数十分後。
廊下で掴み合いをしていたあたしと蛇骨は凶骨に摘まれ、そのまま煉骨のもとまで連行された。
現在は二人正座し、煉骨によって諫められているところである。
「お前ら懲りずに喧嘩しやがって!いつもいつも…よく飽きねーな!」
「『だってぇ…』」
「だってじゃねぇ!いい加減にしねーと二人ともこの村に置いていくぞ」
七人隊のお母さんにそう言われてしまっては流石に反省もする。蛇骨によって乱され続け、最早アフロにまでなってしまった頭を下げてごめんなさいと静かに呟いた。
「ったく、こんなにボサボサになっちまって……来いよ、結い直してやるから」
『やったぁ!煉骨なら安心!』
「えー兄貴ィ、俺の手当ては?こいつのせいで顔が引っ掻き傷だらけなんだけど」
「唾でもつけてろ」
「ひっでー!唯ばっか贔屓しやがってェ!」
蛇骨は目に涙を浮かべて不満を漏らしている。
ざまぁみろ、こんにゃろう!あっかんべーをして煉骨のもとへ駆けて行く。ただし…。
「誰が俺の膝の上に乗れっつった!」
ゲシッ!!
『アヴッ!!』調子の乗り過ぎには注意である。
*
「こんなモンでどうだ?」
『うん!いい感じ!』
それから五分も経てばあたしのアフロヘアはしっかりストレートへと戻り、更に数分すれば綺麗に纏まった。
流石は七人隊のお母さん。着付けだけでなく髪のセットまで心得ているとは……嫁に欲しい、切実に。ってか、今からでもうちの寺に養子に来てもらえないだろうか。そしたら後継者問題も即解決するのに。
「…なに見てる」
『煉骨ってお経読めたりする?』
「何故だ」
『袈裟、着てみない?』
「何故だ」
「あのぅ…すみません」
煉骨をスカウトしていたまさにその時、屋敷の使用人らしき女性が遠慮がちに声を掛けてきた。
「夕食の用意が整いました。今からお膳をお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
『やった!ご飯っ!!』
「あ、大兄貴と睡骨の姿が見えねーな…。唯、お前は大兄貴を呼んできてくれ。俺は睡骨を起こしてくる」
『分かった!』
あたしは急いで蛮骨の部屋へ向かった。
そう言えば昼間から蛮骨の顔を見ていない。
あれから蛮骨はどうやって時を過ごしたのかな。機嫌はもう直ったのかな。それに…、
『…なんて言うかな』
着物を身に付け、簪で髪を纏めたあたしを見て。
似合うって言ってくれるかな…。
一歩一歩廊下を進んでいく度に顔に熱が篭っていく。
この先角を曲がれば蛮骨の部屋だ。
顔の熱を冷まし、最後に髪が乱れていないか確認をして角から一歩踏み出す。
――だけど。
『……、…?』
人の気配を感じ取り、思わず足を止めた。
ただ単に蛮骨が縁側でくつろいでいるのかもしれない。最初はそう思ったけれど、感じた気配は一人ではない。恐らくは二人だ。
ここからは聞き慣れた男声、蛮骨の声と若い女の人の声が聞こえる。
あたしは恐る恐る柱から顔を覗かせた。
しかし刹那にそのことを後悔した。
蛮骨は、若い女の人と会話をしていた。
ただそれだけなら何とも思わなかっただろう。
けれどあたしは見てしまったのだ、蛮骨がその女の人に簪を手渡すところを。
二人は笑っている、とても楽しそうに…。
ズキン、胸が痛む。
どうしてこんなに痛いのだろう。蛮骨が女性と親しげにしてようがあたしには関係ないはずなのに。
胸を抉られるような、こんなに痛く辛い思いは初めてで。結局声も掛けられず、あたしは急いでその場を後にした。
一刻も早くここから立ち去りたかった――。
「お、唯が戻ってきた!」
みんなが集まる居間に戻ると、そこは大爆笑の渦にのまれていた。
原因は昼間、あたしが睡骨にイタズラ書きした海苔眉毛。本人も煉骨に起こされ、指摘されるまで全く気がつかなかったらしい。
睡骨はあたしの顔を見るなり恐ろしい表情をして飛びかかってきた。その手には鉄爪がはめられている。しかしながら煉骨によってしっかりと羽交い締めにされているため、魔の手はあたしに届くことはない。
「唯、大兄貴はどうした?」
『……知らない』
「はぁ?知らないって何だよ。部屋にいなかったってのか?」
『………いたけど。声、掛けられなかった』
「…よく分かんねーけど。仕方ねぇ、じゃあ俺が呼びに……」
『駄目!!』
煉骨の言葉を遮り声を張り上げれば、その場の空気が止まる。
みんな目を丸めてあたしを見る。あれほど暴れ狂っていた睡骨さえ怒りを忘れて呆然としていた。
『駄目だよ今行っちゃ…邪魔になるじゃん』
「お前どうした、大兄貴と何かあった……」
『それ以上言わないで…、お願い…』
「唯…」
『言わないで…』
それ以上聞かれると、涙が出そうになるから。
昔っから涙脆いこの性格が嫌で嫌で仕方ない。
最近は特に涙を流し過ぎている。その度に弱者の烙印を押された気がして、涙を流してしまう自分のことが嫌いになった。
なるべくならもう泣きたくない。
『ね、ご飯…食べよ?』
戸惑っているみんなにこれ以上心配をかけないため、動揺を悟られないようにするため。あたしに出来たことと言えば、下手な作り笑顔を精一杯浮かべるぐらいだった。
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