中で王政に逆らう者など聞いたことがありません。ちんけな犯罪者はいても、組織単位で歯向かうなら壁の外に拠点でもない限りは考え難いですし……そもそも動機が不明です」
「おお、お前真面目だな!全て任せた。詳細はこれに書いてあるからな」
そう言った上官はマルロに有無を言わせる時間を与えず、強引に書類を押し付けた後煙草の煙に包まれた一室へ入ってしまった。今日一日中、仲間と共に賭け事に興じるつもりらしい。
「だが――ヘマだけはするなよ」
という台詞を残して。



「クソ、ふざけてる」
「確かに想像以上に腐ってたねぇ、この組織。まぁ……だから選んだんだけどさぁ。でも新兵の内は殆どの仕事を押し付けられるんだね。もぉ、知らなかったよ」
あの後マルロから手渡された書類を読んだアニ達は、マスケット銃を肩に掛けて警備開始地点へ向かうため外に出た。

マルロの心境は穏やかではないだろうが、空はとても澄んでいる。入団一ヶ月の新兵に指揮を丸投げするなんて本当腐っているが、上の人間の目がないからこそ動きやすいのだ。
「クズ共め……!自分のことしか考えることが出来ないクズが……」
「は?何言ってんだマルロ。憲兵団を選んだ時点でお前も同類だろうが」
「同類じゃない。オレはお前らクズとは違う――オレは憲兵団を正しくするためにここに来た」

傍らでヒッチが腹を抱えて茶化す。マルロの力説に周囲は呆れ気味だったが、アニは静かに耳を傾けた。どうしてか解らないが、マルロは――エレンに良く似ていると思ったからだ。
顔の造りや体格、考え方だって丸っきり違うのに。
「オレが上に立ったら規律を正し、不正に手を染めるヤツらにそれ相応の報いを受けさせる……単純なことだ。ただ普通の人間に戻す……それだけだ。人本来の正しい姿に」
ヒッチが大笑いして転がっている中、アニは口を開いた。
「あんたみたいな“良い人”が体制を占めちまったら、それこそ終いだと思うけどね」
「何だ、お前まともに喋れるのか」
「あんたは正しい人だと思う。正しいことを言うから……私はそういう人がいることを知っている。大きな流れに逆らうって、とても勇気のいることだと思うから……尊敬するよ。ただ単に、馬鹿なだけかもしれないけど」
自分の正義を貫くために前者は調査兵団へ、後者は憲兵団を選んだのだろう。マルロが舌打ちをした。
「単にそいつが馬鹿だったってだけだろ、一緒にするな。……長話し過ぎたな、行くぞ!」

ストヘス区を流れる運河の水が流れる心地良い音を聴きながら、アニ達はマルロを先頭に船着場目指して行進する。
水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
護送馬車は四十五分後に外門を通過するので、現場に着いたら各自持ち場の確認をしておくようマルロから指示される。ヒッチからやる気の欠片も感じない返事が上がった。
「何あれ?うちの備品じゃん」
ユニコーンのエンブレムが施された大きな木箱が船に積み込まれている。側には上官数名と、どこかの商会の男だろうか。彼らはやけに親しげな雰囲気だ。
「内地に運ぶんだろ」
「だとしても商会が介入するのはおかしい。一体何やって――」
商会の男から沢山の小銭が入った銭袋が憲兵の手に渡された。明らかな不正取引が目の前で公然と行われたことを、正義感だけで出来ていると言っても過言ではない男が許す訳もなく。
「官給品を横流ししているって訳か!」
「オイオイ、任務はどうすんだよ……」
「やっべぇ、アイツ本当に本物じゃん」
「まあ幸か不幸か時間はあるんだ。せいぜい楽しませてもらおうぜ」
マルロを止めることもせず、上官に楯突いている様子を仲間達は傍観することにしたのだった。

しかし彼の“正義”は意図も簡単に上官によって踏み躙られ、痛め付けられてしまう。それでも彼は謂れのない暴行を受けて、醜態を無数の目に晒そうとも――自分の“正義”を守ろうとしていた。面白いものが観れるかもしれないだなんて、自分達もどうかしているとアニは思う。

ここにエレンがいたら、どうするだろう。ふと、そんなことを考えてしまった。

壁の中の悪魔同士が争っていたって何とも思わないのに、無意味で仕方がないことを考えてしまうのは何故だろう。思い浮かぶのは、外に自由があることを信じて飛び出そうとするエレンの姿だった。
「そのへんにしてやってもらえませんかね」

身体が勝手に動いていた。
アニは暴行を続ける上官の腕を掴む。上官達が気を取られているその隙にヒッチも駆け寄って来た。
「馬鹿がご迷惑掛けちゃったみたいで。こっちできっちり調教しておきますんで。それとも……これ以上問題にされますか?」
無数の冷たい視線の存在に気が付いた上官達は、体裁だけを取り繕って悠然とした歩みで去って行った。憲兵団が腐った組織であることは民衆も解っているようで、官給品の横領場面を目にしても咎める声は上がらない。日常的に見慣れた光景なのかもしれない。
「やれば?不正に手を染めるヤツには相応の報いを受けさせるんでしょ?私も……付き合ってやっても良いけど」

荒い息が聞こえると思ったアニが横目でマルロを伺えば、地面に投げ出された一丁のマスケット銃に手を伸ばそうとしている姿があった。後数センチで銃に手が届く。弾を上官の背中に撃ち込んでしまえば、少年は正真正銘の馬鹿者になれる。
そんな愚行に付き合ってやろうとする自分は大馬鹿者だ。ライナーと同様、ヤキが回ったようだ。

次第に遠くなる上官の姿と比例してうずくまったままのマルロの呼吸が荒くなる。数分その状態が続いた後、悔しさを滲ませた叫び声と石畳を叩く虚しい音が響いた。どうやら彼は“馬鹿者”になれなかったらしい。
「お前の知り合い……さっき言ったその馬鹿ならやったのか……?」
束の間の沈黙の後、アニは隣で打ちひしがれている少年にとって耐え難いであろう返答をする。
「……かもね」
「……オレはお前の言う、大きな流れってやつに流される……クズの一人なんだろうな」
「どう……だろうね。でも、それも普通の人間なんじゃないの?」
空は果てしなくどこまでも続いていることを知っているのに。壁に囲まれた世界から見上げる空はいつも窮屈だ。
「私はただ、そうやって流される弱いヤツでも人間と思われたいだけ――」

外の世界に飛び出そうとするエレンやナマエが、アニは羨ましいと思ったし同時に馬鹿なんだろうと思った。
憲兵になって楽して暮らすことを標榜していたジャンでさえ、巨人と戦う道を選んだのだ。壁の外は望まぬ世界が広がっているだけなのに。
人間は弱い生き物だ。それなのに、アニが知っている人間は、生きづらい方へ立ち向かおうとする馬鹿しかいない。
このまま戦士という役目を棄てて、兵士として生きたら楽なのかもしれないと思ってしまった。



「はい、ジャン。これを被れば君はどこからどう見てもエレンだ!」

エレンが王都へ召還される今日。ご丁寧にも黒髪のカツラまで用意されたジャンは、苦々しい思いを飲み込んで、ハンジからカツラを受け取り頭に被せた。鏡に映された違和感の塊である影武者が、自分を見返して来る。
「二人共背格好が似てるから違和感ないよ、これ……ブフッ……良く似合っているじゃないか、ジャン」
ジャンの隣で立っているハンジが思わず吹き出しかけた笑いを飲み込んでそう言った。
「……悪くない」
ソファにどっかり座っているリヴァイは、エレンとジャンを交互に見比べる。感情が読み取りずらい声音で、肯定とも否定とも取れない感想を口にする。
「いや、これどう見ても全くオレと似てないですよね?オレこんな馬面じゃないです!」
「……オレだってな、任務だから我慢しているだけで、本当はこんな格好したくないんだぞ!」
エレンが上官二人の意見に否定すると、ジャンも拒絶反応を示した。

何だと、この馬面野郎とエレンも応戦すると、話が全く先に進まないのでハンジが間を取り持つ。女型の巨人を捕獲する重大任務が始まっているというのに、緊張感が皆無だ。
「はいはい二人共、喧嘩の続きは任務が終わった後!今は作戦に集中してくれないと困るからさ」
ハンジがそう言うと、部屋の扉が開いてエルヴィンが入って来た。
「支度は出来たようだな。そろそろ憲兵団が迎えに来る頃合いだろう……、エレン、地下牢に移動だ」
エルヴィンがカツラを被ったジャンを一瞥して、ほんの一瞬黙った後何もなかったように言葉を続けた。
「……はい、解りました」
「君達も行動開始だ。荷運び人に扮して先回りして、例の場所で待機!良いね?」
「了解です!」
今日、女型アニを捕らえなければ人類に未来はない。

エレンを乗せた馬車がゆっくりとストヘス区へ向かっている中、ジャン達は無事先回りすることが出来た。今は物陰に潜み、馬車が来るのを待つばかりだ。
ストヘス区に入ると、護衛を任された憲兵団の数は増えた。あの中に、きっとアニもいるのだろう。一体、どんな思いを抱えて任務に就いているのだろうか。
いや、まだ彼女が女型の巨人――壁の破壊を目論む諜報員だと決まった訳ではないのに。

「ジャン。緊張しているのかい?」
不意にアルミンが話しかけて来た。
「あ、当たり前だろ!」
黒髪のカツラを被ったジャンが答えた。諜報員の捕獲を協力することになったが、まさか死に急ぎ野郎の身代わり役をすることになるとは。絶対似てないのに。憲兵にバレたら終わりだぞ、と言いたげな視線をアルミンへ投げる。
「君達は体格も似てるし、悪人面だから大丈夫だよ。アニを確保するまでの少しの間の辛抱だから」
簡単に言ってくれる。腹を括れと言われたみたいだ。

ジャンは、隣にいる人畜無害な顔の同期の心中が気になった。訓練兵時代から、彼は比較的アニと喋っていた記憶がある。
「……お前はさ、平気なのか」
「何が?」
「何がって……オレはアニと仲良くなかったけど、お前は違うだろ。時々アイツと喋っていたし」
「ああ、そうだね……」
アルミンが懐かしそうに目を細める。

一カ月前に訓練兵を卒団したのがとうの昔のように思えてしまう。トロスト区の巨人襲撃から女型の巨人登場まで、怒涛の一カ月間だった。
「平気かどうかは解らないな。ショック――、とも違うかも。僕は知りたいだ。アニだって目的もなくあんなことしない筈だからね。話し合えばきっと道が拓ける……甘い考えかな?」
「いや、何もおかしくねぇよ。ただ……オレはアニが正直に話すとは思えない。アイツはエレンと違って巨人化出来る能力を三年間隠し通していたんだぜ?相当強い意志がないと出来ねぇよ」
「……アニがどんな理由と目的で壁を破壊しようと目論んでいようとも、僕は肯定することも……味方にもならない」
アルミンの瞳には強い意志が宿っていた。
「……二人共、エレンが来た!」
中央道の様子を伺っていたミカサから合図が上がった。

ガラガラと回る車輪の音と、馬の蹄の音が近付いて来ている。
「それじゃあ作戦通りに!ジャンはエレンと入れ替わりに馬車に乗って、そのまま待機だよ」
「ああ、解ってる」
黒塗りの馬車の扉が瞬時に開くと、中からエレンが飛び出して来る。
「エレン!こっち!」
ミカサが小さな声で叫ぶ。エレンと入れ替わるように、ジャンは物陰から走り出し、馬車に飛び乗った。
「ヘマすんじゃねぇぞ」
擦れ違い様、エレンに声を掛ける。目を見開いた死に急ぎ野郎を一瞥したジャンは、馬車の扉を閉めた。

ゴトゴトと車輪が揺れる心地良さとは裏腹にジャンは拍子抜けしていた。案外簡単に馬車に乗り込めてしまったからだ。
替え玉作戦は上手く行き、後はエレンに掛かっている。しかし、油断は禁物。いつバレるか解らない。ジャンは一人馬車の中で背筋を伸ばして、平静を保つよう努めることにした。
膝の上で握りしめた両手が手汗塗れで気持ち悪かった。


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