催事代行
朝刊の三面記事にまた食い逃げの被害が載っていることに溜息を吐いた土井半助は、そろそろこいつも何とかしないとなぁと頭を悩ませながら、本日一番何とかしたい人物を横目でちらり。
「…はぁ」
その視線には一切気付かない人物は、半助と同じように溜息を吐いてから勤務中だというのに机に堂々と開いた雑誌に顔を伏せた。
「…はぁ」
そして繰り返される溜息に、半助も肩を落として立ち上がる。
エデン国際警察の署長という肩書きを持つにはまだ若すぎる少年、綾部喜八郎。彼は今日、酷くしょぼくれている。しかしそれはそれ、これはこれ。署長である以上示しがつかない行動は慎んでもらわないと、彼ら部下も困る。特にお目付け役を任されている半助は。
後々上からお叱りを受け、下からはどうにかしてくれと相談を受けて胃を痛めるのはごめんだとばかりに喜八郎の肩に手を伸ばした…だが、すんでのところでそれを止めたのは、制服のジャケットの下にひよこワッペンが可愛いエプロンをつけた咲だった。
驚いた顔の半助に苦笑いで首を振った彼女はそっと彼の手を引いて廊下に出ると小さな声で喜八郎がしょぼくれている原因を話し始める。
「半助さん、今日くらいは許してあげてください。あの子、今日お誕生日なんですよ」
「誕生日って、咲…」
「それだけじゃないんです。今日、エデンシティで大きなイベントがあるの、半助さんご存知ですか?」
「大きなイベント?」
咲にそう言われ、半助は首を傾げる。そして思い当たったひとつのイベントに、思わず白目を剥きそうになった。
「…市長の…ああいや、三葉のコンサートか…」
ずきん、と痛んだこめかみを押さえて半助がそういえば、咲は眉を下げて頷いた。
「ええ、あの子ずぅっと前から楽しみにしてたんですけど、ほら、最近治安が悪化して、更に検挙率引き上げまで約束しちゃったでしょ?お休み返上でお仕事しないといけなくなって、コンサート行けなくなっちゃって、おまけに先日リリースされた新曲もまだ買いに行けてないから…」
「しかしなぁ…」
理由を聞いてますますどうにかしたくなった半助だが、咲に袖を引かれて思わず言葉を飲み込む。
「半助さん、お願い。何とか元気付けてあげたいの…だめ?」
だめ?と可愛らしく瞳を潤ませた彼女を見て、半助はぐっと唇を噛んだあと天井を仰ぎ、盛大に溜息を吐いた。それは、いつも彼が咲に根負けした時にする仕草。
「……今日だけ、だからな?」
額を押さえた掌を少しずらし、指の隙間から覗き見ながらそう言えば、花のように表情を綻ばせた咲に、半助の胃痛が少し治まった。
「ということで、エデン国際警察署長の誕生日会を行うことになった」
「「誕生日会ィ?」」
数分後、半助から依頼を受けた笑顔商会の司令塔立花仙蔵は事務所にメンバーを集めていた。依頼内容を聞くなり呆れた顔をした遊と素直に首を傾げた八左ヱ門に真剣に頷いた仙蔵は、ダーツ板の中心を打ち抜いたあと腰に手を当てる。
「誕生日会って…ケーキとか用意すればいいんですか?」
「ハチさんそれは安直過ぎw仮にも署長だよ、フルコースとか用意しねーとw」
八左ヱ門の安易な考えを笑い飛ばした遊が同意を求めるように仙蔵にねぇ、と笑いかければ、彼は心底驚いた顔で目を丸くしていた。
「……適当に女でも集めておけばいいんじゃないのか?」
「ブッホw何その投げやりwでも私仙様のそういう考え嫌いじゃないwww」
「だろう?そうと決まれば各自知り合いの女を呼べ。なんならそこらで引っ掛けてきてもいいぞ?」
「まさかのナンパwwwアンタ真剣にやる気ねーだろwww」
「失礼な。私はいつでも全力投球だ」
そう言うが早いが、いつの間に用意したのか『署長バースデーパーティー招待状』と書かれたチケットを順番に手渡した仙蔵は、3人を事務所から蹴り出した。
そして自身も事務所を出て、八左ヱ門に整備してもらった真っ赤なオープンカーに乗り込む。大きくエンジンをふかしてミゼラタウンを飛び出した仙蔵は、街を歩いている女性に手当たり次第チケットを配った。
見目麗しい彼のお誘いに大半の女性は笑顔で快諾、ついでとばかりに予定のない女性を後部座席にご招待し夕暮れの街を駆け抜けるハーレムカーを、街行く男性は恨めしそうに指を銜えて見ていた。
そろそろ開催時間が迫ってきた頃、仙蔵は一旦車を止めてメンバーに電話をかける。
「……どうだ?」
『せめて労いの声くらいかけてから聞いてくださいwww』
一番に電話をかけたのは、ある意味一番心配な遊。しかし、彼女の声に混じり華やかな笑い声が仙蔵の耳を擽る。
「…お前、本当は男だろう?」
『ちげぇーよwww失礼だなーもー!!素直に理由話したら力になってくれるってお姉様たちがいたのー!!時間になったら直で行くからしんp』
まだ報告の途中だというのに遠慮なく電話を切った仙蔵は、今度は八左ヱ門に電話をかける。子供には人気の彼も、女性となると話は別。
『おほ、お疲れッス!!』
「お疲れ、どうだ?」
『んー、そこまで人数は集めらんなかったッスけど、晩飯どこ行くか迷ってた女性グループ捉まえました』
「上出来だ。時間には遅れるなよ?」
『シャッス、了解ッス!!』
淡々と情報を聞いて電話を終えた仙蔵はとりあえず安堵の息を吐く。心配のタネだった遊も八左ヱ門も女性を確保しているようだし、持っているチケットも残り僅か。これだけ人が集まればいいだろうと満足そうに笑った彼は最後に長次に電話をかける。
『………』
「……長次、出たならせめて何か喋ってくれ…」
『……すまん…』
「まあいいさ、調子はどうだ?今どこにいる?」
『…Funny Familyの…』
「な!!?違う、違うぞ長次!!今日は殴り込みではない!!」
『………最後まで、聞け……Funny Familyの…澄姫と、街のカフェに…彼女も、来てくれるそうだ…』
「あ!?ああ、あ、そうか…まああれだけの美女ならば1人で10人分には相当するからまあいいか…時間には遅れるなよ?」
『……わかって、いる…』
思いもよらない人物を引っ掛けた長次に目を丸くしたが、ひとまず開催できそうな人数が集まったことに口角を上げた仙蔵は、すっかり夜の帳が下りてきた街を颯爽と駆け抜け、エデン国際警察署長綾部喜八郎バースデーパーティ会場へと向かった。
富豪の豪邸にも引けを取らない会場では既に誕生日会の準備が進められており、大きな大きな門の前で車を降りた仙蔵は引っ掛けた女性を伴い庭を歩いていく。庭の中心部にある大きな噴水の前では彼がナンパした女性たちが煌びやかなドレスを身に纏って既に待っており、庭に面したバルコニーに立っている半助はよくやってくれたと彼に親指を突きたてている。
しかし、肝心の主役、喜八郎は相変わらず無表情。
「おー!!結構集まってんじゃん!!綺麗なおねーさんばっかw眼福眼福w」
「おほー、えらい人数だなー。パーティっぽい!!」
やっと現れた遊と八左ヱ門が連れてきた女性と、澄姫を伴ってやってきた長次で、会場の庭は華やかな女性で溢れ、かなり賑やかしくなった。
それをバルコニーから満足そうに見た咲が喜八郎の肩を叩いて笑う。
「凄いわ喜八郎、素敵なお誕生会になりそうね」
よかったねぇ、そう笑った咲だが、喜八郎の顔を見て笑顔を凍りつかせた。
「………しく、ない…」
「…え?」
「…嬉しくない…こんな、知らない人ばっかの…適当な誕生会なんて、僕、やりたくない」
無表情の中に滲む不機嫌に、半助と咲は青褪める。良かれと思ったのだが、彼にはご機嫌取りと思われてしまったらしい。
困り果てた咲と、どうしたもんかと頭を抱える半助。庭ではなかなか始まらないパーティに招待された女性たちが不満の声を呟き始め、徐々に広まりつつある不穏な空気にさすがの仙蔵もこれはまずいと眉を顰めた。
その空気を敏感に察した喜八郎がもう帰る、と呟く。
だがその時、彼の言葉を掻き消すように盛大な花火が暗い空に打ち上げられた。
「いやー、すまんすまん!!ちょっと遅刻した!!」
眩しい華を背負いやってきたのは、黒いスーツを着崩した男。大勢の、それこそ仙蔵が引っ掛けた女性の数倍もの女性を率いてやってきた彼は、ライオンの鬣のような髪をがしがしと掻いて快活に笑っている。
「こ、小平太…」
「よぅ、仙ちゃん!!みんなも元気そうだなー!!」
突然のことにあっけにとられ固まっている笑顔商会の面々の肩をひさしぶりーとバシバシ叩いた男、七松小平太は笑い声だけで不穏な空気を吹き飛ばし、繋いでいた小さな手を優しく掴むと“それ”を肩に担ぎ上げた。
「…ぁ、あ!!」
一番に気付いた喜八郎は、瞳を見開いてバルコニーの手すりから体を乗り出して“それ”を見つめた。
「署長さぁーん!!遅くなっちゃってごめんなさぁーい!!」
小平太の肩からぶんぶんと必死にポンポンを振っているのは、なんと三葉。
コンサートが終わってすぐ連れてこられたのだろうか、いつも纏っているワンピーススーツではなく、スパンコールが眩しいチアガール服が花火の光を反射してキラキラと輝いている。
「三葉!!来て、くれたの!?」
「もっちろん!!おたんじょうび、おめでとうございまぁす!!」
祝福の言葉を受け取った喜八郎は、ぶんぶんとちぎれんばかりに腕を振り、その肩越しに状況が飲み込めず固まったままの半助と咲を振り向き、心底嬉しそうにはにかんだ。
「…こんなサプライズ、ずるいよ」
「え?さ、サプライズ?」
「あ?ああ、いや、あの…」
困惑か、混乱か…言い淀む2人にほんの少しだけ口角を上げた喜八郎は、大きさの違う彼らの手を引いてせっつく。
「ほら、早く行こうよ。誕生日会、やってくれるんでしょ?」
三葉も待ってるんだから、と言って全身から嬉しさを滲ませる喜八郎に、半助と咲は顔を見合わせて『さすが【笑顔商会】だ』と笑った。
その後盛大に開かれたお誕生日会で、三葉から直々に新曲のCDを貰った喜八郎はジャケットと同じ衣装の彼女と一緒に写真を撮り、サインを貰って、大層ご満悦な誕生日を過ごし、翌日から検挙率は驚きの跳ね上がりを見せたそうだ。
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