同じ空の下で | ナノ


気配がする方へと振り向くと、大きなつむじ風が見えた。段々こちらに近づいてくる。
蛮骨達もまたつむじ風に気付き、足を止めた。ちょうどその時――


「やっと見つけたァ!!」


突然声がしたと思えば風が吹く。その場にいた者は思わず目を閉じる。
そして次に目を開けた時、いつの間にか少女が立っていた。赤い髪に翠の瞳を持ったその少女はつむじ風を見据えている。


「誰だ、あれ…」


蛮骨が尋ねると弟分達は全員首を傾げる。ただその時、妖怪二人は同時に少女の名を口に出した。菖蒲、と。



少女の出現によりつむじ風は威力を弱め、彼女の前で止まる。誰もが予想できた。つむじ風から現れるであろう男の正体を…。そして予想通り、姿を現したのは鋼牙。
だが、蛮骨たち四人は愕然とする。何故か鋼牙は傍らに女を抱えていた。その女こそ、蛮骨たちが今の今まで行方を捜していた女、唯だったのだ。


一方、鋼牙は蛮骨たちに気付いていないようだ。それもそうだろう。実際双方の間には結構な距離があるし、生い茂る草のせいで鋼牙から蛮骨たちの姿はほとんど見えない。ただ目の前の少女を見据えると口を開く。


「菖蒲、一体何の用だってんだよ」

「聞かなくたって分かるでしょ!?いい加減、一緒に山に帰ろうよ!」

「またそれかよ、しつけぇな。言ったはずだぜ?俺は仲間の仇取るまで帰らねぇって」

「……そうだけど」

「それに俺には心に決めた女がいるんだ」


鋼牙は呟く。その表情はどこか自信がないようにも見えた。それに対して少女、菖蒲は少しだけ表情を変える。


「あたし、分かってんだからね!かごめには犬夜叉って奴がいるじゃん!」

「うぐっ…」

「鋼牙だって気付いてんでしょ?かごめが誰を想ってるかぐらい」


その場は緊迫した雰囲気に包まれる。だがちょうどその時、唯は目を覚ました。抱えられたまま、超速で走られていたため今まで目を回していたのだ。


『かご、め……かごめちゃん!?』


ぼんやりと霞む意識の中、聞き覚えのある名を耳にし、思わず身を乗り出す。しかしそこにいたのはかごめではなく、妖怪の少女。


『え…?』


菖蒲は唯を見ると盛大に眉を寄せた。


「誰、その女」

「お前には関係ねぇだろ」

「まさかもう新しい女!?しかもまた人間」


若干怒りを含めた声で叫ぶ菖蒲。
一方で唯は困惑した。その日会った男に突如抱えられて、熊から逃げて、目を覚ませば何故か修羅場な展開。状況は読めないが、この少女は何か誤解をしているらしい。


『いや、私はそんなんじゃ…』

「悪ィかよ」


唯の言葉は鋼牙によって遮られる。そして次の瞬間、彼はとんでもないことを言い出した。


「その通り、こいつは俺の女だ!!」


恥ずかしげもなく大声で叫ぶ鋼牙の隣で唯はただ目を丸めるしかなかった。いつどこでこの男の女になったというのか、全く身に覚えがないのだから。


『ちょっ、何を…』

「そういう訳だ。だからお前ももう俺を連れ戻そうだなんて考えるな!!」


唯の言葉を無視し、最後にそう言い放つと菖蒲は唇を噛みしめる。まだ何処か幼さも残る彼女の表情は悲しげで、それを見た唯は一層焦った。


「分かったらもう山に戻れ。仲間に心配かけんじゃねぇぞ」

そう捨て台詞を残すと、鋼牙は唯を抱えたままつむじ風を起こし、再び走り出した。




「何だよ…鋼牙の馬鹿……」


その場に残された菖蒲は消え入りそうな声で呟く。そしてつむじ風とともに姿を消した。






一方、蛮骨達はいうと、言葉を発することすら出来ずにその場に立ち尽くしていた。得に蛮骨と蛇骨は目を点にしたまま固まっている。

鋼牙と菖蒲が何を話しているのか、聞き取れなかったが、ただ一つだけはっきりと聞こえた言葉がある。「こいつは俺の女だ!!」唯を指しながら紡がれたその言葉は蛮骨達のもとにしっかり届いていた。


「どういうことだ?」


煉骨は顎に手を当て、考え込んだ。唯は鋼牙に会ったことがないはず。なのにこの短時間で恋仲になるとは考えにくい。一先ず首領の意見を得ようと顔を上げるが……、


「お…大兄貴?」


煉骨と睡骨は目を見張った。その表情は見て取れないが、彼の頭からは白い煙があがっている。蛮骨は振り返りもせず、そのまま歩き始めた。


「大兄貴、どこに…」

「どこに?そんなの決まってんだろ…狼狩りに行くんだよ」


口角を上げ、血走った目を向ける。今の彼はまるで獲物を前にした獣のようだった。こうなったら怒りが収まるまで止まらない。

持ち前の感覚の鋭さから危機を察した銀太と白角は気付かれないように退散しようとする。だが、蛮骨はそれを見逃そうとはしない。すかさず二人の肩を掴んで不気味な笑みを向けた。


「てめぇらも狼なら鼻が利くんだろ?」

「「へ…?」」

「案内してもらおうか!てめぇらの頭の所へよぉ…」

「「ヒィッ…!!」」


その恐ろしい笑顔を見た二人は抱き合って肩を震わせた。




「完全に怒らせちまったようだな…」


彼の様子を見て、煉骨は深い溜息をつく。そして唯に惚れているもう一人の男の方へと視線を向けた。蛇骨は未だに目を点にしたまま固まっている。声をかけるとビクッと体を震わせ、こちらを振り向いた。


「大丈夫かよ、お前」

「べっ…別に動揺とかしてねぇし!!」


いや、思い切りしてるだろ。そう思いはしたが口には出さなかった。これでもまだ、唯への気持ちを隠し通しているらしい。

同じ女に惚れながら全く違う反応をする蛮骨と蛇骨。ただ共通しているのは単純で、分かりやす過ぎるということだろうか…。二人を交互に見ると再び溜息が漏れた。


「面倒くせぇ…」




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