角砂糖はハート型

※転生&パラレル&現パロの三重奏です閲覧注意。
※名前変換なし
※食満視点






産まれたときから大学生になった今でも縁が切れずにつるんでいる幼馴染の伊作、仙蔵、文次郎、小平太を引き連れて、商店街を歩く。
性格に共通点など見られない俺達は、くだらない話をしながら通っている大川大学を出た。すぐ目の前の交差点を左折、そこから十八軒目で時折走って2分少々、平均139.4歩目で到着する場所は数年前に開店した喫茶店『フェアリー』。
店名とはかけ離れすぎた寡黙で大柄で無愛想なマスターがひとりで切り盛りするその喫茶店。開店当時、当時高校生だった俺達は部活帰りにまるで見えない糸にでも引かれたように入店し、その時からずっと感じている妙な居心地の良さと懐かしさで常連客と化した。
静かなところが好きな仙蔵や伊作はともかく、俺と逐一ソリが合わない文次郎や一箇所で1分もじっとしていられない小平太までもが、時間があれば『フェアリー』へ行こうと言い出す事態に当時は飛び上がって驚いたもんだ。

まあ、今では慣れたもんで、俺達は挨拶しながら店に入り、指定席と勝手に決めている窓際の一番奥に座ると無言で水とお絞りを差し出すマスター、通称Mr.サイレントにコーヒーを5つ注文する。
この店のコーヒーは、お世辞も冗談も抜きでうまい。全てが完璧だ、という仙蔵最上級の褒め言葉を引きずり出したこのコーヒーを飲みながら、今日も仙蔵は六法全書を読み、伊作は俺と今度見に行く映画の話、文次郎の奴はなんか会計士がどうとか書いてある分厚い本を読んで、小平太はMr.サイレントにマシンガンの如く話しかけている。
伊作との会話の途中、ふと近くの席の若い女の子の声が耳に飛び込み、俺はほんのわずかに意識をそちらに向けた。
聞こえてきたのはここのパンプキンパイとシナモンティーが絶品だという実に女の子らしい会話で、俺は伊作の話に相槌を打ちながらこっそりとほくそ笑んだ。
この店で一番うまいのは、コーヒーだ。
パンプキンパイだのシナモンティーだの、男の俺には無縁なもの。



さてその後日、俺達はまた『フェアリー』でブレイクタイム。しかし今日は指定席にて顔を突き合わせて、ふたつの話題を煮詰めている。
ひとつは小平太リークのMr.サイレントの話。一方的にMr.サイレントに懐き話しかけ続けていた小平太はてっきり鬱陶しがられていると思っていた…だが実のところ、Mr.サイレントも俺達に妙な懐かしさを感じていたとのことで、小平太と色々な話をしていた、らしい。声が小さすぎて小平太が1人で話しているように聞こえていただけとか、間抜けか。
さてそんな寡黙で大柄で無愛想で声が小さいMr.サイレントは今年28歳になると言う。
未だ独身の理由は引っ込み思案で照れ屋で口下手、更に強面なのに感情表現が苦手という複雑すぎる性格によるとのこと。
誤解を招きやすいどころの騒ぎじゃねえ厄介なMr.サイレント。
しかしここ最近彼の元気がないと言い出した小平太。お節介な伊作が何とかしたいと言い出し、ならば原因を突き止めようと会議を始めて…ここまでまだ15分くらい。多分そんなにも経ってねえ。
即効で判明した原因が話題のふたつ目。
最近よく見かけるようになった俺たちの指定席からパキラの木を挟んでふたつ隣、カウンターから目に止まる場所に座っている絶世の美女のこと。

「あ、ねえ、彼女…だよね?」

「そういや、最近よくここで見かけるもんな」

伊作と文次郎の小さな話し声に、仙蔵も珍しく六法全書を閉じてふむ、と顎に手を当て微笑んだ。

「…大川大学のマドンナ、とはな」

仙蔵の一言で伊作と文次郎と顔を見合わせた俺はばれないように彼女を眺める。
シナモンティーをゆっくりと傾けて、パンプキンパイを小さく崩して口に運ぶ彼女は俺達の通う大川大学では超有名な美女。学部が違うから話す機会もないが、噂ではファンクラブまで存在するそうだ。野郎共がこぞって騒いで呼んでいた名前ははて何だったか…結局マドンナなどには興味もなかった俺達は彼女の名前が思い出せず、仕方がないので便宜上彼女を『Ms.パンプキン』と呼ぶことにした。

5人迷いなく纏った結論→恋患い。一目瞭然でした。
先も言った通りMr.サイレントが不敵にも恋をしたMs.パンプキンはそりゃ垂涎モノの美女なもんだから、恋のライバルはきっと星の数。そして彼より8つほど年下。
恋に年齢なんざ関係ねえとキューピッド役を決めた俺たちだが、寡黙で大柄で無愛想で声が小さいMr.サイレントが加えて彼女の前だけで見せる間抜けないじらしさにキューピットと言うより野次馬になってしまった。
すっかり店名通り妖精のようなMr.サイレントがもう面白くて面白くて、俺達は完全にそれ見たさに授業を抜け出し喫茶店に通う。
その後何日も何日も通いつめて眺めているのに全然埒が明かないMr.サイレントが遂に、やっと、勇気を振り絞って彼女に声を掛けたが、事もあろうにそのたった一言は

「……毎度、ありがとう…」

さすがにひっくり返った。



もう見てられんと満場一致で決まったので、俺達は日頃のお世話に感謝を込めて、今日もまた授業を抜け出した。
小平太と仙蔵と文次郎が色々なことを話しかけてMr.サイレントの気を引いているうちに、俺と伊作はいつかこの店で女の子が話していたことをMs.パンプキンの指定席で決行。
初めて注文したシナモンティーに浸っているシナモンスティックをこっそり持ったまま、パキラの木を見るフリをして彼女の視線の先に位置する窓ガラスにおまじない付のラブ・レター。
暫くしてやってきたMs.パンプキンに慌てて奥の指定席に戻った俺達をよそに、彼女はいつもの通り綺麗な笑顔でシナモンティーとパンプキンパイを注文し、Mr.サイレントから窓ガラスに視線を移して、硬直。
突然店を飛び出してしまったMs.パンプキンの背中と、無愛想な顔を半べそに歪めたMr.サイレントを交互に見比べて、立場を失くした俺達は5人揃って間抜けにもひたすらうろたえた。








それから暫くして、Mr.サイレントはお陰さんでお嫁さんを貰ったそうだ。
相手がMs.パンプキンなのかはあの性格だから白状しなかったけど、実は彼の左手の薬指に光る指輪と全く同じデザインのものを左手の薬指に輝かせたマドンナを大学内で見かけたことがあるので俺達はニヤニヤが止まらない。
きっと数年後、この店には店名に相応しい宝物が出来るだろう。
ああ、いや、違うな。そうしたら喫茶店の名前はフェアリーじゃなくて、きっとエンジェルに変わるな。

そんなことを話しながら、俺達は今日も『フェアリー』でブレイクタイム。
今度こそは俺達のためであってほしい2代目Ms.パンプキンがなかなか現れないことは非常に残念だが、目の前に置かれたシナモンティーとパンプキンパイの良さが、この頃少し俺達にもわかってきた。

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