同じ空の下で | ナノ


あたし達は瑞稀くんの件で陰陽師の館へと向かうことになった。
なに、蛮骨が一喝入れさえすれば問題は難なく解決。長居することもなく、旅の目的が元に戻るものと思っていた。
だけど…。


『どういうこと?』


眼前に広がる光景に言葉を失う。
村の外れにある陰陽師の館はそれはもう立派で、本当なら感嘆の息を漏らしていただろうに。あたし含め皆の視線は館の装飾ではなく、建物の右手からあがる炎に集中する。陰陽師らしき人達が消火作業にあたっているが、火柱は風に煽られ高くなるばかり。


『どうしよう、このままじゃ…』
「まだ間に合う!銀骨!」
「ギシッ!」


煉骨の指示で銀骨付属の歯車が回り出す。そうしてあっという間に大砲筒が組み立てられ、勢い良く放水が始まった。

いつの間にそんな機能が…。銀骨、もうメカ以外の何物でもないじゃないか。


「改造は男の浪漫だ」


いや、誰も聞いてないです。
ボケなのか真面目なのか、超真顔で浪漫とやらを口にするのでツッコんで良いのか本気で分からない。
取り敢えずはさらりと流すことにして、あたしもまた水桶を手に消火作業に加わることにした。








それから小一時間程経って、小火騒ぎはどうにか収まった。
幸い建物の損傷は最小限に留まり、館の人からは礼にと手厚いもてなしを受けることに。というわけで現在あたし達は大広間に通され、豪華な膳の前に座らされている。
しっかりした御飯なんて何日ぶりだろう。嬉しさから目を輝かせるも、自分の手元に視線を移せば途端に溜息。
先程の消火作業であたしの制服は煤だらけ。仕方なく蛇骨に着物を貸してもらうも、これがまた大き過ぎるのだ。


『これじゃお箸も持てないよー』
「貸してやってるだけ有難く思えっつーの、チービ!」
『ンだとォ!』


相変わらず意地悪な蛇骨の頬を抓れば、彼も負けじとあたしの髪をボサボサに乱す。そうして恒例の喧嘩がまた始まろうとしていた。だが―。


スパァン!

「『!?』」


その時、勢いよく部屋の襖が開いた。姿を現したのは、これまた機嫌の悪い蛮骨と難しい顔をした煉骨。
取っ組み合った姿勢のまま目を丸めるあたし達の前をズカズカと突き進み、膳の前に腰を下ろして無言で白飯を口に詰め込み始める。


「ありゃやけ食いだな、大兄貴」
『煉骨、瑞稀くんの件、聞き入れてもらえなかったの?』
「いや、それ以前の問題だ。責任者に会うことも出来なかった」
『えぇ?』
「別の件で手が離せねぇ、話なら明日にしてくれってよ。その代わり、今晩はここに泊まってもいいそうだ」


それであんなに機嫌が悪いのね、蛮骨。
何か声を掛けようかと思ったけど、下手な言葉では逆に彼を逆上させ兼ねない。
触らぬ神に祟りなし。今はそっとしておいた方がいいか、と膳に手を伸ばした時だった。ふと煉骨に目がいく。彼は膳に手もつけず、銭袋を手にしている。


『あれ、どっか行くの?』
「食糧買い揃えに村までちょっとな」
「あ、俺も行くーっ!さっき店で良い感じの簪見つけたんだよな!」
『じゃああたしも…!』
「何言ってんだ唯。そんなだらしない格好で外出は許さねぇぞ」
『でも…』


紡ぎかけた言葉を飲み込み、視線を自分の足元へ下ろす。
身を包む着物は大き過ぎて裾が床を這っている状態。確かにこれはだらしない、と自分でも思う。


「そんな沈むな。土産買ってきてやるからよ」
『…ん』


短い返事とともにこっくり頷けば、煉骨はいつになく優しい顔であたしの頭を撫でた。




その後すぐに煉骨・蛇骨、そして霧骨までもが村へ出掛けて行き、残された者は思い思いのことをして過ごすことに…。
しかし、思い思いのこととは一体何をすればいいのだろう。睡骨と遊ぼうと部屋を訪ねても寝てたりするし。


『暇ー!』


眠る睡骨に海苔眉毛を(油性ペンで)描いて部屋を後にしたあたしは着物の裾を引きずり廊下を渡った。
ただ暇だ暇だと独り言を呟きつつも、脳裏に蛮骨の顔がよぎっていたりする。
今頃蛮骨は自室で蛮竜でも磨いていることだろう。赴けば話し相手になってくれるかもしれない。けれど、やっぱり足はそちらに向かない。

こんな風に、この頃あたしは蛮骨と二人きりになるのを避けるようにしている。皆の前ならまだ平気。でも二人きりになった途端、その目を直視出来なくなる。彼の目にあたしがどう写っているのか知るのが怖い。


いつからこんな気持ちを抱くようになったのだろう。このまま、彼とぎこちなくなってしまうのは嫌だ。そう思えど結局蛮骨の元には行けず、自分に与えられた部屋の縁側に腰掛けて溜息を漏らす。


「唯様」
『……あ』


あたしの名を呼ぶその声は突如右手から聞こえた。

あたしを様付けで呼ぶ人は限られる。声のした方へと視線を移動させれば、思った通り北条くんの姿が。
心中漂っていた暗い気持ちを抑えて笑みを浮かべれば、彼もまた太陽を思わせるような眩しい笑顔で応えてくれた。

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