代理取引

今日も一見平和に見えるエデンシティ。
しかしエデン国際警察は、とある情報を仕入れて大騒ぎだった。

「A班はポイント1で待機、B班は直ちにポイント2を封鎖に向かえ、C班は咲と共にポイント3へ、D班は私と共にポイント4へ向かう!!急げ!!」

声を張り上げた半助が的確な指示を飛ばし、椅子の背もたれにかけてあった上着を引っ掴んで部屋を飛び出す。それに続き咲も慌しく駆け出した。緊迫した雰囲気の署内で、喜八郎は相変わらず無表情のまま、受話器を手に取る。




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「闇取引?……ああ、ああ…わかった、こちらも動こう………ああ、かまわん」

ミゼラタウンに似つかわしくないのんびりとした空気が漂う笑顔商会。依頼がないため珍しく全員が揃っていたそこに突然携帯の着信音が鳴り響き、途中で真剣味を帯び出した仙蔵の声に遊が首を傾げる。
仙蔵が通話を終えたのを確認してから何事かと問い掛ければ、彼はにんまりと嫌な予感しかしない笑みを浮かべて仕事だと言い放った。

「久々にドでかい仕事だぞ、喜べ」

「その言い方で既に喜べませんwww」

「黙れ。早速作戦会議だ」

「横www暴www」

何が嬉しいのかうきうきし出した仙蔵に耳を引っ張られながら遊はモニターテーブルがある部屋に足を踏み入れる。その後に続いた長次と八左ヱ門は、直後聞かされた依頼内容に頬を引き攣らせたのだった。



その日の夜。エデンシティの観光名所でもある大きなブリッジに、笑顔商会の姿があった。
いつもよりも緊張した面持ちの八左ヱ門が、双眼鏡で橋の対面を伺っている。その隣で、遊は泣いてるんだか笑ってるんだかよくわからない顔をしていた。

「仙様wねえ仙様wwwこれ絶対法律違反ッしょwwwなによ闇取引の代理ってwww捕まったらアウトなやつでしょwww」

「ならば捕まらなければいいだけの話だ。笑顔商会は金さえ払えばどんな依頼でも」

「そういうのいいからwww」

「冗談だ。いいかよく聞け。この取引はダミーだ。相手がどこのマフィアかは知らんが、受け取る荷物の中には大金が入っている…依頼報酬よりもでかい額のな。それをまるっと頂戴するぞ」

「ちょwwwそれただの泥棒www」

ニタァ、とまさに悪役顔で笑った仙蔵の作戦に、遊はおろか双眼鏡を覗いていた八左ヱ門も、周囲を警戒していた長次も揃って目を丸くする。しかし仙蔵は気にもせず、フンと鼻で笑うと欄干に凭れ、つっかけたビーサンをプラプラ揺らしながら足で彼らを指した。

「どうせ悪い事をして集めた大金だ。それを利用してまたエデンシティの治安が悪くなるくらいならば、我々が正義のために」

「どの口で正義とかwwwブッフォアwww」

仙蔵の口から飛び出した正義という言葉に堪らず遊が噴き出したその時、八左ヱ門が鋭く、来たっ、と声を上げる。
その言葉に口を噤んだ仙蔵と遊、そして無言を貫いていた長次が対面を見れば、そこには黒塗りの高級車が数台止まっていた。
そしてその車から現れたこれまた高級そうなスーツに身を包んだ男たちを見て、誰かの喉がごくりと鳴る。
仙蔵の指示により代表で遊がゆっくり橋を進み始めると、黒スーツの男たちの中からも1人が、大きなアタッシュケースを大事そうに抱えて橋を進む。
ゆっくりゆっくりと歩を進め、橋の中心で一定の距離をあけて顔を付き合わせた2人は、お互いを上から下までゆっくり眺め、こくりと頷いた。

「笑顔商会だな。これが約束のものだ、頼んだぞ」

「おk。まままかかかせろおろろ」

「ホ、ホントに大丈夫か…?」

「大丈夫だ問題ない」

慣れないシリアスにやられたのか、噛み噛みの遊が心配そうな男からアタッシュケースを受け取ったその時、八左ヱ門の悲鳴に次いで『そうはさせねーぜ!!』という今ここで決して聞こえてはいけない声が彼女の鼓膜を揺らす。

「笑顔商会!!この仕事、俺たちFunny Familyに任せてもらおうじゃねーの!!」

「ゲェッ!!ちょっ、離せ!!はっなっせっよ!!」

俊敏な動きで取引現場に飛び込んできたのは、なんともうひとつの何でも屋、Funny Familyの食満留三郎。彼は遊の手からアタッシュケースを奪おうと飛び掛ってきて、橋のど真ん中で荷物の奪い合いが始まる。

「ちょっ!!痛ぇなコンチクショー!!横入りしてんじゃねーよ!!」

「お前が横入りだよwwwつーか横入りってwww小学生かwwwつーか何してんの長次さん!!邪魔が入らないようにちゃんと警戒しろってば!!長次さ…」

留三郎とアタッシュケースを引っ張り合いながら、笑顔商会最強の男を振り返った遊はそこで言葉を失う。むしろ表情さえも失う。
何故なら笑顔商会最強の男は、待機場所でハニートラップを喰らい、なす術無く立ち尽くしていたから。

「はははは!!なんとかホーチョー拳、破れたり!!」

「ホーチョー拳じゃなくてホーホケ拳…いや違うな、チョーチョー拳?フーシン拳?あり?」

相変わらずなかなか覚えてもらえない鳳凰神拳。もうよくわからなくなってきてしまった言い争いをしながらお互いに荷物を奪い合っていた混乱極めるその場に、更に厄介な音が混じる。
赤と青のランプ、大きなサイレンの音…情報を仕入れていたエデン国際警察がこの混乱に好機を見出し動き出した。
さすがにまずいと思った遊と留三郎が顔を見合わせた次の瞬間、パトカーから降りてきた喜八郎と半助…彼らの後ろには、なんとフル装備の機動隊。
ガシャンと音を立てた重火器から逃げようと足を踏み出した2人の正面…そこには危機を感じたマフィアがマシンガンを構えて立っていた。

「マジかよ…」

「これ詰んだ」

真っ青になった2人は四面楚歌のこの状況に動けなくなり、ぽつりと呟く。それが引き金になったのか、双方から『撃てー!!』という号令が聞こえ、ブリッジの上は一気に戦場と化した。

「「ウギャー!!!」」

獣のような悲鳴を上げてその場に蹲った遊は助けを求めるように待機場所を見て愕然。そこにいるはずの笑顔商会のメンバーは、どこにもいなかった。

「ちょっwww裏切り者www裏切り者wwwいやああああ死にたくないいいいい!!!」

「あっ、こら動くんじゃねー!!俺にタマが当たっちまうだろ!!」

「アンタ鬼か!!」

銃弾飛び交う橋の上で生死を賭けた匍匐前進。こらもう橋から飛び降りるしかないと覚悟を決めた遊が、死んだら笑顔商会全員の枕元に立ってやると唇を噛み締めたその時、彼女の耳にバラバラと喧しい音が飛び込んだ。
驚いて顔を上げれば、彼女の視界に飛び込む希望の光。

「よお遊!!楽しそうなことやってんなー!!」

ヘリの音にも負けない大きな声で、彼女の顔はぱっと明るくなる。けたたましい音を立てながらその場でホバリングするヘリコプターの大きく開いた搭乗口で必死に手を振る八左ヱ門と、落とされた梯子にブランコのように座りながら呑気に手を振る小平太。
長次の姿が見えないのが気になるが、天の助けとばかりに飛び上がった遊は覚悟を決めて燃え盛る橋の上を走る。
すぐ背後で手榴弾が爆発したが、その爆風さえも味方につけて彼女は勢いよく地面を蹴った。

「とっどけぇぇぇぇぇッ!!!」

橋から飛び出した遊。足元は真っ暗な夜の海。祈りを込めて伸ばした手は見事に梯子を掴み、それを確認した八左ヱ門は泣きそうな顔で仙蔵に合図を出し、ヘリは急上昇。

「よく頑張ったな、遊!!」

「死ぬかと思ったwww死ぬかと思ったよぉぉ小平太さぁぁぁんwww」

梯子から引き摺り上げられた遊は泣き笑いで小平太にしがみ付き、でもちゃんと守ったよとアタッシュケースを掲げる。

「おお、えらいえらい!!…が、このオマケはどうするんだ?」

「オマケ?……ブホッwww」

命を賭けた頑張りを褒めた小平太が指を差す先。ヘリからぶら下がった梯子の一番下にちゃっかりぶら下がっていた留三郎の姿を見た遊は噴き出し、ヒビが入ってしまったサングラスを海へ投げ捨ててから、貸し1つだかんな、と笑った。


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