生き倒れ珍道中!!うっかりを名乗る男!!

高い高い青空の下、小鳥が囀る街道をのんびりとした足取りで進んでいく御一行。道の脇を流れる小川の煌きを眺めてみたり、通り過ぎる旅人と言葉を交わしたり、茶屋の隣に広がる花畑に目を奪われたりしながら次の町を目指す。

「はー…こうしてみると、世界は平和そのものなのになぁ…」

一服した茶屋から腰を上げた御一行が歩き始めたとき、入れ違いに茶屋に入っていった親子連れを眺めて、留さんがなんとなしに呟く。それをすぐ隣で聞いていた文さんは、彼の言葉の最後につけられた“なのに”という一言にピクリと眉を動かし、ふいとそっぽを向いた。

「…悪い奴ってのは、見えないところにいやがるからな」

そう呟いた文さんの瞳が、山よりももっと遠くを映す。
普通に暮らす人々が普通に笑って暮らせれば、それはそれは幸せだろう。だが人間とは欲深い生き物だ。一度贅沢を知ってしまえば、それを忘れることは出来ない。だから偉い人は、自分の生活を、地位を守ろうと躍起になる。
勿論中には本当に殊勝な心がけの者もいるが、全員が全員そうではない。
他者が苦しんでも、踏みつけても、ないがしろにしても、薄汚い自身の欲を満たそうとする者も多いのだ。
そう言った類の人間が大嫌いな文さんは、過去にそう言った類の人間ばかりに囲まれて過ごしていた頃の自分をふと思い出し、心底胸糞悪いと言いたげにケッと鼻に皺を寄せた。

「権力なんて盾があるからっていい気になりやがって…どわっ!!?」

胸に渦巻いた黒いモヤを吐き出そうと小さく呟いたその時、彼の足に何かが纏わりつき、思わず前方に倒れそうになる。
あわやというところで何とか踏み止まり、一体なんだと振り向けば、そこには何とも悲惨な姿の青年が蹲っていた。

「む……無縁仏か…?」

「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇ!!おい、大丈夫か!?」

見るも無残なボロッボロの姿で地面に倒れている青年に驚きとんでもないことを言ってしまった文さんを突き飛ばし、留さんが青年を抱き起こす。先を進んでいた小平太と遊も留さんの大声でなんだなんだと引き返し、ボロボロの青年を見て悲痛な顔になると、その場で静かに手を合わせた。

「だからそれ止めろッ!!」

悪ノリが過ぎる小平太と遊を叱り飛ばした留さんは、抱き起こした青年に大きな声をかけ続ける。すると、閉じていた青年の瞼がピクリと反応を示し、形のいい唇が何かを告げようとゆるりと動く。
…のだが、それよりも早く、彼の腹から盛大な音が鳴り、遊が膝から崩れた。




「いやあ、どこのどなたか存じませんが助かりました!!」

膝の上に空になった丼を置き、青年は満面の笑みを浮かべて御一行に頭を下げる。
彼の盛大な腹の虫に急かされるまま青年を通り過ぎた茶屋に運び込んだ御一行は、一杯のかけそばを彼にご馳走してやった。
吸い込むようにそれをあっという間に平らげた青年は、丼を脇に置いて茶を啜ると、大きなたんこぶが出来ている頭を擦りながら呑気に笑う。

「いやーあっはっは、まさかこんな平和な街道で滑って転んで崖から落ちて川で溺れかけて這い上がってきた土手で馬糞踏んで滑って転んで捻挫して助けを求めたのが野盗で動けないから簡単に有り金全部奪われて這いずって追いかけようとして牛糞掴んでショックのあまり飛び上がったら馬車に撥ねられて気を失うなんて、僕ってばうっかりうっかり」

「それうっかりってレベルじゃねーよ」

息継ぎもなしに自身に起こった不運(本人曰く『うっかり』)を語った青年は、助けてくれた留さんに再度頭を下げて、申し遅れました、と笑った。

「僕、世直しの旅をしている天下のちりめん問屋隠居副将軍の御付きの1人、人呼んでうっかり伊作と申します」

おそばご馳走様、とニコニコしている青年…うっかり伊作の自己紹介に、留さんは思わず笑顔を浮かべて硬直。その後ろで小平太が大笑いしながら色々アウトと叫び、文さんは啜ったお茶を全部湯のみに吐き出していた。

「………えっと、伊作さん?」

「はい?」

「ちょっと、タイム」

「あ、わかりました」

とりあえず我に返った留さんは、笑顔のまま伊作に合図を示す。それに了解を返したのを確認し、茶屋の隅に小平太、文さん、遊を集めてしゃがむ。

「一旦落ち着こう、大丈夫、うん大丈夫、落ち着こう!!」

「留さんも落ち着け!!おいあいつまさか」

「まさかもクソもこへ、ご隠居!!今あいつ自身が堂々と言ったじゃねえか!!」

4人の脳裏に、偽者、という文字がデカデカと浮かぶ。

「…いや、まだ悪意があるとはかぎらねぇ!!本人にそこんところを確認してから」

「世直し御一行軍団が増殖したら楽だな!!」

「小平太ちょっと黙れ」

茶屋の隅でヒソヒソと喋っていた3人は、ふと振り返って伊作を見る。それに気付いた伊作がひらひらと手を振り、不思議そうに首を傾げた。

「…アイツに悪意はなさそうだぞ!?」

「あいつになくても大元にあるかもしれねえだろ!?」

「あっ、すいませーん団子おかわりー!!」

また顔を突き合わせ、悪意の有無を確認する文さんと留さん。小平太はもう飽きたのか団子のおかわりを店員に注文していた。
ちょっとは真剣に考えろ当事者!!と怒鳴ってやろうとした2人がぱっと顔をあげた瞬間、視界に飛び込んできた般若に思わず言葉を飲み込む。

「ど、どうした遊…」

「顔面崩壊してるぞ…」

今の今まで沈黙を貫いていた遊。普段から人一倍騒がしい彼女が静かだという事態に気が付かなかった2人は、明らかにブチギレ状態の遊に恐る恐る声をかける。しかし彼女は無言のまますっと立ち上がり、のそのそと伊作に近付いていった。

「すいませぇーん」

「は…ヒッ!?」

「うっかり伊作さんでしたっけぇー?」

「ははは、はい…」

お前はどこのチンピラだと言いたくなるくらいメンチを切って伊作に詰め寄る遊。その迫力にあっという間に飲まれてしまった伊作は蛇に睨まれた蛙の如く脂汗を垂らし姿勢を正した。

「ふぅーん?へぇー?うっかり伊作さんねぇー…あのさーぁ?ちょっと聞きたいんだけどーぉ?」

「な、なんでしょうか?」

「世直しの旅をしてる天下のちりめん問屋隠居副将軍ってさーぁ?何が目的なわけぇー?」

「あ、えっと…それは…」

「ぃぃいいいからこぉたぇぇえろゴルァァァ!!!」

「ひぇぇえっと風の噂で聞いた世直しの旅御一行の真似をすれば大金持ちになれるんじゃないかなって言い出したとある変装名人がおりましてててて!!」

メンチを切った遊の恐喝に恐れ戦いた伊作はあっという間に悪意を暴露。世界を平和に導くための世直しの旅が悪意を持った人物に真似されているというとんでもない事実に慌てた留さんが小平太を見れば、彼もまた団子を頬張りながらではあるが事の重大さに凛々しい眉を顰めていた。
少々暴力的ではあるが、事実を暴いた遊になかなかやるじゃないか、という視線を投げた文さん。
しかし彼の眼差しは、あっという間にげんなりしたものへと変わる。

「お前マジふざけんなよ!!『うっかり○○』ってのは遊ちゃんが商標登録してんの!!使用料払え使用料ー!!!」

半べそをかいている伊作の胸ぐらを掴んでがくがくとゆすり、とんでもない言い掛かりを怒鳴り散らす彼女に、文さんは『違う、そうじゃない』と小さく呟いた。

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