図書委員会委員長防衛隊隊長

平澄姫の朝は早い。
まだ薄暗いうちから起き出し、すっかり馴染んだ深赤色の装束に着替える。布団を畳み押入れにしまうと、身だしなみを整えて部屋を出る。
向かう先は早朝鍛錬………ではなく、まず図書室。
図書委員会が整理整頓を心がけている本棚が並ぶ誰も居ない早朝の図書室…そのカウンター内には、彼女の恋仲である中在家長次が管理している上級生以外貸し出し禁止の本と巻物、そして綺麗に整理された図書カードが並んでいた。
それにそっと指を這わせ、愛しい愛しい恋仲の男に思いを馳せる。しかし唐突に触れた真新しい半紙の感触に、澄姫の細い眉がぎゅっと吊り上る。
しつこいわね、と低く唸った彼女は指先に触れた半紙を引っ掴み、図書カードの中から引き摺り出す。
一通り目を通した後、ふんと言う掛け声と共に力任せに真っ二つに引き裂かれたそれは、長次に宛てられた恋文。
大柄で学園一無口で無愛想な彼は知らない人からすれば威圧的で恐ろしく映るのだが、その内面はとても優しく温厚で紳士的なので、くのたまに密かに人気がある。そんな彼と澄姫は学園でも有名な恋仲同士なのだが、今でもこっそり彼を慕うくのたまはおり、その中でも諦めきれない者がこうして毎晩彼の管理している図書カードの中にしたためた恋文を残していく。
見つけた数枚の恋文を無言でビリビリと破り捨てていく澄姫の目に嫌でも飛び込んでくる内容は、可愛らしい愛の言葉に女の子らしい慕情を詠った和歌、その中でも彼女が不愉快そうに眉を顰めるのは、恋仲である澄姫よりも私のほうが長次を愛しているという笑えない冗談。
中には酷い悪口が書かれているものもあり、澄姫はそれをぐしゃりと握り潰して図書室を後にした。
足音を立てないように注意しながら、さてこの大変失礼な恋文を書いたのは一体どんな美少女かなと宛名を眺める。
書かれていた名前をしっかり覚え、浮かんできた顔に随分平々凡々な美少女だことと鼻で笑った彼女は、それらをさっさと抹消するため裏々山に向かおうと校舎を出た。



厄介な事務員に見つからないようにと気を配って正門に向かう澄姫の目に、ふと飛び込んだのは自分に向かって近付いて来る深緑。
一瞬長次かと思った彼女は慌てて懐に破って丸めた恋文を突っ込んだが、よくよく見ればそれは同学年のよく知らぬ男。
なあんだ、と良かったんだか悪かったんだが、とにかく詰めていた息を吐いた澄姫に駆け寄ってきた深緑は、些か乱暴に彼女の手を引いて正門から伸びる壁際に押し付けた。

「いたっ、ちょっと、突然何するのよ」

「ああ、ごめん、あの、でも、どうしても話したいことがあって」

突然の乱暴な行為に非難の声を上げた澄姫に、緊張した面持ちの深緑は謝罪もそこそこに懐から手紙を取り出してそれを押し付けてきた。

「平澄姫さん、これ、う、受け取ってください!!」

「なによこれ?」

「俺の気持ちをしたためた、こっ、恋文です!!」

「恋文?いらないわそんなもの。私には長次という素敵な恋仲がいるし、今ちょっと忙しいの」

「お願いします!!中在家と恋仲なのはわかってますが、俺のこと知って欲しいんです!!」

「だから、今はそれどころじゃ…私急いでるのよ」

「すぐ済みますから!!俺のこと知ってもらえれば、きっと中在家より…」

「はぁ!!?」

静かな早朝の学園に必死な深緑の声と不快感を露にした澄姫の声が響く。名前も知らない深緑の一言に彼の持つ手紙を払い除けようと手を振り上げた澄姫だが、それより一瞬早く目の前を通り過ぎたものを見て慌てて手を引っ込めた。
まるで警戒線のように彼女の目の前に引かれた縄は、もう見慣れたもので。
その先に付いた分銅は深緑の手から目にも止まらぬ速さで恋文を奪い、ドゴンと大きな音を立てて壁に突き刺さった。

「…私より…何だ……誰の女に、声を掛けている…」

縄が伸びてきた先から姿を現した不気味な笑みの恋仲の言葉に、澄姫は嬉しそうに顔を綻ばせる。対して深緑はひぃっと情けない悲鳴をあげてその場から逃げ去っていった。
その背を睨み続けている彼の隣で、澄姫もまた嘲け笑うように鼻を鳴らす。

「何が“俺のこと知ってもらえれば長次より”よ。知ったらますます長次が素敵に見えるだけじゃない」

情けない男、と吐き捨てた澄姫は男の背中が見えなくなってようやく無表情に戻った長次にそっと寄り添う。

「…おはよう、長次」

心底嬉しそうに微笑んで、少しだけ恥ずかしそうに朝の挨拶を告げれば、彼はその逞しい腕を澄姫の体に回して、優しい声でおはようと囁いた。
懐で小さく悲鳴をあげた恋文は、彼女の甘く高鳴る豊かな胸に押し潰されて、長次に届くことはない。


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