同じ空の下で | ナノ


蛮骨は煉骨の悲痛な叫び声を聞かなかったことにし、すぐに真剣な顔に戻った。


「そんなことより今はあの妖怪をどうにかしねぇと…待ってろ、唯!!」

『蛮骨っ…!!(そんなことよりって…)』

「ざけんな…てめぇみてぇなか弱い人間に何ができる!!」


鋼牙は肩の上についた石のかけらを軽く払うと蛮骨を睨み付けた。一方、蛮骨はそんな彼を冷たい目線で見下す。


「フン、一向に口の減らねぇ狼だな」

「っるせー、てめぇはそこで見てな!!こいつは俺がぶっ飛ばす!!」


言うと同時に鋼牙は地面を蹴り、妖怪へと向かっていく。そのまま拳を構えて殴り掛かろうとするが―、



『ぁっ!!』

突然、体が宙を舞うような感覚がした。続けて何かにぶつかったような衝撃と鋼牙の声。
何が起こったか分からないまま次に目を開けた時、鋼牙の体の上に倒れていた。鋼牙が拳を振り切る前、盾代わりとして体をそのまま投げ付けられたのだろう。


『大丈夫!?』

「あぁ…」


鋼牙の背中に手を添えて起き上がらせていたちょうどその時、ゾワリと背筋が震えた。嫌な予感に振り返ると、そこには今にも自分達に向かって鋭い爪を振り下ろそうとする妖怪が―


「『…!!』」

「小娘とともに葬ってくれる!!」

「させるか!!」


遠くで蛮骨の焦ったような声が聞こえた。見ると蛮骨は蛮竜を手に、こちらに向かってきている。


「唯ーっ!!」

『蛮骨…!!』






蛮骨は必死に走った。全身の筋肉を走ることに集中させる。
けれど人間の能力には限界がある。どれだけ走ることに集中しても間に合わない。


「畜生!!」


ドクン―

「…ッ!?」


突然、視界が揺れた。続けて鼓動も早くなる。


ドクン
ドクン
ドクン


何だか嫌な予感がした。まるで自分が自分でなくなるような。何者かに心を取られるような…そんな気が。


「クッ…」






一方、


「『…ッ!!』」


瞼を固く閉じる唯。
顔にかかる風圧。それが心の中で一層危機感を募らせた。


助けて…。助けて、蛮骨…!
いつの間にか心の中で必死に彼の名前を呼んだ。そして、いよいよ妖怪の爪が届く……!





だが、いつまでたっても痛みが襲ってくることはなかった。


『……ぁ?』


薄ら目を開けてみると、その爪は数センチ手前で止まっている。そして瞬く間に腕から白い煙が立ち上った。


「グアァァァッ!!」


妖怪はけたたましい叫び声をあげて、地面をのた打ち回る。誰もが目を丸めた。しかし鋼牙だけは呆れたような笑い声を漏らしたのだった。


「ったく、あれほど帰れと言ったのに…」

『え…?』


鋼牙につられるように洞窟の入口へと顔を向けると、そこにはまだあどけない顔立ちをした妖狼族の少女が立っていた。その手には数枚の葉が握られている。


『菖蒲ちゃん!!』

「かっ…勘違いしないでよね!あたしは鋼牙を助けに来たんだから!」


顔を赤らめてそう言う菖蒲に対して、うんと笑って礼を言った。


「だ…だからァ、あんたのためじゃないって!!」

『うん、分かってるよ?』

「じゃあ、なんでニヤニヤすんのよ!」






菖蒲に対しいつもの笑顔を浮かべる唯を見て、蛮骨は安堵の溜息をついた。
唯が無事だと分かった途端、不思議と鼓動は落ち着いていた。自分が自分じゃなくなる、そんな予感も今じゃ気のせいだったのではないか…なんて思える。

気のせい…だよな。そうに違いねぇ。心の一点に出来た不安を消し去るように、自分にそう言い聞かせた。ただ状況が状況であるため、その小さな不安は一旦は蛮骨の心中から消えることになる。



「何故だ…何故こうにも物事がうまく運ばない。目覚めてから不幸続きだ!」


妖怪はその巨体を地に横たえたまま、苦しそうに唸りをあげる。
“目覚めてから”その言葉は違和感そのものだった。


『あなた…』

唯は立ち上がると、足を引きずりながら妖怪へと近づく。


『あなた、何者?妖怪じゃないよね』

「唯…お前、何を?」

『何で今までおかしいと思えなかったんだろう。すぐ後ろにいてもその存在に気付けないなんて。生き物なら気配ぐらいは持ってるはずよね?』

「フン、貴様ら我の正体を知らずして戦っておったのか?我らは妖怪ではない。名は産土(うぶすな)、古よりこの地を納める精霊だ」

『…精霊がどうしてそのような姿で四魂のかけらを狙うのよ』

「我らは教えられたのだ、四魂のかけらの力を…。丑寅の方角より来たあやかしによってな」


その言葉に蛮骨は眉を潜めた。


「…何だと?」




「なァ、睡骨。丑寅って確か…」

「あぁ…白霊山のある方角だな」

「…はー、何ともやな予感しかしねぇなァ…」


蛇骨は深い溜息をつく。そのように皆が様々な考えをめぐらせる中、産土はある重要な言葉を口にした。


「その者が持つおびただしい妖気は我らの御霊を汚すだけ汚し、辰巳の方角へと消えていった」

『辰巳』

「この穢れた魂はもはや四魂のかけらでしか癒せぬだろう。だから――」


産土は血走った目を鋼牙へと向ける。そして…


「大人しくそのかけらをよこせ、子童ァ!!」

『…ッ!?』


唯の頭上をいとも容易く飛び越え、そのまま鋼牙に襲い掛かった。


prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -