偽者現る!?御庭番の苛烈な戦い!!

音もなく舞い降りてきた人物に、三葉はただでさえ大きな瞳をもっと大きく見開いた。
着地の衝撃を和らげるためにしゃがみ込んでいた人物は、まるで蛹から孵る蝶のようにその身を起こす。

「妖かしの御庭番、澄姫…存分に愛でなさい!!」

忍足袋と脛当てをつけているが長い脚は剥き出し、胸元も腹部も申し訳程度にしか隠れていない忍装束は両サイドに深いスリットが入っており、確実に年齢指定が入るであろうその人物は澄姫と名乗り、ビシッと決めポーズを取るや否や、三葉に襲い掛かった。
先程の分銅は彼女の武器の一部だったようで、勢いをつけて振り回されるそれを何とかいなしながらも、三葉は武器を持っていないほうの手でぺたぺたと自分の身体に触れる。
丸みは帯びているものの何の取っ掛かりもない胸、メリハリのないウエスト、短い手足に伸びない身長…恐らく三葉の偽者を名乗っているであろう澄姫との絶望的な差に、彼女の目尻が赤く染まる。
鎖付きの分銅をリボンで絡め取り力比べで負けないように踏ん張った三葉は、舌打ちして隠し持っていた手裏剣を打った澄姫を悲しそうな瞳で見上げた。

「…な、なによその目は…!!」

無言のまま涙を滲ませ、潤んだ大きな瞳で見つめてくる三葉に、今にもキューン…と甘ったるい鳴き声をあげそうな仔犬の姿を重ねてしまった澄姫は思わずたじろぐ。

「そっ、そんな迷子の仔犬みたいな目をしたってダメよ!!」

そう怒鳴りつけた澄姫だが、三葉は悲しそうな瞳をやめない。澄んだガラス玉のような瞳から発せられるキラキラ光線に負けるものかと睨み返すが、それも僅か数秒。

「ああっ!!」

武器を絡め取られたまま、特に攻撃などされていないにもかかわらず澄姫は甘美な悲鳴をあげて目を逸らしてしまった。
その隙を見逃すはずもなく、三葉は武器を手放し必殺技を繰り出す。

「えぇい、陽炎ふらっしゅー!!」

どういう原理か、叫んだ三葉の翳した手から桃色の光が放たれ、正面からそれをモロに受けてしまった澄姫の体が宙高く舞う。

「でたーwww天使のカゲフラwww」

「未だにアレの原理がわからん」

あっという間に決着がついたくのいち対決に大笑いの遊と、真剣に三葉の必殺技の原理を考える文さん。

その光景を視界の端で捉えていた澄姫は、不覚を取ったと悔しそうに歯噛みしながら何とか屋根の上に着地を試みる。
猫のように柔らかく身体を捩り、定めていた足場に降り立った…と思ったのだが、彼女の足には藁よりも硬い、がっしりとした感触。
驚いて足元に視線をやれば、そこには綺麗な栗毛と黒い手甲から伸びる逞しい腕。
驚きに見開かれた鋭い瞳と視線が絡み合い、その瞬間澄姫は全身に雷に打たれたような衝撃が走ったのを感じた。
トゥンク…と甘く高鳴る胸を押さえて無言のまま鋭い瞳と見つめ合う。
逞しい腕に抱きかかえられている状態で永遠にも思える数秒間を送った2人を現実に引っ張り戻したのは、青年の呆れを含んだ声だった。

「澄姫さん、邪魔されると困るのだ」

言外に『あんたなにやってんの?』と告げながら、ざくりと藁葺き屋根を踏み鳴らすのは真っ赤なスカーフを靡かせた忍。
聞き馴染んだ声を聞いて我に返った澄姫は、慌てて弁解を試みる、が

「兵助!!違うの、あの、幼女が天使で仔犬の眼差しで魔法を使ってね、飛ばされて着地したら運命の出会いを…!!」

「澄姫さん、何言ってるのだ?」

「………女神が…」

「風車の御庭番殿も何を言おうとしてるのだ!?」

慌てているのか、それとも本気でそう思ったのか。頬を赤く染めながらしどろもどろ喋る澄姫に兵助は呆れ顔。更には何をトチ狂ったのか長次までもが妙なことを口走ろうとしたので、慌てて遮る。

「いいからほら、早くその男から離れてください。テイク2いきますから」

「え…」

「不満なんですか!?」

「…………」

「風車の御庭番殿も早く澄姫さん降ろしてください!!」

真っ赤なスカーフを口元まで引き上げて怒鳴った兵助は、寸鉄を掌でくるりと回して長次に飛び掛った。

……のだが、一向に長次から離れようとしない澄姫と澄姫を降ろす素振りさえ見せない長次にぴたりと動きを止め、深い深い溜息を吐く。

「なんなのだ、もう…!!」

甘い空気に当てられてやる気を完全に削がれてしまった風車の御庭番の偽者兵助は、屋根の端に腰を下ろしてがっくりと項垂れる。
そこで、下から自分を見上げていた存在に気がついた。

「………きみが、陽炎?」

「ほぁ!?あ、新手ですか!?」

ぽかりと間抜けに口を開けて見上げていた少女に問えば、慌てたように武器を構える。しかし無意識なのだろう、気を抜けばぽかりと開いてしまう可愛いお口についつい笑いが込み上げて、兵助は何となく、気紛れにひらりと手を振った。
その仕草に驚いたのかきょとんとしてしまった三葉に兵助はハッとして何してんだろうと掌で口元を覆う。笑われたかな、と恥ずかしそうに三葉を伺った彼は次の瞬間屋根から転げ落ちる。

「…ぇへへ…」

何がそんなに嬉しいのか。相手は敵だというのに、頬を赤く染めて小さく手を振り返す三葉は、控えめに言って天使だった。

[ 8/9 ]

[*prev] [next#]