蛮骨の突然の行動に疑問を捨てきれず時間は経つばかり、日はもう暮れつつあった。
そろそろ夕飯の支度をしなければならない。それは日課のようなものだが今日は…、


『憂鬱…』


思わず溜息が漏れる。
夕飯の時間になれば蛮骨と顔を合わせることになるだろう考えればつい…。


蛮骨のバカ。あんなことされたら気になるじゃない。


もう一度溜息をつくと、重い腰を上げて台所へと向かった。







トントントン―
コトコト―…


包丁を持って煮込む鍋をぼーっと眺める。
料理をしながらもあたしはまだ先程のことを考えていた。



「俺さ、お前のこと…」



一体何て言おうとしたのか。
しかし何故あたしはこんなことばかり考えているのだろう。

もしかして、蛮骨のこと好きになってたり…とか?


『いやいや有り得ないって!よりによってあの蛮骨を?』

「俺がなんだって?」

「うぎゃあ!!」


突然隣から顔を出した蛮骨に驚き、持っていた包丁を飛ばした。包丁は蛮骨目がけて勢いよく飛んでいく。
そのまま蛮骨の顔のすぐ隣の壁に刺さって止まった。


「ぬお゛っ!?」

『なっ、何すんのよ!びっくりするじゃない!』

「それはこっちの台詞だ!俺を殺す気か!?つーか、今にも心臓張り裂けて死にそうなんだけどな!」

『だってそっちがいきなり…』


蛮骨の顔を見ると言葉が止まる。
こんな形で顔を合わせてしまうとは…。

先程のことを思い出してあたしの顔は再び赤みを帯びる。


「何だよ、それに何で赤くなってるんだ?」

『何でもない!』


彼とまともに目を合わせられずに後ろを向いた。
本当に何で赤くなるの!自分に言い聞かせるもまだまだ熱はひきそうにない。


「つか赤い顔といいさっきの叫び声といい…、猿かよおめぇは」


ブチッ
最後の一言に遂に堪忍袋の緒が切れる。


『…アンタ、あたしをバカにしに来たの?』


でもまぁこれで再確認した。あたしが蛮骨を好きだなんて絶対あり得ない!


蛮骨をキッと睨み、料理を再開する。
しかし――、


「…違ぇよ、お前を口説きに来たんだ」


そう言うと、料理をするあたしの手を引っ張り体を壁に押し付ける。


『なっ…!』

「さっきは煉骨に邪魔されちまったからな。今なら誰にも邪魔されねぇだろ?」

『そんな…冗談でしょ?』

「冗談なんかじゃねぇよ、俺は本気だぜ?」


ニヤリと笑ったかと思えばより顔を近づける。
今のままでも十分近いというのに。


あたしは必死に蛮骨の胸を押した。しかし、男の蛮骨の力には勝てそうない。


「名前、俺はお前が好きだ」

『え…』

「だからお前も俺を好きになれよ」


この人はどれだけ私を惑わせるのだろう。どこまでも真剣な目で私を見つめてくる。顔に帯びる熱はまだひいていないというのに…。


「お、ますます赤くなってらぁ。可愛いな、名前」

『…っ、やだっ!』


赤く染まる顔をまじまじと見られ恥ずかしさは最高潮に…。せめて見られないようにしようと俯くが、蛮骨の指があたしの顎をクイッと持ち上げる。


目を離せない――。
二人の視線が熱く絡まる。




ゴポゴポッ―
やがて煮詰まった鍋がゴポゴポと音をたてて吹き零れ始めた。


『蛮骨、鍋がっ!火止めなきゃ!』

「あぁ?いいじゃねぇか、そんなの」

『だって夕御飯が…蛮骨もお腹空いてるでしょ?』


あたしは必死だった。この状況をどうにかしなければと…。


「まぁ腹は減ったが…」

『そうでしょ?早く作るからどいて!』


蛮骨の肩を押して再び逃げようとする。しかし彼は中々離してはくれない。


『な、なんで?』

「それよりも今はお前が欲しい」

『なっ…!』

「お前が俺の女になると約束したら離してやってもいいぜ?」

『そんなこと…』


あぁ…、やっぱり蛮骨には勝てそうにない。
このままどうなってしまうのだろう。




「おーい!そこの熱ーいお二人さん?」


その時またしても二人の元に聞こえてきた声に振り向くと、そこには柱に寄りかかって立っている蛇骨の姿があった。


「こんな時間からお熱いこってすねぇ」

「何だよ、邪魔しやがって」

「悪ィ、声かけるべきじゃないって思ったんだけどさぁ。俺どうしても…」


グギュルルル―

「腹減って…」

「……」


しめたっ!
蛮骨が蛇骨に気を取られているうちにあたしは蛮骨の腕の中から抜け出した。


『そうだよねっ、今作るから!』

「あ、…チッ」


舌打ちをして蛮骨は仕方なさそうに蛇骨とともに居間へ戻って行く。
…助かった。

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