突然の攻撃に素早い対応ができなかったのか、鋼牙は座り込んだまま爪を産土に向けた。
鋼牙の爪と産土の爪、互いがぶつかる。そして――
「グッ…!」
先に声を上げたのは鋼牙の方だった。互いに爪を合わせた時に僅かに力及ばず、打ち負けてしまったのだ。産土の爪は鋼牙の腕を掠り、彼の腕からは血が流れ出ている。
『鋼牙くん!』
「鋼牙!!」
菖蒲は慌てて、鋼牙のもとへ駆け寄った。だが、産土は一瞬の隙も見逃さない。今にも菖蒲と鋼牙に向けて鋭い爪を振り落とそうとする。
『やめて!!』
唯は急いで双方の間に割り込んだ。
『この人達を殺したって、穢れるだけなのが分からないの?』
「小娘、まだ我の邪魔をするか!」
『四魂のかけらはあなたには渡さない』
そう言いながらも額から冷や汗が滲んでくるのが分かった。産土はわずかに目を細める。
「…貴様、巫女か?」
『…え?』
「感じる、貴様の体から微かな霊力を…」
『な…何言ってるの?』
私に霊力なんて、そんなものがあるはずないのに…。
「だが、それ程の霊力で我の御霊を鎮められると思うのか!?」
産土は歯を見せ、低く唸るとそのまま振り上げた腕を勢いよく下す。
ガキン。金属音が洞窟内に木霊した。
『……?』
恐る恐る目を開けると揺れる長い三つ編みが見えた。目の前で蛮骨が蛮竜を盾に、爪を受け止めている。
『…蛮骨!』
「つれねぇなァ…俺も仲間に入れてくれよ」
蛮骨は挑発的な笑みを浮かべると、蛮竜を振り回して産土を遠ざける。
「蛇骨、睡骨!おめぇら唯を連れてなるべく遠くへ走れ!」
「「おう!」」
「大丈夫か?行くぞ、唯!」
『えっ…ちょっと蛇骨!』
駆け寄ってきた蛇骨によって体を抱きかかえられた。そしてそのまま洞窟の外へと走り出す。
『蛮骨は…!』
「大丈夫だっつーの!後は大兄貴に任せとけって!」
「てめぇらもさっさと洞窟から出ろ!奴と一緒に消し飛びたくなかったらな」
「蛮骨、てめぇ…何する気だ!」
「フン、目ン玉かっぽじってよォく見てな」
蛮骨は蛮竜を肩に担ぐと笑った。まるでこの状況を楽しんでいるかのように、
「格の違いってやつを見せてやるよ」
*
唯は蛇骨に抱きかかえられ、洞窟から出た。下ろしてもらうと、見覚えのある刀を渡される。
「崖のすぐそばに落ちてた。ったく、武器手放すなんて普通ありえねェっつの!」
『ごめん…』
でもよかった。この刀が無事に戻ってきて…。そう思いながら洞窟の穴を見つめた。
『蛮骨、大丈夫かな』
「…大兄貴のこと、心配か?」
『そりゃあそうよ!!…でも信じてる』
刀を握る手に力がこもった。
『蛮骨は強い人だって、ちゃんと分かってるから』
「唯、おめぇ…」
一方、蛮骨は鋼牙と菖蒲と共に洞窟から出てきた。洞窟の入り口に立った産土は瞳に蛮骨の姿を映し、唸りをあげる。
「巫女の次はただの人間か。よくも次々と我の邪魔を…!」
「悪かったな、ただの人間でよ」
蛮骨は頭上に掲げた蛮竜を片手で回転させ始めた。すると瞬く間に蛮竜に妖気が集まっていく。
「てめぇの身の上なんか興味ねェし、死に損ないの狼から四魂のかけらブン取ろうが殺そうが俺の知ったこっちゃねェ。ただ、俺の仲間を危ない目に遭わせた奴を見逃すことはできねェ。例えそれが精霊だろうが仏だろうが…仲間だろうがな」
産土は狂ったように訳の分からない言葉を叫びながら突進し、蛮骨に襲い掛かる。対し十分に妖気を纏った蛮竜を構えた蛮骨は…。
「それが上に立つ者の覚悟ってモンだ」
そう言ってただ笑った。
「蛮竜閃!」
勢いよく振り切られた蛮竜。刹那、紅い閃光が一直線に伸びる。
「グアァァァッ!!」
紅い閃光は産土の体を取り巻き、蝕んだ。
蛮竜の威力を目の当たりにした鋼牙は言葉を失う。
『すごい…』
唯は息を漏らした。次に目を開けた時、洞窟は崩壊してただの岩の集まりと化していた。そしてすぐ傍には産土が横たわっている。
『ごめんね。静めてあげられなくて』
その体に手を触れればそれは忽ち灰のようになり、風に乗って消えていった。
「ちょっとあんた、鋼牙に何しよっての!?」
『…!?』
背後で聞こえる菖蒲の声。振り返ると今にも鋼牙を蛮竜で斬りかからんとする蛮骨の姿が―、
『ちょっと、蛮骨!何やってんの!?』
「何って…このふざけた野郎をぶっ殺すに決まってんだろ?」
『まだ怒ってんの!?あたしは平気だって言ってるのに』
「あのな、俺が怒ってる理由はそれだけじゃねぇんだよ!」
『じゃあ何なのよ!!』
「あ…あの〜…」
「俺達、鋼牙連れて帰りたいんだけど」
二人が言い争う傍で、銀太と白角は遠慮がちに声をあげた。
『あっ、蛮骨はあたしが止めとくから今のうちに早く!』
「「は…はいっ!」」
「唯おめぇ、何勝手なことを…!」
「鋼牙!腕、怪我してんじゃねぇか!」
「早く行こうぜ!」
銀太と白角は鋼牙に駆け寄ると、肩を貸そうと手を伸ばす。しかし鋼牙はその手を振り払った。
「俺は行かねー!蛮骨をぶっ殺して、唯を俺のものにするまではな…!」
「なっ…てめぇ、まだそんなことを…!」
再びいきり立つ蛮骨をどうにか抑えると、鋼牙のもとに寄る。
『鋼牙くん、お願いだから喧嘩しないで。腕の怪我が心配よ…』
「唯…」
『今日は助けてくれて本当にありがとう』
「お…おう」
「行くぞ、鋼牙」
「それじゃあまた、唯姐さん!」
鋼牙は照れたように頷き、大人しく銀太と白角に背負われて立ち去っていった。
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