チェイス

九死に一生の脱出劇を繰り広げた笑顔商会。
ヘリを降りた彼らはネオンが眩しい商店街の一角で遊を取り囲み、代わる代わるその頭を撫でていた。
とりあえず守りきったアタッシュケースを仙蔵に渡し、誇らしげな遊が小平太とじゃれあっているその手前の路地の影。
トーテムポールのように顔を覗かせているのはFunny Familyの面々。

「くそぅ、俺だって命張ったのに…!!」

悔しそうに呟いた留三郎が見つめる先には、大金が入ったアタッシュケース。手に入れ損ねた、とがっくり肩を落とした彼を見て勘右衛門が眉を下げるが、慰める言葉が浮かばないのか無言のまま。
諦めきれない3人が未練がましく笑顔商会を見ていると、逆側からやってきた人物が合流した。
作戦最中に姿を消した長次と澄姫がどこかから戻ったらしい。
一体ドコでナニしてたんスかと食ってかかる遊を綺麗さっぱり無視した長次がもじもじ照れている澄姫を背後に隠し、小平太と挨拶を交わす。
それをじっと見ていた三郎が、ぽつりと呟いた。

「…おい、なあ、今ひょっとして、チャンスじゃないか?」

その言葉にきょとんとしていた留三郎と勘右衛門が、次の瞬間顔を見合わせてにやりと笑う。
3人視線を絡ませて、スリー、ツー、ワン、とカウントダウン。
三郎のゼロ、の掛け声で勢いよく路地の影から飛び出した留三郎が隙をついて仙蔵の手からアタッシュケースを引ったくり、勘右衛門が長次の背後に隠されていた澄姫の腕を掴んで走り去る。その最後尾を駆け抜けた三郎が通り過ぎざまにベロベロバー、と舌を出して、ネオン街に溶けた。
一瞬の出来事にぽかんとしてしまった笑顔商会…だが、ハッとした仙蔵が鬼の形相になり、遊と八左ヱ門の尻を蹴飛ばす。

「何をしている!!!さっさと追いかけろ!!早く!!」

「おほー!!?」

「え、ちょ、じゃあ仙様も一緒に行こうよ!!」

「私は車で追いかける!!走りたくない!!」

「じゃあ小平太さん…」

「私はヘリで追いかけよう!!」

「むっちゃくちゃやなあもおwwwじゃあ行くぞハチさん、長次さ…ヒィッ!!!」

ブチギレているものの相変わらずゴーイングマイウェイな仙蔵と楽しそうな小平太に諦めの溜息を吐き出した遊が八左ヱ門と頷き合い、長次にも声を掛けた…のだが、彼の顔を見て顔面蒼白。
目の前で恋人を掻っ攫われた(といっても彼女はFunny Familyに属しているのだが)長次は怒りを超越して不気味に笑っており、その迫力たるや鬼も裸足で逃げ出すほど。彼と仙蔵が暴徒と化す前に金と女を取り戻そうと目だけで会話をした遊と八左ヱ門は、眩いネオン街を走り出す。

人ごみを掻き分け、障害物を飛び越え(八左ヱ門はちょっと躓いて転がっていた)、米粒くらいにしか見えないFunny Familyの背中を追いかけていく。しかし距離が開きすぎていて、今にも見失いそうだ。

「しんどいしんどいしんどいwww肺が、痛い、よぉぉぉwww」

「おほっ、おほっ、痛ぇさっき躓いた時脛打ったwww」

息を切らしながら全力疾走を続ける3人。限界を誤魔化して走る遊と八左ヱ門をよそに、長次はギリギリと歯軋りをしながら無言で走り続けている。それが逆に恐ろしい。
しかしさすがに限界か…とうとう遊の足が縺れ始めた。

「アカンwアカンwさすがにもうアカンwこれ以上はアカンw」

「おほ…お、俺も、もう、無理ぽ…!!」

上体が仰け反り、膝ががくがくと震え始め、とうとうその場にへたり込んでしまった遊と八左ヱ門。長次も荒い息を漏らしながら、悔しそうにFunny Familyが走り去った方角を睨み続けている。
そんな彼らの傍に、真っ赤なオープンカーが止まった。

「遅かったか…」

「だいぶな」

格好つけて車から降りてきた仙蔵に、遊ががっくりと項垂れて力なく噛み付く。疲労困憊な彼女に苦笑しながら新品のサングラスを放り投げた彼に、これからの指示を仰ごうとした長次が息を整え視線をめぐらせたところで、驚いたように息を呑んだ。

「………あなた、は…」

町の喧騒にかき消されそうな小さな声で呟いた長次に2人は不思議そうに顔を上げ、仙蔵は困ったように笑う。

「途中で会ってな。さすがに無視はできんだろう?」

そう言った仙蔵に手を引かれて車から降りてきたのは、なんとこのエデンシティのアイドル兼市長である時友三葉。

「笑顔商会の皆さん、あの、実はその、お、お願いがあるんです」

車から降りて早々、胸の前で小さな手を握り締め、潤んだ大きな瞳でじっと見つめてくる三葉を一目見て、息を整えていたはずの遊は勢いよく立ち上がる。

「やべぇマジか!!生三葉ちゃん超可愛い!!CDいつも予約して買ってます!!」

「わぁ、本当?どうもありがとう」

「やっべ超かーわーいーいー!!ねえサインしてサイン!!何か書くもの、書くもの、ちょっと書くもの買ってくる!!」

「おほー!!遊、俺の分も頼んだ!!ちゃんとした色紙2枚買ってこいよ!!」

「おk任せろ!!巴(゜∀゜)」

「遊!!八左ヱ門!!このバカ共が!!」

三葉を見たことで一気にテンションが上がり、サイン会のような雰囲気になってしまったところに仙蔵の喝が飛ぶ。肩を竦めて残念がる2人に当然だと頷いた長次が視線を鋭くするが

「色紙は3枚だ!!私の分を忘れるんじゃない!!」

続いた仙蔵の言葉に、彼は盛大にすっ転んだ。


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