同じ空の下で | ナノ


『ちょっと!もう熊いないじゃない!』


その頃、再び超速で走り出した鋼牙に必死にしがみついて唯は叫ぶ。それでも止まろうとしないので、後ろから彼の両頬を思い切りつねった。


「い゙でででっ!―ったく何なんだよ!」

『それはこっちの台詞!あたしがいつあんたの女になったの!?』

「それは…」

『兎に角さっきの場所に戻ってよ』

「戻って何する気だよ」

『あの子の誤解解くに決まってるでしょ!』


この短時間で色々なことがあり、困惑していたが、何より今しなければならないのは誤解を解くこと。そう思った。だが、鋼牙は眉をつり上げ、唯の考えを即棄却する。


「余計なことすんじゃねぇ!」

『な…』

「俺がどんな想いで…」


その言葉の続きは鋼牙の口から紡がれることはなかった。何かを感じ取ったように顔を上げると舌打ちをする。


「俺としたことが、何で気付かなかったんだ」

『え…?』


言葉の意味が理解できず聞き返した時、生暖かい風が吹いて、木々が揺れた。唯もまた、ただならぬ気配を感じ取る。



「小僧、貴様四魂のかけらを仕込んでおるな?」


静寂の中に突如響き渡った不気味な声。額に汗が滲んだ。


「たかが熊だと思ってたら、一部とんでもねぇのが混ざってたみてぇだな」

『まさか妖怪!?』

「…掴まっとけ、また走るぞ」


唯だけが聞き取れるぐらいの声で呟いた鋼牙。答える代わりに彼の首に掴まると瞬時高く飛び上がる。更に木の枝をバネにして勢いづけると、つむじ風を起こして超速で駆け出した。


「…たまにあんだよ、こういうこと。何処から嗅ぎ付けてきたか知らねぇが、四魂のかけら仕込んでると常に色んな奴から狙われる」

『じゃあどうして…』

「それでもこれがなきゃあいつにたどり着けねぇ」

『…あいつ?』

「…行き止まりだ」

『えっ!?』


彼の肩から顔を覗かせると確かにこの先の足場が無い。絶体絶命とはまさにこのこと。思わず青ざめるが、一方鋼牙は腕の力を緩めて唯を下ろした。


「おめーはここに座ってな」

『あ…あんたは!?』

「俺は奴を片付ける」


そう言うと気配のする方をしっかりと見据え、牙を見せて笑った。


「これで心置きなく戦えるぜ!!」



気配はどんどん近付いてくる。その主はどうやら一つだけではないようで、いつ何処から襲ってくるか全く分からない状況である。緊迫した空気に唯は息を飲んだ。その時、突如辺りが暗くなり、鋼牙は中腰になって敵の襲撃に備える。しかし辺りを見回してもその姿は確認できない。


「どこにいやがる!!」


唯もまた敵の姿を探すが、ふと見上げると目を見開いた。天には黒く、巨大な物体が二つ。こちらへと落ちてくる。


『上よ!!』

「―っ…」


ドォォン!激しい音をたて“それ”は地に降り立つ。それは先程の熊よりもずっと大きく、何より赤く光る目が不気味さを物語っていた。


「妖狼族の子倅が四魂のかけらを持っておるとは聞いていたが。まさか、かようにか弱き小僧とは…」

「四魂のかけらがあれば我等も無敵になれようぞ!」


交互に言葉を紡ぐと、鋭い牙を剥き出しにしてはしたなく笑う。だがたちまちそれは唸り声へと変わり、一斉に飛び掛かってきた。


「「小僧、大人しく我等にかけらを渡せ!!」」

「馬鹿か!!そう易々と渡すわけねぇだろーが!!」


鋼牙もまた妖怪のもとへと向かって行く。だが殴り掛かる直前、妖怪は姿を消した。


「何!?」


出鼻をくじかれ立ち止まるが、すぐさま背後に新たな気配を感じる。振り返ると、既に妖怪の鋭い爪が鋼牙に振り下ろされていた。


「うわっ!!」

『あっ…』


間一髪で避けたが、爪が頬に当たったようで血が流れている。


「チッ、図体の割には素早い動きしてやがる」

『ちょっと、血が!』

「一々心配すんな。かすり傷だ」


そう言ったものの、実際にはかなり追い込まれた状況にあった。それに目の前にいるこの化け物はまるで妖気が見当たらない。今の今まで妖怪の存在に気付かなかったのは恐らくこのせいだ。


「どういうことだ…」


思考を巡らせていた、その時だった。再び妖怪は姿を消し、瞬時に鋼牙を挟みうちにする。


「…っ!?」


気付いた時は既に遅し。頭を狙って後ろから鋭い爪が振り落とされる。
そして、赤い血が地に染みを作った。


だが、それは鋼牙の血ではなかった。血とともに黒い肉塊がボトッと落ちる。
鋼牙へと振り落とされた妖怪の手は唯の刀によって切断されていた。唯はくじいた足を必死に立たせ、刀を妖怪を向けている。妖怪は呻き声を上げ、一歩二歩後退るが、すぐに鋭い眼光を唯へと向けた。


「おのれ、人間の小娘が!!」

『あ゙っ…!!』


一瞬のことだった。妖怪の太い腕にぶつかり、唯は突き飛ばされる。体は崖の手前で止まったが、その際よりによってくじいた方の足を強打してしまい、痛みに顔を歪ませた。


「おいっ!!」


すぐさま助けに向かおうとした鋼牙だったが、彼のもとにも妖怪の拳が振り落とされる。うまく避けたものの、その時激しい音をたてて地が揺れた。地割れが起きたのだ。地割れは唯が倒れている場所まで届いていく。

…嫌な予感しかしなかった。


「逃げろ!」

『え…?』


鋼牙が叫んだちょうどその時、唯は痛みをこらえ、体を起こているところだった。だが、激しい縦揺れのせいで再び倒れ込む。

元々途中から足場がなく、位置的に不安定だった場所。地割れなどが起こればどうなるか…簡単に予想はついた。そしてその予想は的中することになる。地割れはいくつも枝分かれしていき、唯のいる場所まで届いた。刹那足場が崩れ、体が後ろへと傾く。逃げる暇などなかった。


『きゃあぁぁぁっ!!』


叫び声とともに唯はその場から姿を消した。


「…っ…畜生!!」


鋼牙は妖怪一匹に蹴りを入れると、その反動を利用して駆け出す。そしてそのまま減速もせず、唯を追って崖から飛び降りた。

重力に従って落ちていく体。皮膚に当たる風に耐えながら目を開けると、自分より先に真っ逆さまに落ちて行く唯が見えた。


「クソッ…間に合ってくれ!!」



To Be Continued...

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