その縁談ちょっと待った!!守れ乙女の恋心!!(後)

すっかり夜もふけた頃。咲の好意で一晩泊めてもらうことになった暴君御一行は、彼女がしっかり寝静まっていることを確認してから揃って家を抜け出した。
小平太の指示で一足先に駆け出したお庭番の長次と三葉を見送ってから、なるべく声を潜めて文さんと留さんを呼ぶ。

「文さん!!留さん!!庄屋に殴り込みだ!!」

「バッ!!声がでかい!!」

「しかも殴り込みじゃねーよ!!まず話を聞きにいくんだっつーの!!」

「アンタら揃って声がでけーよwww」

声を潜めるつもりすらない小平太とつられてしまった文さん留さんに、遊が膝から崩れ落ちる。
結局全員喧しいことに誰一人として気付かないまま、彼らは町の中心にある庄屋へと向かって行った。



先に忍び込んでいる長次と別れ、出入り口で小平太たちを待っていた三葉に誘導されて彼らが辿り着いたのは、庄屋の奥にある大きな部屋の前。扉から漏れる光を見るからに、家主はまだ起きているのだろう。中から小さな声が聞こえてくる。
もう少し様子を見るために扉に張り付き、耳を欹てた遊…の体が、勢いよく扉をブチ抜いた。

「こんばんワーーーーオ!!!」

悲鳴の前に律儀に挨拶を混ぜた遊が転がり込んだ部屋には、目を丸くした庄屋の主人と、痛んだ髪が特徴的な青年。
突然の侵入者…というよりも乱入者に、固まってしまっている。そんな彼らの前にずしゃりと踏み出した小平太が、びしりと指を差して言い放った。

「その悪事、見過ごす訳にはいかん!!」

言い掛かりにも取れるその一言にすっかり動転してしまったらしい庄屋の主人が今にも泣きそうな顔で『僕悪い事なんてしてません』と言って小平太に掴みかかろうとしたが、それよりも早く頭から血を流した遊が山吹色の着物を引っ掴んだ。

「乱暴!!何故突き飛ばしたし!!」

「え?だって邪魔だった!!」

「邪魔だったからてwwwたったそれだけの理由で私満身創痍ですがwww」

「知らん!!」

「ヒッデェ!!こうなったらもうあそこに電話してやるぁ!!オージンジオージンジじゃー!!」

噛み付かんばかりに怒鳴っていた遊は流れる血もそのままに電話貸してくださぁい!!と叫んで部屋を飛び出していく。
コントのようなそのやりとりを見て幾分か冷静になったのか、庄屋の主人はふわふわとした髪を揺らして小平太に遠慮がちに声をかけた。

「あの…お取り込み中申し訳ありませんが、どちらさまでしょうか?」

「七松小平太だ!!お前に聞きたいことがあって来た!!」

「聞きたいこと?答えられることならばいいのですが…あ、どうぞおかけください」

混乱しているのか、それとも元々のんびりした性格なのか、小平太の前に座布団を差し出した庄屋の主人、不破雷蔵は名前の通りふわりと笑う。

「単刀直入に聞く。お前、店を大きくするために若い衆に縁談を強いているらしいな!!」

座布団にドカリと腰を下ろした小平太が遠慮も何もなくそう聞けば、へにょと眉を下げた雷蔵。困ったように頬を掻く仕草に文さんが訝しそうに眉を顰めると、それとほぼ同時に痛んだ髪の青年が口を挟んできた。

「それは誤解です。主人は良かれと思い縁談を…悪いうわさは、きっと全て私の所為でしょう…」

「お前は?」

「は、土井半助と申します」

ぺこりと頭を下げて名乗った青年に、留さんと文さんがつい顔を見合わせた。
なんだか想像していたのと180度違う状況に、小平太もやっと疑問を感じ始める。その空気を読んだのか、半助は自嘲気味の笑みを浮かべ、重たい口を開く。

「…主人の、雷蔵様は…本当に懐が深くお優しい方なんです。我々が幸せになれるようにと、身分の高い縁談を無理して組んでくださって…」

「半助さん…そんな…僕は、だって…」

「違うんです、悪いのは私なんです。せっかく私なんかを気に入ってくださった隣町の庄屋さんの娘さんとの縁談を、自分の勝手でお断りしようとしたんですから…でも、その所為で雷蔵様の悪いうわさが…」

そう呟き、悔しそうに拳を握り締めた半助。

「あー…なんかうっすら読めてきたぞー」

「だな。おい、何で縁談を断ろうと思ったんだ」

状況を察し始めた留さんと文さんがガリガリと頭を掻きながら半助に問えば、彼は顔を上げて、ちょっぴりはにかんで、実は…、と瞳を細めた。

「…お恥ずかしながら、想い人がおりまして。言葉も交わしたことすらないのですが、時折すれ違う彼女がどうしても、忘れられず…」

「……あ、さすがにこれは私もわかったぞ!!その女って」

「たしか町外れに1人で暮らしている…名を、咲と…」

それを聞いて、3人の脳裏に『やっぱりな』という文字が浮かぶ。

「ですから、僕は縁談をお断りしようと何度も先方に持ちかけたのですが…なかなか承諾していただけなくて…」

いっぱいいっぱい悩んだんですけど…と困り果てた様子の雷蔵を見て、わしわしと頭を掻いた小平太はまあそう言うことなら、と呟いて懐から取り出した紙に何かを書き綴り、雷蔵に手渡した。

「…ほれ、これを送れば諦めるだろ。お前の朱印を押して長次と三葉に速達させよう。納得いかないがこれにて一件落着だ、さっさと咲を娶れ」

完全に不完全燃焼です、と不機嫌さを隠しもせず唇を突き出しぶすくれる小平太から手紙を受け取った雷蔵は、次の瞬間カッと目を見開いてガタガタと震え始めた。その手から、受け取ったばかりの手紙がパサリと落ちる。
きったない文字で『あきらメロン』と書かれたその手紙の隅に箔押しされているのは、どこかで見た事があるよーなないよーな葵っぽい紋。

「ままままままさか、まさか、あなた様は…!!」

雷蔵の一言で、キター!!と瞳を輝かせるのは文さんと留さん。

「ひかえい、ひかえーい!!」

「このお方をどなたと心得る!!恐れ多くm」

小平太を中心に、突如イキイキと声を張り上げた文さんと留さん…だが、懐から印籠を取り出そうとした文さんが途中でビクリと肩を竦める。

「ど、どうした天野…」

「オージンジしようと思ったら、この時代電話ないことに気が付いた…」

「………そうか」

いつの間に戻ってきていたのやら…この世の終わりとばかりにしょぼくれた遊を見て、すっかり勢いを削がれてしまった文さんは取り出しかけた印籠を懐に仕舞いなおし、ふんぞり返っていた留さんもぽんと彼女の肩を叩き、さすがにかわいそうだと思ったのか小平太が元気出せよ、と励ました。

中途半端に放置された庄屋の主人雷蔵は明かされなかった彼らの正体に十日ほど悩み、手紙のお陰で縁談破棄になった半助は晴れやかな笑顔で咲と交際と呼べるかすらギリギリなお付き合いを始めたらしい。





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さて、その手紙を速達でお届けした長次と三葉が隣町で暴君御一行の到着をのんびりと待っていたとき。
本屋でもないかと町をぶらついていた長次の耳に、聞いたことがあるようなないような台詞が飛び込んだ。

「ええい、ひかえおろーう」

「このお方をどなたと心得る!!恐れ多くも先の副将軍であらせられるぞ?」

ははー、とひれ伏す住民に違和感を感じた長次が建物の影に身を潜ませて様子を伺ったその先には、確かに小平太の姿。しかしその両隣りをかためるのは、見覚えのない美少年と美青年。

「……どういう、ことだ…?」

小さく呟いた長次の背後で、不審な影が蠢く。


そして一方、旅籠にて。
温泉が自慢だという宿に上機嫌な三葉が足だけ洗おうと着衣のまま掛け湯をしているそのすぐ近くで、ザパリと湯船から上がってきた美しい女。
同性だと言うのにあまりにも差がありすぎる見事なプロポーションを直視できず、ほんのりと頬を染めて俯いた三葉の横を通り過ぎていったはずの女は、脱衣所の手前で足を止め、その垂涎バディを隠しもせず、髪に挿していた簪を抜き取ると静かに振り上げた。


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