『あれ、姐さんてどういう?』
まぁいっか。あの人達とはまた顔を合わせることになりそうな気がする。取り敢えずこれで一件落着かな…!
フーッと深く息を吐き、振り返る。その先に複雑な表情を浮かべた菖蒲がいた。
『どうしたの?』
「一つだけ聞かせて欲しくてさ。さっきどうしてあたしと鋼牙のこと庇ったりしたのか」
『え…?』
さっき。あれ、さっきって…。
『あたし何したっけ』
「えっ!?覚えてないの?」
『あの時は必死でさ。理由なくちゃ、やっぱり駄目?』
もはや呆れて笑いしか出ない。先程の自分の行動については本当に綺麗サッパリ忘れてしまっていた。
「変な奴。でもありがと…」
彼女の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
それが嬉しくて自分も笑顔になる。
最初の言葉が少し気にはなったけど。まぁ、この際よしとしよう。
菖蒲が行ってしまうと嘘みたいに静まり返る。一見事態は落ち着いたようだ。
『…うぐっ!』
前言撤回。事態はまだ落ち着いてはいなかった。
後ろから突き刺さるような視線を感じる。
振り返ると案の定、俯いたまま肩を震わせている蛮骨の姿が。背景どんよりしてるし。ゴゴゴ…って効果音が聞こえてきそう。
『蛮骨…さん?』
「何で逃がした」
『何でって鋼牙くん怪我してたし、それに悪い人じゃないよ?』
そう言うと、蛮骨はやっと顔を上げた。張り付いたような薄い笑顔が気味悪い。
「まさかおめぇ鋼牙に気があるんじゃねぇだろうな」
『…は?』
「そーいや俺の女とか言われてたなァ…!何だ、甘い言葉囁かれて落ちちまったってか?」
『ちょ…ちょっと待ってよ!』
「そんなにあいつの肩持ちたいんだったら、後追っかけて嫁にでもしてもらえよ!俺は別に止めねぇからよ!」
『蛮骨!』
蛮骨は怒りをぶつけるように蛮竜を地面に突き刺すと、背を向けて何処かへ行ってしまった。
『何よ、一方的に怒っちゃって…。少しくらい話聞いてくれたっていいじゃない』
深い深い溜息が口を割って出る。だがその時、不意に肩に手を置かれた。振り返るとそこには何故かボロボロになった煉骨の姿が。
「大兄貴、ずっとお前のこと心配してたぞ。お前の刀拾った時、何かあったんじゃねぇかって…気も休める暇無く探し回ってな」
『…え?』
「大兄貴はお前のこと、大切にしてんだよ」
その言葉が心に染みる。
そうだ、この前の奈落の件から蛮骨はいつも気にかけてくれてる。なのに心配かけたこと、謝りもしないで。悪いことしちゃった。
『あたし、蛮骨捜してくる!』
*
「大丈夫か、煉骨」
「睡骨か。大丈夫じゃねぇよ、全くどっかの餓鬼のせいで」
肩を押さえながら首領への不満を漏らす煉骨に睡骨は声を上げて笑う。
「しかし意外だな」
「あぁ?何だよ睡骨、いきなり」
「大兄貴、色恋沙汰に関してはもっと積極的だと思ってたんだが。唯にまだ気持ち伝えてねぇらしいな」
「あぁ、唯も鈍感だからな。傷付けないように大兄貴なりに気ィ遣ってんだろ」
地面に刺さったままの蛮竜を見ると、煉骨は目を細める。
「だがそれも今のうちだな」
「どういうことだ?」
「大兄貴は欲しいものを目の前にして、指加えて見てられるような奴じゃねぇ。そろそろ動き出すだろうよ。ただ気になんのは…」
煉骨は視線を蛇骨へと移した。蛇骨は唯を切なげな表情で見つめている。
「あいつはどう動くか」
一方唯は鞘を杖代わりにして歩き、蛮骨の後を追っていた。数分ぐらい道なりに行くと小川があり、そこに蛮骨の姿はあったのだ。
後ろから名を呼んでも返事はない。
どうしよう、許してもらえなかったら。
でもちゃんと謝らなきゃ。
深呼吸をして覚悟を決めると、彼の背中に向かって話しかけた。
『ごめんなさい。助けに来てくれたのに、あたし…』
「……」
『でも本当に鋼牙くんとは何にも…』
言葉が途切れる。こんな下手な言葉をいくつも並べるのは無意味な気がした。逆に全てが安っぽく聞こえてしまいそうで。だから、
『本当にごめんなさい。守ってくれてありがとう』
それだけ伝えて戻ろうと思った。でも、
「行くな」
不意に聞こえた声。振り返ると蛮骨は真っ直ぐこちらを見つめて、またいつの間にか手を握られていて。訳の分からないまま、気が付いたら蛮骨の腕の中にいた。
『蛮…骨…?』
「どこにも行くな」
『え…』
「さっきのは全部嘘だ。鋼牙の嫁になればいいなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇ」
腕の力が更に強まる。
「他の野郎になんざ渡してたまるかよ」
蛮骨の声がすごく近くで聞こえる。こんなこと初めてで、どうしたら分からない。だけど仲間として必要とされてるんだって、そう感じて何だか嬉しくなった。
『どこにも行かないよ。突き放されたって皆についていくもん』
「唯…」
『あたし、こう見えてもしつこいタチだから覚悟してね』
そう言ったら、蛮骨は上等!と笑った。そして頬に蛮骨の大きな手が触れる。見ると蛮骨は何か言いた気な顔をしていて。初めて見たその表情に惹かれて見つめ返す。
「俺…」
パーン―
「『…っ!』」
突然響いた乾いた音。その音に我に返り、急いで蛮骨から離れた。
「わり…」
『…ううん』
何だか顔を見れなくて、紛らわすように音のした方へ顔を向ける。すると遠くの空で煙が漂っているのが見えた。
「銀骨が目印代わりに上げた花火だ。そろそろ戻るか?」
『うん』
それでどうしてこうなった。
『もう抵抗しないからさ、せめておんぶに…』
「しつけぇぞ」
あたしは今お姫様抱っこをされている。無論、蛮骨に。引っ掻き回して抵抗したのに、結局力づくで丸め込まれた。人に見られでもしたら恥ずかしくて死ねる。
でも今一番気になるのは自分の体の変化。胸がドキドキうるさいし、顔も熱い。それはきっと…、
『蛮骨のせいだし』
「俺が何だって?」
『ギャアッ、心読まないでよ!!変態!』
「なっ…思いっきり声に出てただろうが!」
『そんな馬鹿な!…あれ、それは?』
体を起こした時、蛮骨の腰から小さな籠がぶら下がっていることにふと気づいた。中を覗いてみるとそこには…
『…鮭?』
「さっき川で捕まえた」
腹が立つほど立派などや顔を披露する蛮骨。だが―
ぐぎゅぅぅ…負けないくらい立派なお腹の音。音の主は勿論…、
『また熊ァァ!?』それから無事全員が揃い、食事にありつけたのは数時間も後のことだったという…。
To Be Continued...
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