偽者現る!?それは不運かうっかりか!!

「………あの…僕どうしてこんな目に遭わされてるんでしょうか…?」

先ほどまでとは変わり、大慌てで次の町を目指す御一行。
先頭を進む文さん、その後ろに小平太、留さん、遊、そして伊作。
悲痛な訴えを口にした彼の体にはこれでもかというくらいぐるぐる巻きに縄が巻かれており、その先端を引っ掴んだ遊が嫌そうに顔を顰めて彼を見た。

「ンなもんお前が正義の味方世直し御一行を騙る不届き千万な輩だからに決まってるデショ。偽者御一行の居場所知らなかったらあのまま拷問だから」

「拷問って…市中引き回しとか?」

「いけいけどんどんでなwww」

「因みに、伊作と遊は勘違いしているが『市中引き回し』とは死刑囚を馬に乗せ、罪状を書いた捨札等と共に刑場まで公開で連行していく制度のことで『市中引廻し』とも言う。これ自体は刑罰ではなく所謂見せしめで『この人はこんな酷いことをしたのでこれから死刑にされますよー』という練り歩きみたいなもんで、ざっくり言ってしまえば死出の旅になるため罪人には金が渡され、求めに応じて酒や煙草を買ったりできたこともあったんだ」

「誰にしゃべっとるんだ」

ケマケマしい説明を留さんがし終わったところで、文さんの冷たいツッコミが炸裂。それにより喧嘩になった2人を笑いながら眺めていた小平太は、しょぼくれる伊作に歩み寄り、なあなあと気軽に声をかけた。

「うっかり伊作、そっちの御一行には文さんや留さんみたいなのもいるのか?」

「へ?ああ、勿論いますよ」

「そうか!!やっぱりそっちも喧嘩ばっかりか?」

街道のど真ん中で取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった留さんと文さんを指差して問えば、伊作はきょとんとした顔をして首を横に振った。

「いいえ、うちの2人は喧嘩なんてしません」

「「え!!?」」

「というか仲良し…じゃないかな?性格もちょっと似てるとこあるし、よく2人でご飯とか行くの見るから」

「いと羨ましい!!」

「ご隠居口調wwwでもお気持ちお察し申し上げ候www何か話だけ聞いてるとそっちの御一行のがいい気がするwww私の偽者も不運だけどイケメンだしwww」

伊作の話を聞いて羨ましい羨ましいと喚き始めた小平太。それを見て笑う遊が縛られた伊作を小突いてそう言ったとき、今まで穏やかな光を宿していた伊作の目が苛立ちを孕んだ。

「…お言葉だけど、僕は不運じゃないよ。ただ人よりちょっとうっかりなだけ」

優しい口調なのにどこか棘を孕んだ物言いに、遊の瞳にも怒りが浮かぶ。

「は?街道で滑って転んで崖から落ちて川で溺れかけて這い上がってきた土手で馬糞踏んで滑って転んで捻挫して助けを求めたのが野盗で動けないから簡単に有り金全部奪われて這いずって追いかけようとして牛糞掴んでショックのあまり飛び上がったら馬車に撥ねられて気を失ったヤツのどこが不運じゃないって?本物のうっかりって言うのは出かける前日に持ち物リスト作って全項目チェック入れたのにも関わらず忘れ物があったり、買い物リスト作って買い物行ったのに買い忘れがあったり、作業途中に来客かなんかで作業中断されたときに自分が何してたのかを忘れるような私のことを言うんですー!!」

「それただ物忘れが激しいだけじゃないの!?うっかりって言うのは出発前に持ち物確認したのにもかかわらず出かけにかばんのそこに穴が開いてて道中に持ち物落としてたり、買い物行ったら財布スられてしかも目的の品が売り切れてたり、作業途中に来客があって驚いて作業台に突っ込んでそのままピタゴラ装置機動する僕みたいなことを言うんだよバーカ!!」

「うっせバーカ!!それ完全不運じゃねーか!!気ぃ遣って黙ってたけどお前ウ●コくせーんだよバーカ!!」

「バカって言うほうがバカだブァーカ!!」」

「言いだしっぺお前だろバーカバーカ!!」

「お前らガキか」

そのまま口喧嘩に発展してしまった2人。あまりにも低レベルなそれについ呆れてしまった小平太が仲良くアイアンクローをかまし、いまだ取っ組み合っている文さん留さんにも『お前らもいい加減にしろよ』と釘を刺す。
獣のような威圧感に喧嘩は止めたものの、まだ視線で牽制しあっている二組に小平太はそっと溜息を吐き、存在しているだけで喧嘩抑制剤になっていた御庭番を懐かしむ。
頭に思い浮かべた御庭番が恋しくなり、さっさと合流したくなった小平太が足を速めれば、目的の町が見え始めた。

「おお!!やっとついたぞお前らいけいけどんどーん!!」

それが嬉しくて、4人の首根っこを引っ掴んだ小平太は猛ダッシュ。
有無を言わせない(というか言えない)速度で店が増えてきた道を走り、待ち合わせの場所に指定していた宿に向かって猪のように走る彼…だが、もう宿は目の前というところで、小平太の足はピタリと止まる。
慣性の法則で前方にごろごろと転がっていってしまった4人など気にも留めず、小平太は何かを探るように周囲に視線を走らせた。
宿の出入り口、周囲の建物の裏路地、民家の屋根の上、そして長屋の井戸の影…ゆっくりと視線を動かした彼がその先をじっと見たあと、気のせいだったかなと首を傾げた一瞬。
ジャッ、と耳障りな音が彼に迫った。

「お!!」

嬉しそうな声を上げてその場から飛び退いた小平太に再度迫るのは、今度は音ではなく鎖に繋がれた分銅。的確に彼の顔面を狙うそれを引っ掴んでやろうとした小平太だが、ふわりと視界に舞い降りた綿毛に破顔し構えかけた手を下ろす。

「ご隠居、ご無事ですかぁ?」

「よう三葉、随分楽しそうだな!!」

先にこの町に到着していた小柄な御庭番三葉が、主の無事を確認しながら彼の前に立ちはだかり、迫ってきた分銅を一寸くらいの手持ち棒から伸びる真っ赤なリボンで絡めとる。
瞬時に引いていった分銅の先をじっと見たまま、三葉はまるで新体操選手のようにリボンをくるくると回し、背後に守る小平太に告げた。

「実はこの町に我ら一行を騙る偽者がおります。今の攻撃は、おそらくその仲間のもので…えぇい!!」

「おう!!私もその話を聞いてな、急いできたんだぞ!!」

「そうでしたかぁ…多分、長次さんも御庭番の1人と交戦して…やぁ!!」

報告の合間にも飛んでくる分銅と、愛らしい声を上げて応戦する三葉。うっかりその姿に癒されてしまった小平太が彼女のふわふわな髪を撫でたところで、危ないから下がっててください、と叱られてしまい、小平太はとりあえず宿の出入り口そばにあった長椅子に腰を下ろして事の成り行きを見守ることにした。

「んんむ、隠れて攻撃なんてずるいですよぅ」

三葉の忍装束の腰に結ばれた兵児帯の大きなリボンが、攻撃を受け止めるたびにふわりふわりと揺れる。相手が姿を現さないことに温厚な彼女も思うところが在るのか、ぷくりと頬を膨らまして不満を口にした。
すると、今まで息つく間もなくあちこちから飛んできていた分銅がガスリと地に落ち、どこからともなくくすくすと笑い声が響く。

「うふふ…確かにそうね」

壁や地面に反響した笑い声が、しっかりとした言葉になって三葉に届く。

「こんにちは、可愛らしいお嬢ちゃん」

その言葉と共に、太陽を背負った1つの影が宿の上に現れた。反射的に小平太の周りに集まった文さん、留さん、遊は彼を守るように壁を作る。反して伊作は見知った顔にホッとしたのだろう、その場でへたり込んだまま。

「そして、さようなら…かしらね?」

太陽を背負った影は妖艶にそう言って、軽い身のこなしで三葉の前に舞い降りた。

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