市長特命1

ネオン煌くエデンシティの観光名所、街の人々からはエデンの女神像と呼ばれている超巨大な三葉の像の足元で、泣きながら色紙を抱き締めている遊は助手席に三葉を乗っけてご満悦な仙蔵を射殺しそうな勢いで睨んでいた。

「他ならぬ三葉ちゃんの頼みだからやりますけどね!!これちゃんと保険おりるんでしょうね!?」

「大丈夫だ。(死ななければ)保険も労災も完備しているからな」

「ぐああああいやだあああああ死ぬとかいやだあああああ!!」

仙蔵の言葉を聞いてその場に寝転がり、駄々っ子のように手足をじたばたと動かす遊に道場の視線を投げた八左ヱ門は、女神像を見上げてひくりと口角を引き攣らせた。

「…つか、えっと、マジっすか?」

「逆に聞くが、三葉が冗談を言うと思うのか?」

「デスヨネー…」

相変わらず何もかもを見下すような視線で答えた仙蔵に、八左ヱ門はデス・フィッシュ・アイ。他にいい案とかないですかねと言いたげに長次を見た彼は、深い深い溜息を吐いて覚悟を決める他なかった。
即席サイン会を終えたあと、三葉から頼まれたこと。それはとても何でも屋の手に負える代物ではなかったのだが、いいカッコしたい仙蔵が勝手に快諾してしまった。
気付かないうちに命をかけた戦いみたいになってしまった今回の騒動に胃が悲鳴をあげ始めた八左ヱ門だが
反対派→遊、八左ヱ門
賛成派→長次、仙蔵、多分小平太も
この圧倒的ヒエラルキーの傾きに反対意見を早々に捻じ曲げ、嫌がる遊の首根っこを引っ掴んで一歩を踏み出す。

「ホラ、もう諦めろ遊。サイン色紙のために生きて帰るって宣言しとけ」

「ハチさんそれ盛大なフラグですwww」

「………いくぞ…」

約一名最後まで抵抗していたが、3人は展望台になっている女神像の最上階を目指して、エントランスにある高層エレベーターに足を踏み入れた。
その姿を見送った仙蔵は、助手席で申し訳なさそうに縮こまっている三葉にくすりと笑う。

「…あいつらならば大丈夫ですよ。さあ、市長邸へ送りましょう」

「え、でもぅ…」

「ここにいると逆に貴女の身が危ない。どうか安全な場所で、あいつらと私の無事を祈っていてください」

「………わかりました」

仙蔵の申し出に大人しく頷いた三葉を乗せて、オープンカーはテールランプの軌跡を残し颯爽とその場を後にした。

さて、エントランスのエレベーターに乗り込んだ3人はというと、まだ納得いかない遊がギャーギャーとひとり喚いていた。
文句を言ったところでもうエレベーターは止まらないのだが、そうでもしないと腹の虫が治まらないのだろう。パンツにぶら下げたガンホルダーからご自慢の二丁拳銃を取り出しくるくると弄りながら、遊はあっという間に遠ざかってしまったエデンシティのネオンを睨む。

「あのいいカッコしいのサラスト野郎、これ全部終わったら特別ボーナス請求したる…そもそも何でこんなことになったの…全部仙様のせいじゃん!!何よ“裏組織から奪ったアタッシュケースには金じゃなくて爆弾が入ってて、本当はそれを隠密に警察に渡して欲しかったのに欲を出した仙様が奪っちゃったもんだから、Funny Familyが知らずに奪ってエデンの女神像に逃げ込んじゃったんだけど街のシンボルぶっ壊す訳にいかないから何とか時間内に取り戻してちょ”って!!」

「おお、説明臭いセリフを長々とご苦労さん」

「ハチさんなんでそんな呑気なの!!ねぇ長次さん!!長次さんもこんな命がけなんて割に合わないよねぇ!!帰ろーよー!!」

「………澄姫…!!」

「あっwwwそうでしたwww長次さんには言うだけ無駄だったwww」

エレベーターの操作盤の前でじっと腕を組んで虚空を睨む長次と、壁に背を凭れかけて階数を眺めている八左ヱ門、そしてエレベーターの中心でグチグチ文句を言い続けている遊…だが、ふと彼女が口を噤んだ瞬間、ずっと機械的な音を発していたエレベーターがチン、と軽い音を立てて止まった。
操作盤を見ても最上階以外光っていないので、どうやら外から止められたらしい。
一気に警戒を強めた長次がうっすらと開き始めた扉をじっと見たその時、発砲音と共に一発の銃弾がエレベーターに飛び込んだ。
中心にいた遊が咄嗟に身を屈めて弾丸をかわし、反射的に応戦。開ききった扉に凭れかかる様にしてエレベーターにずるりと入ってきた人物を見て、長次が顔を顰めた。

「ゲッ、何こいつ…裏取引してた黒服じゃん…まさかこいつらも参戦してきたってか!!冗談じゃねーやい!!」

「おほー…マジでかー…」

長次の心のうちを代弁した遊がべろっと舌を出し、八左ヱ門も苦々しい顔でスーツの男をエレベーターから蹴り出す。
また動き出したエレベーターにホッとしたのも束の間、なんとエレベーターは次の階でもチンと軽い音を立ててあっさりその扉を開いてしまった。
ガガガガガ、とけたたましいマシンガンの発砲音に青褪めた遊は床にしゃがみ込み、そのままの体制でスーツの男を打ち抜く。

「あかんwwwこれ多分各駅停車なってるwww」

「みたいだな、おほっ!!?」

「ハチさんも長次さんと同じように扉の脇に隠れててくんなまし!!長次さんは操作盤係ね!!こうなったら遊ちゃんやったるわwww扉開いて相手が打つよりはよ撃ったるわwww長次さんはとりあえず閉ボタン連打でオナシャス!!こうなったらもうヤケじゃあああ!!!」

遂に自暴自棄になった遊はそう叫ぶなりくるくると拳銃を回す。そして有言実行、チンとエレベーターが止まるたび寸分の狂いなく黒服を倒していった。その姿を見ていた八左ヱ門と長次は顔を見合わせてそっと笑う。

「…遊は泣いてからが強い子ッスね」

「………だな…」

仄かに穏やかな空気が広がり始めたエレベーター。もう少しで最上階に到達するというところで、ガギ、と変な音が聞こえ、ずっと案内文が流れていた電光掲示板が真っ赤に染まる。
驚いた3人が揃ってそこを見れば、表示されている『緊急停止』の文字。
サッと青褪めた八左ヱ門が、ふと最近見た新聞記事を突然思い出し、乾いた笑いを漏らす。

「何何何!?何で止まった!?まだ最上階じゃないよエレベーターお前なら出来る!!やれば出来る子だから!!」

「……あのさぁ、遊」

「動け動け動け動け動いてよぉぉぉ!!エビバディセイッ!!」

「俺さ、つい最近新聞で見たんだけどさ…まさかこんなとこに、ハハッ、あるわけないよな、ないない」

「ハチさん何1人でブツブツ言ってんの?ホラ動けってエビバディセy」

何故か熱血の遊が顔面蒼白の八左ヱ門を促したその時、チン、と軽い音を立ててエレベーターの扉がゆっくりと開いた。
また黒服か、と舌打ちをした遊だが、小さく開いた隙間からぬっと現れたモノに硬直。うっかり取り落とした彼女の拳銃が、カラカラと乾いた音を立てて床を滑った。

「まさかなーいくら生態的に高いところが好きだっつってもなー」

「ハハハハハハチさん」

「エレベーター乗らねーと上がってこれないし、ないないない」

「ハハハハハハチさん!!!」

「なー?遊も笑っちまうよなー?まさかこんなとこに熊なんて…「oh」」

2人仲良く oh と呟いて、開いた扉を見る。そこには身の丈2mはありそうな熊。
そう、八左ヱ門が思い出した新聞の記事…その一面をデカデカと飾っていた、最近エデンシティで稀に出没している熊である。
一体何がどうなってこんなところにいるんだと言葉にならない叫び声をあげた2人に、鋭い爪が振りおろされた。
脳裏を翌日の一面記事を飾る凄惨な映像が通り過ぎるが、念仏を唱えようとした2人の視界を、黒い閃光が通り過ぎる。
次の瞬間、物凄い衝撃と熊の雄叫びが響き渡った。

「……おほー…」

「まじすげぇ…チャーラーネギマシマシ拳最強か…」

ずずん、と重たい音を当てて倒れた熊と、その正面に立ちはだかる黒いロングコート…。
たった一撃で大きな熊を昏倒させた長次を見て呟いた八左ヱ門と遊に、彼は振り返りもせず低く呟いた。

「………鳳凰神拳、だ…」

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