代打代行

このエデンシティには、色々な店がある。
高級ブティック、宝飾店、レストラン、カフェ、大きなスーパーから小さなスーパー、花屋、雑貨屋、数え切れないほど多いそれらと、表には出せない店やらなんやら…その中でも珍しいのは、俗に言う“何でも屋”と呼ばれる商売。
エデンシティにも2つしか存在しないその店は、金さえ払えば何でも請け負う。
ゲームの助っ人から闇取引…幅が広すぎる仕事内容ではあるが、それでも彼らは“それ”で生きている。
その内のひとつ、【笑顔商会】はその何でも屋を経営しているギャングチームだ。
たった5人の何でも屋は、今日も今日とて世のため人のため…ではなく金のため、仕事に精を出す。




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「代打代行ぉ?」

大きなダンボール箱を抱え、ミゼラタウンにある自宅のガレージで素っ頓狂な声を上げたのは【笑顔商会】の中でも豪腕の持ち主、竹谷八左ヱ門。
チームで乗り回している真っ赤なオープンカーに怪しげなジャンク品を組み込みながら、耳に当てていた携帯を彼は何故か二度見した。

『何だ、不満か?』

「いや、不満とかじゃないですけど…」

『野球大会の決勝戦でな、ちょっと負けそうらしいから手伝って欲しいと微笑ましい要請があったのだ』

「な、なんかヤケクソな依頼ですね…いや、いいっスけど。で、いつですか?場所は?」

『場所は街の外れの野球場でな』

「ああ、あのいつも少年野球やってるとこっスか?」

『そうだ。それで日時が今日の今からすぐだ』

ガラン、と大きな音を立ててガレージにスパナが落ちる。またもや携帯を二度見した八左ヱ門は、ニカリと眩しい笑顔を見せた後

「いくらなんでも連絡が急すぎるでしょうよォォォ!!!」

大きな声で携帯に向かって怒鳴り、工具箱もオープンカーのボンネットもガレージのシャッターすらも開けっ放しで野球場へと走り出した。




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息を切らして到着した野球場で、八左ヱ門はぎりぎりと歯軋りをする。

「野球大会って…まんま少年野球大会かよ…!!」

ベンチで項垂れている少年たちを見て呻いたものの、そのあまりの悲壮感に彼の優しさが暴れ出す。
大人が顔を突っ込んでいいものかという疑問が浮かばなくもないが、悔しそうに唇を噛んで相手チームを見ている少年たちの力になってやりたいという気持ちのほうが強く、八左ヱ門はガシャガシャと金網を乗り越えると監督らしき男性に声を掛けた。

「あの、依頼を受けてきました【笑顔商会】の竹谷八左ヱ門です」

「ああ、子供たちが呼んだ…ありがとうございます。でもせっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが、もう…」

そう力なく呟いて監督が視線を動かした先の掲示板には0vs2の大きな文字。グラウンドでは死に物狂いでヒットを打った少年が今にも泣きそうな顔でファーストベースに走りこんでいた。

「…今、どんな状況なんですか?」

「え?ええと、9回裏でうちの攻撃、ですが…」

「それでランナーが2人塁に出てるじゃないっスか!!まだ逆転の余地は十分にありますよ!!俺に任せてください!!」

持ち前の明るい笑顔でドンと胸を叩いた八左ヱ門は、次のバッターとして控えている少年に近付き、交代だと言ってバットを受け取り、顔を顰めた。

「…なんだ、これ?」

訝しげに唸った八左ヱ門に驚いた少年だったが、すぐさまその顔を悲しみに彩って俯く。

「…ぼく、いつもはもっと打てるんだ…だけど、今日は調子が悪くって…きっと、いつもの道具を使ってないから調子が出ないんだ…」

「いや、これ…つーか、お前じゃあ、いつもの道具は?家に忘れたのか?」

「…ううん。監督が持ってきてくれるって言ったのに、なんか事故?にあったらしくって、届かなかったんだよ…」

ぽそぽそと呟いた少年の言葉で、八左ヱ門は悟った。こっそりと振り向けば、監督と呼ばれたあの男は帽子のつばの下で口角を吊り上げている。

「なるほど、そういうことか…なあ坊主、ここ、工具箱とかあるか?」

「え…?うん、多分、控えのベンチにあると思うよ?」

「よっしゃ!!ちょっと借りるぜ!!」

そう言うなり審判にタイムと叫んだ八左ヱ門は少年をバットごと抱えてベンチに駆け込む。数少ない工具を器用に操り何やらごそごそとやっていた彼は僅か数分でにんまりと笑ってバットを掲げた。

「完成!!おほー、こりゃ宇宙まで飛びそうだぜ!!」

心配そうな眼差しの少年からメットを借り、バッターボックスへ入った八左ヱ門はピッチャーの動きだけに集中する。
少年とは思えない速さの球を投げたピッチャーの勝ち誇った笑みを見た彼は、少年たちの悔しさ、悲しさ、今までしてきた練習の努力を踏みにじった怒りを込めて、渾身の力でバットを振りぬいた。
拳を握り、目を見開いた少年たち。驚いて口を開けた相手チームの少年たち、唖然としている相手チームの監督、そして、愕然とした表情の監督が目で追うのは、遠く遠く場外まで飛んでいったボール。
耳に残る小気味いい甲高い音を心で噛み締めたまま、八左ヱ門は驚いて足が止まっているセカンドとファーストのランナーに向かって元気よく『走れ!!』と叫んだ。
そして彼も塁を回り、ホームベースを踏み抜いたその瞬間、勝利が確定した少年たちが大喜びで彼に飛びついた。
嬉しさのあまり涙さえ浮かべている純粋な少年たちと喜びを共有しながら、八左ヱ門は青褪めながらそろりそろりとどこかへ行こうとしている監督の男に駆け寄り、その首根っこをとっ捕まえる。

「待てよおっさん」

「ヒィッ!!」

「アンタにとっちゃ小遣い稼ぎのたかがゲームかもしれないけどな、この子達にとっちゃ違う。一生懸命積み重ねた努力を遺憾なく発揮する成長の場なんだ」

強い口調の八左ヱ門に、監督はがっくりと項垂れた。

赤と青の眩いランプに連れて行かれる監督を複雑な表情で見送りながら、少年野球大会は幕を閉じた。
相手チームの監督から金を受け取り、自チームが負けるようにバットに細工をしていた監督は最後に小さな声で少年たちに謝罪し、パトカーに乗り込む。
借りたメットを少年に返した八左ヱ門は、寂しそうな瞳をしている少年たちの頭を撫でてやり、くるりと踵を返した。
勝負には勝てたが、少年たちはそれどころではないだろう。
妙な事になっちまったなぁ、とガシガシ頭を掻いた彼は来た時と同じようにガシャリと金網に足を掛ける。
しかし去り行く彼に届いた、にいちゃん!!という大きな声に、彼は驚いて振り返った。

「お前ら…」

そこに並んでいたのは、泥だらけで汗まみれの、眩しい笑顔。

「どうもありがとう!!」

「今回は変なことになっちゃったけどさ!!」

「おれたち、今度は自分の力で勝ってみせるから!!」

精一杯の強がりと、心からの感謝。金網越しのそれに大層驚いた八左ヱ門だったが、少年たちの笑顔を順番に見た後、彼もまた眩しい笑顔を浮かべた。

「おほー!!困ったことがあれば【笑顔商会】に何でもお任せだ!!いつでも依頼待ってるぜ!!じゃーなー!!」

手を振りながら走り去る八左ヱ門にいつまでも手を振り続けている少年野球チーム。球場の隅の木の陰でそれを眺めていたスーツの男もまた、満足そうにフンと鼻で笑ってその場を立ち去った。


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