同じ空の下で | ナノ


「っはあ!煉骨の兄貴マジでおっかねぇ!」
『大好きって言っただけなのにねぇ…』


煉骨にこっぴどく叱られた後、あたし達は逃げるようにその場を後にした。
そして漸く足を止めた場所はひと気のない廊下。
この屋敷、無駄に広くて本当嫌になる。みんなが集まる居間はどちらの方角だっただろうか。
急に不安を覚え、周りを見渡した。

すると隣にいた蛇骨と不意に視線がかち合う。


『……何よ』
「おめぇ、髪結ったりしねーの?」
『え?…んー、やっぱ結った方がいい?』
「別に…着物なら纏めるのも悪くないって思っただけだよ」
『…そっか、じゃあそうしてみようかな』


とは言いつつ、今は着物に似合う結い方も知らなければ髪留めも持っていない。
今度いつ現代に帰れるか分からないけれど、その時がくればお母さんに結い方を教わるとしよう。


『とにかくみんなのところに戻ろっか。もう日が暮れそう』
「……待てよ」
『…?どうした…ンギャッ!!


心臓が止まるかと思った。
突然隣から蛇骨の腕が伸び、あたしの顔の前を通り過ぎていったのだ。


『いきなり何よ、びっくりした…!』
「これ、やる」
『へ…?』


その言葉を聞いて視線を戻す。
あたしの目の前でピッタリと静止している蛇骨の腕。よくよく見ると、手には何かが握られているよう。


それが何か分かった刹那、思わず言葉を失った。
彼がその手に握ってあたしに差し出したのは、白い玉簪だったのだ。玉の部分には上品な梅の花の絵が描かれていて、とても可愛い。


「さっき村で買った。その着物にも似合うだろ」
『……蛇骨』
「た…ただの気まぐれだっつーの。別に礼とかそんな……」
『頭打ったの?』
そんなに死にたい?






「で、何で俺がおめぇの髪結ってやらなきゃなんねーんだよ」


あれからあたしは一旦縁側に腰を落ち着かせ、貰った簪を用いて髪を結ってもらうことにした。


『だって簪の使い方分からないんだもん』
「ったく、女の癖に簪の挿し方も知らないなんて信じらんね」
『現代の女の子は普通簪はつけないの!』


背後からブツブツと文句を呟く声が聞こえるけれど、それでもあたしの髪を丁寧に梳いて結ってくれている。
嬉しい。簪をプレゼントしてくれたことは勿論、女嫌いな蛇骨があたしにちゃんと接してくれることが。

蛇骨が後ろにいてくれてよかった。緩みきった今の顔を見られれば、またキモッとか言われてたんだろうな。そんなことを考えていたら何だか可笑しくなってひとり吹き出した。


「なぁんだよ、いきなり笑ったりして」
『ううん、何でもないの』
「…変な奴」
『ふふっ……ねぇ蛇骨?』
「んあ?」
『ありがと。ずーっと大切にするね』
「………」
『…蛇骨?』
「前向いてろ」
『うぐっ!!』


少し顔を逸らしただけで後ろから彼の手が回り、ほぼ強引に正面に戻された。
髪を結ってくれるのは嬉しいけれどもうちょっと優しくできないのか、こいつは。



「…なぁ、唯」
『んー?』
「おめぇ、鋼牙のことどう思ってんの?」
『………は?』
「随分と惚れ込まれてるみてーじゃねーか」


何故またここで鋼牙くんが出てきた。
蛮骨にしても蛇骨にしても、彼を意識し過ぎていないだろうか。

背後にいる蛇骨の顔はここからじゃ確認できない。どんな意図があってそんなことを言ったのかは分からないが、冷やかしではなさそうだ。


『……そりゃあ、あんなにハッキリと告白されたのは初めてだったし、ドキドキはしたけど』
「男として見れねーとか?」
『そうね……なに、もしかして妬いてんの?』
「なっ…!!」


途端に言葉を詰まらせる蛇骨。振り返ればその顔は真っ赤に染まっている。
もしかして図星か。まったく、蛇骨の男好きにも困ったものだ。まさかあたしにまで嫉妬するなんて。


『鋼牙くんに乗り換えようとしてんの…?』
「……は?」
『駄目じゃん、蛇骨は蛮骨が好きなんでしょ?』


あれ、それとも犬夜叉だっけ。あれ、それとも弥勒さまだっけか。あれ……。駄目だ、誰が蛇骨の本命なのか分からなくなってしまった。昼ドラよりややこしい相関図を頭に浮かべ考え込む。


だがそんな折、
不意に蛇骨の両手があたしの側頭部へと添えられた。そして――、


『ギャアァァ!!』


あろうことか無造作に手を動かし、あたしの髪を乱したのだ。
折角綺麗に纏まりつつあったのに一瞬にしてボサボサになってしまった。


『あーっ何すんのー!』
「この鈍感がっ!あり得ねーくらいニブチンだな、おめぇは…!」
『訳分かんない!ちょっやめ…』


蛇骨はいつまでもあたしの髪を乱し続ける。


最早恒例の喧嘩が勃発する、
 その時まであと五秒――。

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