恋愛相談

ミゼラタウンの一角にある笑顔商会の事務所の、応接室。
ところどころ修繕の跡が見られるソファにふんぞり返る仙蔵と、その両脇を固めている八左ヱ門と遊は、正面を見つめいやにニヤニヤと笑っていた。

「はぁはぁw」

「へぇへぇwww」

「ほぉほぉ…」

八左ヱ門、遊、仙蔵の順に、ニヤニヤとした笑みを絶やさぬまま何度も何度も頷く。3人は明らかに『これは面白いことになったぞ』とでも言いたそうだ。
そのいやらしい視線を一身に受けている人物は、居心地悪そうに身を捩ってフンと鼻を鳴らした。しかしその頬は真っ赤である。

「おほー、なるほどなるほど。つまり長次さんに惚れたんで告白を手伝って欲しいとうちに依頼に来た訳ですね」

「ほっほーぅwあの朴念仁に一目惚れしたからコクりたいとwwwでも1人じゃ勇気が出ないから手伝って欲しいとwwwイヤン青春www」

「それは大変面白そうだ。よし、Funny Familyの澄姫。お前が惚れた長次への告白大作戦、この立花仙蔵に任せろ」

「三回も同じこと繰り返さなくてもいいわよ!!もう、やっぱり笑顔商会なんかに相談するんじゃなかったわ…!!」

イエローのルージュが引かれた唇を不快そうに歪め吐き捨てた澄姫は、完全に面白がっている笑顔商会の3人を鋭く睨み付けた。
その顔を見て、さすがにちょっとからかいすぎたかなと視線を絡ませた八左ヱ門と遊。しかし中央に陣取る仙蔵はニヤニヤ笑いを継続させており、そのままの表情で報酬は?と問い掛ける。
それにとうとう大きな溜息を吐き出した澄姫は、おもむろにピッチリしたボディスーツのジッパーを大きな膨らみの下までおろした。
突如晒された全世界の男の夢の園に瞳を輝かせた八左ヱ門と遊。露骨なその視線に呆れ顔の仙蔵。しかし澄姫は気にせず自身の谷間に指を突っ込むと、そこからピンポン玉くらいの大きさの石を取り出し、仙蔵に向かって雑に放り投げる。

「なんとか王国の国宝って書いてあった王冠にはまってた宝石。それで彼が手に入るなら、あげるわ」

「よし交渉成立だ。長次がなんと言おうと私に任せろ」

受け取ったそれに目の色を変えた仙蔵が聞き様によっては人身売買のような返事をして親指を突き立てた。
初めて目にする大きな大きな宝石にすっかり目が眩んだのか、八左ヱ門と遊はすっかり澄姫を意識の隅に弾き飛ばし、やれ新しい工具セットが欲しいだのグラサンを新調したいだの大はしゃぎ。不安しか感じない光景を目の当たりにしてしまった澄姫がもう何度目かわからない溜息を吐き出して腕を組んだその時、仙蔵の瞳に今までと違う光が宿り、彼女は訝しげに眉を顰めた。

「…何よ、その顔」

「いいや、なんでもない。ただ…あえてひとつだけ言わせて貰うとすれば…」

「…すれば?」

「…フッ…そんな顔をするな。せっかく整った顔をしているのだ、笑え」

そうすれば、万事うまくいくさ。そうキザっぽく笑った仙蔵にぱちくりと瞬きをした澄姫は見る見るうちに赤くなり、余計なお世話よ!!と怒鳴って事務所を飛び出す。
突然の怒声に驚いた八左ヱ門と遊がきょとんとしている中で、仙蔵だけは楽しそうに、長次も面白い女を捕まえたもんだ、と声を上げて笑っていた。



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さて、ということでなかなか面白そうな依頼を受けた笑顔商会の3人は早速作戦会議。勿論当事者の長次にはナイショだ。

「…つってもコクるだけっしょ?どっかに呼び出して放置でよくね?」

「おほー、バカだな遊、だからお前はモテないんだよ。告白には雰囲気が必要不可欠ってモンだろ?ムードが盛り上がれば成功率も上がるってモンだ!!」

「ハチさん童貞乙wwwそれ何のマニュアルに書いてあったの?」

「………意中のあの子を狙い撃ち☆告白完全勝利マニュアル…」

「いちゅwwwブッハwww何それ今度貸してwww」

「絶対嫌だ!!」

大きなモニターテーブルを囲んで早速脱線し始めた2人の頭をばしりと叩いた仙蔵は、しかしふむ、と顎に手を当てて八左ヱ門の肩を叩く。

「八左ヱ門童貞乙」

「仙蔵さんまで!!俺泣いちゃいますよ!?」

「まあ待て、落ち着け。童貞の意見だが悪くはない。ロマンティックなムードで澄姫レベルの女に告白されて嫌な気持ちになる男は99%おらん」

「そりゃまあ、あのねーちゃんむっちゃくっちゃ美人だったもんね。おっぱいおっきいしくびれ凄いしいいケツしてたし…むしろこっちがジャンピング土下座して懇願するレベルw」

「だが、相手はあの長次だ」

「おほ…まあ、申し訳ないですけど長次さんって正直何考えてるかよくわかんないからなー…好みのタイプとか、想像すら出来ねぇ」

「しかし、この依頼の成功率は高い!!」

長次本人から事情を聞かされていた仙蔵はそう言って、モニターになにやら妙な装置の図案を表示させる。

「八左ヱ門、今夜7時までにこれを作れ。遊は長次を8時に商店街の噴水公園に連れてこい」

「「アイサー!!」」

「決行は今夜8時、意中のあの子を狙い撃ち作戦だブハッw」

「仙様ナイス追撃ブッファwww」

「orz」

いいタイミングで八左ヱ門の傷を抉った仙蔵は、まあ多少手を抜いても勝てない勝負ではないからなと笑い、優雅に前髪を払った。




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そしてあっという間に夜。日が暮れると人気もまばらになる噴水公園で、仙蔵は八左ヱ門を

「…貴様はそんなだから童貞なんだ。何故これをジャンク品で作った。ああ?」

「ススススイマセンあの俺のポリシーっつーか」

「そんなくだらんモンは下水にでも捨ててこいクズが」

「グスッ…」

物凄く蔑んだ眼差しで見下していた。
それもそのはず、しっかり新品の部品を買えるほどの金を渡したにもかかわらず、頼んだ品をあろうことかジャンク品で組み上げてきたのだ。

「不具合がでたら同じ数だけ貴様を殴ってやるからな」

「あばばばば…!!」

ペッ、と地面に唾を吐き捨て、仙蔵は八左ヱ門が組み上げたものをゴンゴンと蹴飛ばす。
それはいくつものカラフルな電球がびっちりと並んだ、ハート型の電飾パネル。
街頭の数も少ないこの公園に、告白のタイミングで煌々と輝くハート…冷静に見ればアホらしい作戦だが、逆上せ上がった奴らには効果覿面というワケだ。
しかしそれをジャンクで作ってしまったことにより、動作に若干の不安が残る。

「…まあいい。もし不具合がでたら遊に二丁拳銃乱射させて臨時イルミネーションでもやらせるか…その時の的はお前だからな、八左ヱ門」

「それ俺死にますよね?」

「元はといえば誰が悪い?」

「オレdeath…ぐすっ、だれウマ…」

まあやってしまったものは仕方ないと気持ちを切り替えた仙蔵は、公園の時計がそろそろ8時を指し示すことに気付き、べそをかいている八左ヱ門の首根っこを引っ掴んでパネルの背後に位置する茂みの中に隠れた。
しばらくそこから様子を伺っていると、澄姫を連れた遊が公園に現れ、装置を見て噴き出した。

「なんぞこれwwwなんぞこれwww超ウケるwww写真撮っていいかなwww撮っちゃおうwww」

緊張した面持ちの澄姫を放置し、連絡用の携帯で大笑いしながらパネルを写真におさめる彼女を見た仙蔵は、こめかみをヒクヒクと痙攣させ茂みに遊を引きずり込む。喧しい口を無理矢理押さえて黙らせると、唖然としてしまった澄姫に視線を投げてよこし、頑張れ、と短く告げてから茂みに引っ込んだ。
そこで慌てたのは澄姫だ。
頑張れ、と言われたものの、作戦を何も聞かされていない。これでは普通の告白となんら変わらないじゃない、と文句を言おうとしたが、鳴り響いた8時を知らせる鐘の音と、時間ピッタリにやってきてしまった長次を見つけてタイミングを逃す。

ハートのパネルの前で立ち止まった長次が、柔らかい眼差しで彼女を見つめる。
その眼差しだけでうるさく高鳴り始めた心臓に、澄姫は逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。

「……どうした…?」

耳に心地よい、低い声。くすぐったい優しい声に、澄姫は混乱を極める。
あの秘伝書の件以来、一日たりとも彼女の脳裏から離れてくれなかった眼差しと声。貪欲な彼女は思い立ったが吉日とばかりに笑顔商会に駆け込んだが、今になってやっと、自分は勢いに任せて何てバカなことをしたんだろうと後悔した。
もう少し、彼と親密になっておけば…
彼好みの可愛い格好を出来たかもしれない。
素敵な贈り物で気を引けたかもしれない。
ほんの少しでも、好感度を上げられたかもしれない。
考えたらキリがない、もしもの話。こんがらがった頭に浮かんでくるのはネガティブな考えばかりで、ともすれば泣き出しそうだ。
言葉を発しようとして開いた唇をきゅっと噤み、また開いては黙り込む。数回それを繰り返した澄姫は、遂に滲んできてしまった涙を隠すために俯いた。
普段の強気な彼女はどこへやら。すっかり萎縮してしまった弱々しいその姿に、長次も不安そうになる。
何かあったのか問い質そうとした長次が口を開いたその時、俯いたままの澄姫が蚊の鳴くような声で呟いた。

「……欲しいものが、あるの…」

それは、貪欲な彼女がよく口にする言葉。それを聞くと、留三郎たちは一斉に嫌な顔をする。

「…どうしても欲しいの…死んでも欲しいの…絶対に、欲しいの…」

だけど、彼らはそのあとくしゃりと笑って、しょうがねぇなぁ、と言ってくれる。何が欲しいのかちゃんと聞いて、いっちょやるかと笑ってくれる。
本当はモノなんか手に入らなくたって、彼女はそれだけで満足だった。
それをわかっているからこそ、留三郎たちはちゃんと話を聞いてくれる。
どうか彼も、留三郎たちと同じでありますように。
こんな風にしか伝えられない私の声を、ちゃんと聞いてくれますように。
心の中でそう願って、一粒の涙を零した澄姫の前髪が、すっと横に払われた。

「……泣くな…何が、欲しい?私が用意できる、ものなのか?」

あなたに用意できるものです。あなたにしか用意できないものです。
想いを込めて数回頷いた澄姫は、ポロポロと泣きながら、胸の前でぎゅっと手を握る。

「あ…あなたが、欲しいの…!!」

宝石よりも、金貨よりも、戦車よりも、マシンガンよりも、世界中の何よりも、あなたが欲しいんです。孤児ゆえに“愛”の表現がよくわからない澄姫の、精一杯の言葉。
こんな言い方しか知らない、出来ないことが悔しくて声を上げて泣き出した澄姫だが、彼女の素直な気持ちはしっかりと、届くところに届いたらしい。
“愛している”よりある意味熱烈な告白を受けた長次の顔が見る見るうちに真っ赤に染まり、それを見た遊が探偵○語よろしく飲んでいた缶コーヒーの中身を盛大に噴き出した。
それを引き金に、仙蔵が今だと八左ヱ門に合図を送る。
スイッチに手を掛けた八左ヱ門が合図を返し、暗かった噴水公園にゆっくり灯りが広がっていく。
黄色、オレンジ、赤、そしてピンクで鮮やかに輝く大きなハート。その一番下でチカチカと点滅していた最後の電球がようやっと安定し、2人を照らす。
さてムードはばっちり、告白も済んで長次の反応も上々、あとは返事して抱き合うだけだとニマニマし始めた仙蔵だが、ふと2人の足元に視線を向ければ、安定したと思った電球がまたチカチカと点滅し始めているではないか。

「…ありがとう……気持ちは嬉しい、のだが…」

さらにはその所為でか、長次の返事もなんだか雲行きが怪しい。多分お互いの立場だとかそんなくだらないことを引き合いに出そうとしているのだろう。そんなことはあとでいくらでも考えればよかろうとイライラが頂点に達した仙蔵は、怒りに任せて慌てている八左ヱ門のケツを蹴飛ばした。

これが悲劇奇跡の始まり。
蹴飛ばされた八左ヱ門がバランスを崩し、笑いを必死に堪えていた遊にぶつかり、持っていた電源コードが遊の足に絡まる。それに気付かずバタバタと足を動かして更に笑い転げた所為で、ハートパネルが引っ張られぐらりと揺れた。
パネルは空気を読んで長次の背中に激突、突然の衝撃に押された彼の大きな体はぐらりと前のめりに倒れ、長次の言葉で顔を上げていた澄姫に迫る。
コードに引っ張られたおかげで電球破壊という大惨事は免れたものの、意表を突かれた長次はそのまま澄姫を巻き込んで倒れ、これまた空気を読んだ神様の悪戯により2人の唇が重なる。
これにはもう遊が黙っていられず、あー!!っと大きな声で叫んで飛び起きたかと思えば大慌ての2人の前に飛び出して大はしゃぎ。

「あー!!長次さんがきれーなおねーさん押し倒してチューしたー!!見ーちゃった見ーちゃったwwwこりゃラブラブですねいやーんwww結婚式には呼んでねー☆ミ」

そこに好機を見出した八左ヱ門と仙蔵も便乗。

「水臭いじゃないか長次!!こんな綺麗な彼女が居るのに何故今まで紹介してくれなかったんだ?」

「おほーとってもお似合いですねお2人とも!!長次さんもすみにおけませんねぇ!!」

衝撃的、というよりは笑撃的と言いたいが、とにかくあっという間に外堀を固められてしまった長次は何か言いたそうにはしていたものの、遂に腹を括ったのか真っ赤になっている澄姫に向き直り、小さな声で何かを呟いたあと、彼女の震える手をそっと握った。


こうしてエデンシティで今日もまた小さな恋の花が実を結んだのだが、本人たち以上に喜んだのは、死を免れた八左ヱ門であった。
そして余談ではあるが、後日この画策が長次にばれ、危うく可愛い澄姫が怪我をするところだったと惚気ついでに叱られた仙蔵、八左ヱ門、遊は、仲良く頭に雪だるまを鎮座させることとなった。


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