治安協力

“ミゼラタウンの暴れん坊、Fanny Family博物館襲撃!!エデン警察もてんやわんや!!”
…そんな見出しで始まっている新聞の一面記事を見て、喜八郎は無表情な顔で受話器を取った。




「ああ…ああ、わかった。対処しよう」

電話を受けたのは、笑顔商会の司令塔、立花仙蔵。
冷静な口ぶりでそう言い、携帯をタップして通話を終わらせた彼は丁度全員が顔を揃えていた事務所に置いてあるダーツ板に勢いよく一本のダーツを打ち込むと、くるりと踵を返しスーツの襟元を正す。

「と、いう訳だ」

「わかんねーよwww」

「なんだ?話を聞いていなかったのか?まったくこれだから遊は…」

「スピーカーにもなってないのに聞こえるかwwwあとこれだから遊はって遊が悪いみたいに言うなwww全国の遊さんに謝れwww」

どこまでも独裁者な仙蔵はがなりつけてくる遊を綺麗さっぱり無視し、まあまあと宥めた八左ヱ門、壁に凭れかかって鋭い瞳を閉じている長次の顔を見回しフンと鼻で笑ってから、一枚の地図をビリヤード台の上へ広げる。

「このエデンシティに存在する唯一の同業者、Funny Familyは知っているな?」

「ああ、まあ同業者っつーよりもあいつら犯罪者でしょ?強盗ばっかしてるし…」

「肩書きは同業者だ。それに我々だってそう人のことを言えた立場ではないだろう、八左ヱ門?」

荒ぶる遊の肩を自慢の豪腕で押さえて身動きを取れなくさせた八左ヱ門が仙蔵に向かい首を傾げたが、返ってきた言葉に何とも言えない微妙な表情をして目を逸らす。そんな彼に構うことなく、仙蔵は言葉を続けた。

「昨日もまた博物館を襲ったらしいこいつらをちょっと懲らしめてやってくれとの依頼があった。なので、今夜物理的にお仕置きしに行くぞ」

そう言って仙蔵は地図の一部をトントンと指で軽く叩く。ミゼラタウンの細い路地の中にあるそこは、知る人ぞ知るアレなスポット。

「…そこって確か、ちょっとアレなライブハウスじゃなかったですっけ?」

「さすが地元だけあるな八左ヱ門。その通り…と言いたいところだが、ここのライブハウスは随分前に寂れて潰れた。その跡地をFunny Familyが勝手に地下闘技場として使用している。賭け事ありのな」

つらつらと並ぶ違法な言葉に顔を見合わせた八左ヱ門と遊。その時、事務所にコツリと静かな足音が響く。

「珍しいな。やる気が出たのか、長次」

黒いロングコートを翻して扉に手を掛けた大男を見てにんまり笑った仙蔵に、八左ヱ門と遊もまたにやりと口角を上げた。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−
一旦解散した笑顔商会の面々は、すっかり日が暮れた頃にまた事務所があるアパート前に集まった。
煌びやかに輝く街を抜け、シャッターを下ろした商店街を通り、薄暗い路地に足を踏み入れる。
昼間はまだ活気があるスラム街、ミゼラタウンは夜になるとその姿を一変させてしまう。バスケをして遊んでいる少年たちの代わりに喧嘩をして暴れる青年たち、清掃員のおばちゃんが立っている場所には目のやり場に困るセクシーな服を着たお姉さん、日向ぼっこをする猫の居場所には、物乞いをする薄汚れた老人。
伸ばされる色々な手を慣れた仕草で振り払い、足を勧めたその先にはチカチカと点滅する看板。店名が書かれているところに大きなバッテンをうたれたそれには、見覚えのある悪い顔をしたアヒルのマーク。
自己主張強すぎワロタwと笑い始めた遊がゆっくりとコンクリートの階段を下りていけば、建て付けが悪いため隙間があいている扉から漏れる光。
重たいその扉を開けば、中から眩い光と共に歓声と怒声、罵声が溢れ出した。

「うっはwww想像以上にひでぇwww」

元々設置されていたのであろうステージでは網タイツで覆われた美脚を高く掲げた美女、澄姫が艶かしいポールダンスを踊っており、中央に設置された簡易的なリングではFunny Familyの暴れん坊留三郎がガタイのいい男をぶっ飛ばした瞬間。酒や金を握り締めた観衆がテンション高く叫ぶ店内をくるりと見回した八左ヱ門はにやりと笑ってゴキリと肩を鳴らす。

「もっと強い奴ぁいねーのかー!!」

両手を挙げて叫ぶ留三郎が会場を見回したその時、ひらりとリングに飛び込んだ4つの人影。
彼らを見て勝気に笑った留三郎は、珍しいな、と笑う。

「どこのツワモノかと思えば【笑顔商会】…いや、【マヌケども】じゃねーか」

マイクなしでも響く彼の声に、店内に散らばっていたFunny Familyの面々が彼のリングサイドに集まる。予想もしていなかった飛び入りの対戦相手にますます熱狂する観衆たちの視線の中央で、仙蔵がリングサイドから遊の肩をぽんと叩いた。

「頑張れ」

「他人事かいwwwアンタ強いんだから戦いなさいよwww」

「今日はお腹が痛いからパスだ」

「そんな中学生の言い訳みたいなwwwもー!!!」

どこまでもやる気のない仙蔵だが、戦いの火蓋は遠慮なく気って落とされる。紫の手袋に覆われた両手をゴキンと合わせた留三郎が問答無用で飛び掛ってきたので、遊も覚悟を決めてコーナーでベロベロバー、と挑発のポーズを取った直後猛ダッシュ。
リング中央で取っ組み合った2人はお互いににやりと笑った。
留三郎が大きく腕を振り上げたその瞬間を狙い、遊がさっと腕を突き出して彼の額にバチンと先制攻撃。
おお、とざわめいた観衆たちだが、直後大爆笑が巻き起こる。

「地味に痛ぇけどお前、デコピンてナメてんのか!!」

「あああ!!私の必殺技が全然通じてないwww」

ショボイ必殺技を受けた留三郎が怒鳴ると、反撃を恐れた遊はさっさと撤退。リングサイドで爆笑していた八左ヱ門にタッチすると彼女はひらりとロープを乗り越えて、優雅に立っている仙蔵の背後にその身を隠した。

「ハチさん任せたwww」

「おう!!任されたぜ!!」

入れ替わりにリングに飛び込んだ八左ヱ門は遊のエールを律儀に受け取り、まだまだ余裕たっぷりの留三郎に向かって走る。そしてその勢いのまま、自慢の豪腕を彼の首に叩きつけた。
見事に決まったラリアートでリングに叩きつけられた留三郎に、Funny Familyの勘右衛門が両手で顔を覆い、彼の隣で澄姫がロープ(と胸)を揺らして怒鳴った。

「ちょっと!!何遊んでるのよ留三郎!!そんなモップ早くやっつけちゃいなさい!!」

飛んできた罵声にちょっぴり傷付いた顔をした八左ヱ門、ハイハイとでも言いたそうに立ち上がる留三郎、そして、何か気になることでもあったのか長次が伏し目がちな瞳をすっと正面に向け、小さく呟く。

「……澄姫…」

立ち上がりぶんぶんと腕を振り回した留三郎がぶっ潰してやると叫び駆け出すと、構えた八左ヱ門の首根っこに後方からぬっと逞しい腕が伸びた。

「おほっ、へ?」

そのまま首根っこを掴まれ、仔猫のようにリング外に放り投げられた八左ヱ門。
彼の立っていた場所にはロングコートを翻した長次が入れ替わるように立っており、仙蔵が勝利を確信して笑い出す。
突然の選手交代に驚いたが、そのまま突進してきた留三郎がぶんと腕を突き出したが、それを掌で軽くいなした長次はくるりと位置を入れ替え、もそりと何かを呟いた直後目にも止まらぬ速さで鋭い突きを繰り出す。
黒い手袋に包まれた拳がまるで無数の槍のように留三郎に襲い掛かり、その圧倒的な攻撃に思わず静まり返る観衆。
街中で人を避けるように一歩進んだ長次が静かにふうと息を吐き出せば、留三郎はそのままばたりとリングに沈んだ。

「ひええええwwwめっっっちゃくちゃ強えええwww」

「ははは。幼い頃に両親を亡くした長次はとある達人に引き取られ、我が子同様に育てられながらその武術を伝承したのだからな。間違いなく笑顔商会最強の男だ」

「へええええ…なんて武術なんスか?」

「ははは………えーと確かなんたらホーオー拳だかワンタン拳だかだったな」

「あやふやかいwwwしかもラーメン屋っぽいwww」

白目を剥いてブッ倒れた留三郎を、三郎と勘右衛門が担ぎ上げて慌てて去っていく。その最後尾を追いかけた澄姫が途中で振り返り、悔しそうな瞳で長次を睨みつけたが、彼はそれをいつもの無感情な瞳で受け止めて静かにリングを降りた。
そして呑気にくっちゃべっている仙蔵と遊を一瞥して、もそりと小さく口を開く。

「………鳳凰、神拳だ…」

しかしあまりにも小さなその声は、熱気溢れる観衆の声に掻き消されて誰の耳にも届くことはなかった。


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