その縁談ちょっと待った!!守れ乙女の恋心!!(前)

さて今日も今日とて諸国放浪の暴君御一行。
のどかな田園地帯をのんびり歩いていると、遠目に大きくも小さくもない町が見えてきた。
先程から腹が減ったと喚いている遊もそろそろ鬱陶しくなってきた御一行は今日はあの町で休もうと足を向けた…のだが、その途中でぽつんと田んぼの水路の傍らにしゃがみこんで溜息を吐く1人の少女を見つけ立ち止まる。
流れていく葉を寂しそうに眺め、切なく溜息を吐いているその少女が気になった三葉が遠慮がちにおぶってくれていた留さんの衿を引くが、彼は
ハァハァ(*´p`*)ハァハァ
と何やら自分の世界でご満悦中らしく気が付かない。
仕方ないと今度は隣を歩いていた文さんの衿をくいくいと引いて、ぎろりと鋭い視線を向けてくれた彼に遠慮がちに声を掛けた。

「あのぅ…あの人、何だかとっても思い悩んでるみたいなんですけどぉ…」

「あ?…ああ、本当だな」

「声、掛けたほうがよくないですかぁ?なんだか、あのままだと…」

「………そ、そうだな」

荒い息の留三郎の背中でひそひそと話す三葉と文次郎は、頭を過ぎった不吉な未来に顔を見合わせて嫌な汗を滲ませる。
今にも水路に飛び込んでしまいそうな少女をさすがに危ぶんだ文さんがきょとんとしている小平太に手だけで合図をし、思い詰めた顔の少女の肩に手を伸ばした。

「…おい」

「きゃあ、ああああ!!!?」

至って普通に声を掛けたはずの文さん…しかし強面の男に突然声を掛けられた少女は絹を裂くような悲鳴を上げて飛び上がった。
飛び上がっただけならまだよかったのだが、驚きのあまりバランスを崩した彼女は咄嗟の判断で不審者から逃れようと水路方面に体を傾けてしまう。
危ない、と声を発する間もなく少女の細腕を掴んだ文さんは、少女の体を引き上げるように腕に力を込めた。だがその反動で、水路から離れた少女と入れ替わるように文さんの体が水路に向かう。
ばっしゃぁん!!と大きな音と共に、立派な水柱が夕暮れの田園地帯に立ち上った。




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「すいません、すいません、本当にすいません!!」

「い、いや、こっちも驚かせてすまん…」

びっしょびしょになってしまった文さんに手拭いを差し出しながら、土下座でもしそうな勢いで謝罪を繰り返す少女の名は富松咲。
自分の身を案じて声を掛けてくれた男を不審者と勘違いし、自分の代わりに水路に落ちた彼を見てまた飛び上がった彼女は何度も何度も謝罪しながら御一行をとりあえず自宅へと案内した。
文さんが風邪を引いてしまわぬように慣れた手つきで風呂を沸かす彼女は、その片手間で耳にした遊の腹の音にくすりと笑みを零して食事の用意までも済ませていく。
文さんが風呂から上がった頃には、宿屋にも引けを取らない夕食が小さな家の囲炉裏の傍に所狭しと並べられていた。

「お詫びにもなりませんが、どうぞ遠慮なく召し上がってください」

その一言で狂喜乱舞した小平太と遊とついでに三葉もが飛びついた傍らで、留さんにからかわれてプンプンと怒る文さんを眺めながら、ずっと黙っていた長次がぺこりと頭を下げる。

「………突然、大所帯で押しかけて、申し訳ない…」

「やだ、気にしないでください!!元はといえば私が勘違いしたのが悪いんですから」

「…しかし……」

「本当に気にしないでください。両親を早くに亡くして、たった1人の弟も奉公に出て、ずっと1人で寂しい食事を続けていたんです」

きっと神様が与えてくださった出会いなんですよ、と言った咲はどんどん空になっていく膳を下げては新しいものを出すという行動を繰り返しながら朗らかに笑った。

食料を食い尽くす勢いの3人をそろそろ止めろと諌めた長次が食後の茶を啜った頃、満腹になった遊が行儀悪くごろりと寝転びながら、そういえば、と口を開く。

「えーっと、咲さん?ねえねえ、なんであんなトコで溜息吐いてたの?何か悩みでもあんの?」

躊躇なく核心を突いた彼女の一言で、湯飲みを傾けていた咲の笑顔が凍りつく。順序というものがあるだろうがと癖っ毛を強かに殴りつけた文さんだが、次の瞬間ころりと落ちた悲しげな自嘲に眉を顰める。

「…ふふ、本当にくだらないことですよ。ただの、失恋なんですから」

彼女の言葉を聞いて、男共は僅かに肩を落とした。しかし遊と三葉は逆にピクリと肩を震わせ、興味津々といった具合に身を乗り出す。

「えええ!?こんな可愛くて料理上手な咲さん振るとかその男世界最高峰の馬鹿野郎じゃんwww」

「遊ちゃんの言う通りだよぉ!!勿体なぁい!!」

「ふふ、ありがと」

始まった、とでも言いたそうにげんなり顔を見合わせた男性陣をよそに、怒涛のガールズトークが幕を開ける。

「ねえねえ、その馬鹿はどんな男なん?」

「…町の中心にわりと大きな庄屋さんがあったでしょ?あそこに仕えてるね、優しくて笑顔が素敵な半助さんってひとよ」

「まだ好きなんですかぁ?」

「んー…そりゃあねぇ、もう何年もずっと想い続けてたから、簡単には諦められないなぁ…」

「んで、なんで別れたの?」

「やだぁ、別れたって、私たち別にお付き合いなんてしてないわ。ずっとずっと私の片思いなのよ…だからきっと、半助さんは私のことなんて、名前も顔も知らないわ」

きゃいきゃいと盛り上がってきたところで、悲しそうに呟いた咲。そこでふと、小平太が首を傾げる。

「…なあ咲、それでなんで振られたんだ?相手はお前の顔も名前も知らんのだろう?」

何かおかしくないか?そう続けた小平太に、咲はまた泣きそうなのを我慢した顔で笑う。

「おかしくなんてないですよ。半助さん、近々結婚なさるんですから」

温くなった湯飲みを両手でぎゅっと握り締めた咲は俯いて、お茶に揺れる自分の顔を見つめる。

「庄屋さんのご主人、色々なつてがおありで…自分のところに仕える若い人に縁談を勧めてて…それでこんな小さな町を廃れさせずお屋敷をあんなに大きくできたんですけどね。うん、ご立派な方なんですよ」

にこりと精一杯の笑顔を浮かべた咲だが、見ているほうが胸が苦しくなるその笑顔に、御一行は顔を見合わせてそっと頷いた。


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