同じ空の下で | ナノ




『北条くんは村に出掛けなかったんだ』
「はぁ、某は簪のお祓いをお願いしなければならないので」
『え、まだだったの?』
「今は他の件とやらで手一杯らしくて」


まだこの通り、と懐から簪入りの包みを取り出して困ったように笑う。
確か煉骨もその様なことを…。ふと不思議に思うも、きっと先程の小火騒ぎの対応に追われているだろうと大して気に留めなかった。
それよりも、今は彼の手にある簪に意識が集中してならない。


『その簪の持ち主さ、非業の死を遂げたって言ってたじゃない?』
「え…ええ」
『よかったら詳しいこと、聞かせてほしいな』


途端、北条くんから笑顔が消える。
揺れ動く瞳は彼の動揺を表しているように思えた。

しかし、一度大きく呼吸をした彼は意を決したように語り出す。


「某も書物で読んだ知識しかないのですが―」


それは平安の御時世。
武家に産まれた北条野々(のの)という女性はそれはそれは美しく、各方から嫁にと声が絶えない程であったそうな。
彼女が十七歳となった年には無事嫁ぎ先も決まり、まさに幸せの絶頂期。だがその矢先である。当時国を支配していた鬼の兄弟、彼女はその鬼達の目に留まり、いいように弄ばれた挙句に殺されてしまったのだという。


「さぞかし無念だったでしょう」
『……』


北条くんが口を閉ざしたその後もあたしは暫く言葉を発することを忘れる。
ただ、その野々という人の無念に心打たれたというよりも胸に覚えた靄と、妙な心地悪さが理由だ。


「まぁここでお祓いをしてもらえば万事解決、心配事も消えましょう」


けれど、北条くんはそんなあたしに気付くことなく笑う。
不思議なもので、その爽やかスマイルはあたしの中に残る靄を取り去ってしまう。きっと気のせいだろうと、そう思わせたのだった。


『ねぇ、北条くん家ってもしかしてすんごい名家なんじゃない?』


そして、談笑は再び交わされる。


















―――

蛮竜の手入れを終えて自室から出た頃には、日はもう大分傾いていた。
あと数刻もすれば、空は夕焼け色に染まるだろう。煉骨達もじき帰るはず。

ところで唯は何をして過ごしているのだろう。遊んでと押し掛けてくるかと思えど、結局姿を現さず。もしや俺の機嫌を気にして遠慮したか。だとしたら図らずとも悪いことをしてしまった。
ならばせめて煉骨達が戻るまで唯と過ごそう、そう思い広い廊下を歩いていく。
この先、角を曲がれば唯の部屋。俺は何気なしにその角を曲がろうとした。
だが――。


「嘘じゃないですよ、天の羽衣は北条家の家宝だったんですよ?」


突如聞こえてきた男の声が足を止める。
それは秋時の声だった。それに…、


『えぇ?天の羽衣って本当にあるの?』


次に聞こえてきた笑い声は間違いなく唯のもの。

柱から顔を覗かせれば、縁側で楽しそうに談笑する秋時と唯の姿を捉える。
途端に腹の中にひどく黒い靄の様なものが立ち込めるのを感じた。
もう何度目だろうか…。蛇骨と仲良さげにつるむ唯を見た時。鋼牙に強引に言い寄られ頬を染める唯を見た時。全てが嫉妬という感情のもとに沸き起こる思い。
その度に本心を伝えようと口を開くけれど、一方で純粋な唯を傷つけてしまわないかとまた口を閉ざす。それは唯が大事だからこそ。

けれど正直、限界はとうに超えていた。
あいつが幸せそうに顔を綻ばせる時、悲しみで頬を濡らす時――その全ては俺の前であって欲しい。



「……。」


すう、と一度大きく息を吸って瞼を閉じると唯に言葉を掛けずしてその場を後にする。
だが、心中には強く固めたある決意があった。





今夜、唯に伝えよう。
あいつに対する想いを全て曝け出して。



それによって、唯は今後一切俺に対して笑顔を向けなくなるかもしれねぇ。

けれど。
もし、そうだとしてもきっと俺は言い続けるだろう。




「ずっと傍にいてほしい」
「お前が好きだ」と――。


To Be Continued...

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