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尻が痛い。超麻痺してて痺れててそれでもなお走り続けられたから骨にも響いて・・・じぃちゃんの屋敷前に付いた頃には片倉さんの背中に力なくもたれ掛かっていて降りろ、と言われても降りることができなかった。

「HAHAHA!こいつ腰が反ってやがる!」

「うう、ううううううるせえんだよ!!俺はな!こんな猛スピードで走るだなんて思っちゃいなかったんだよ!!ざけんな!まじねぇ!!腰にあんまし力はいらねぇし、ケツが痛ぇぇえぇぇえ!!」

それでも降りるしかなくてずり落ちないように慎重に身を降ろす。地面に足がつくと尻に感電の如くに痺れが走り硬直。それを政宗がまた大笑いするという俺にとってなんとも情けない連鎖。

つうかよ!
お前、戦場ってのに何呑気に―――――!!!



視界一面にはいる屋敷に目を奪われる。あの高級旅館みたいに綺麗だった屋敷はボロボロだった。柱には刀傷や矢が突き刺さり所によってはボッキリ折れていた。綺麗な花が咲いてた庭も草木は踏み荒らされて無惨に潰れている。所々に血が染みこんでいて、ぶっ壊れた門から覗く庭には死体が転がっている。

火はつけられていなかったがそれでも己が屋敷を出る前のとは随分ちがく悲惨で言葉を失う。

「―――――・・・酷ぇ」

さすがに俺だってこんな酷いことはしない。いや警察沙汰とかになったら大変だからここまで酷いことはしねえけどさ、何年も過ごしてきた屋敷を勤めてきた屋敷をこうも汚すことができるなんざ・・・。


「・・・内乱はだいぶ収まってるようだな」

その政宗の呟きにじぃちゃんが脳裏を掠めて痺れる尻に叱咤して走り出した。伊達軍の奴らや片倉さんが「おい!」とか「馬鹿!」とか制止の叫びを浴びせてきたが、んなぁことよりもじぃちゃんだ。じぃちゃんは生きているかどうかってことなんだよ!


まだ死ぬんじゃねえぞじぃちゃん!死ぬんじゃねぇ!何のために俺が伊達ん所いくはめになったかわかりゃあしねぇ!まだ言いたいことたくさんあんだ!!死ぬんじゃなぇよ!死ぬんなら俺のその言いたいことを全部聞いてからにしやがれよ!!!


転がる死体に血溜まり、折れた刀や持ち主の居ない刀が散乱してる。誰かの手や足も転がってたり、首も普通のゴミと同じように落ちてやがる。ここにいると普通との区別がわからなくなってくる。

人の気配はまだ少しあって、これでも頭領をしてたもんだからそこらへんに落ちてる刀を拾って手に持ち走り出す。ケツの痛みなんてどうでも良い。じぃちゃんの安否、それだけが重要だ!


じぃちゃんは何処にいるのかわかりゃあしないが、まずは居そうなところへと向かい走る。屋敷内だとだいたい居るのが自室でそこへと向かうと外よりも悲惨に血を吸った畳は本来の色まったくもって見えず、クナイが床に天井に柱に何十本と突き刺さり折り重なるように死体が転がっている。

むせ返る錆鉄の匂いに吐き気さえ覚えるがもしかしたらじぃちゃんが埋まってるかもしれない、とふと思うと刀を捨ててその死体の山をどかして確かめていく。

「――じぃちゃ、じぃちゃん?じぃちゃん!じぃ――――信直・・・っ」

コレも違う。こいつも違う。そうして死体を次々とどけていくと一番下に埋もれて事切れていた人物。首元の半分を斬られ死んでいる信直。その濁った目には恐怖が残っており目をそらしてしまう。

なんだってこんな事になっちまってんだ!

仲が良い、というまでではないがそれなりに世話を焼いてくれた。じぃちゃんもそれなりに認めていてよ、いい奴だったんだ!だからここで死んでるってことはじぃちゃんが殺したことになる。血が繋がってなくても親子だっつうのになんで、どうして、殺しあわなきゃあならないのか。

信直はどんな気持ちでじぃちゃんに刃を向けた?
じぃちゃんはどんな思いで信直を、殺した?

互いに辛いはずなのに、互いにいやだったはずなのに。どうしてなんでこうなちまってよ・・・。

嫌なら、やめりゃあ良かったんだ!他の策をとればよかったんだ!話し合いなんて身内なんだからいくらでも時間あっただろうがよ!不満がってる家臣だって信直が少したしなめてやればもうちょっと時機延ばせて話し合いで解決できたかもしれねぇってのによ!!

馬鹿野郎!!






ホゥホゥ。

ホゥホゥ。



「―――――じぃちゃん!?」

笑い声。じぃちゃんの独特の笑い声が耳に届く。周囲を見渡しても誰もいない。誰もいないが視界の端に何かが動くのがわかった。血の染み込んだだけの一枚の障子に背の小さい姿がスッと映りこんだ。

「じぃちゃん!」

見間違いじゃない!今の身長の高さ、走り方じぃちゃんだ!!

廊下にでて走り去ったほうを見るがそこには誰もいない。それでもその先でじぃちゃんの笑い声が聞こえてくる気がして引っ張られるように吸い寄せられるように走り出した。

たどり着いた場所は信直の執務室で障子のない部屋との境目に足を踏み入れる。ここもじぃちゃんの自室同様に死体が中心を避けて転がっていてその中心には着物を赤黒く染め身を丸めるように蹲るじぃちゃんと、じぃちゃんを背に矢やクナイといった刃物を体に生やし立つ利直だった。

「利・・・直・・・?」

俺の声に反応した。利直は微かに首を動かして俺をその消えそうな目で見ると口の端をあげて小さく笑い手に持つ刀で身を支えた。それでも支えきれなかった身体は力抜け、膝を付き仰向けに転がった。

「利直!」

駆け寄るとその姿は惨く、見てから"助からない"とわかる。むしろこの怪我を負ってまだ生きていた事が不思議でならなかった。浅い息が漏れていて目も既に虚ろ。それでも俺の目を見ていて、視線をはずさなかった。か細い息と一緒に漏れる利直の声。

「・・・・・・っ・・・つかさ・・・か・・・ち・・・うえを止められ、な・・・・た」

「馬鹿野郎!しゃべんな!!」

「い、い・・・・・・き、ぃ・・・いてくれ・・・ちちう、え・・・は・・・・・領主・・・地位・・・か、きょう、み・・・・・・が、なかっ・・・・・・・・・なか、・・・た」

「しゃべんなってつってんだよ!」

「お、お前の・・・い、う・・・通り・・・・・・は、なして・・・み・・・た、んだ。晴政さ・・・叔父上、と。そ・・・れ、でわかった気・・・した。だか、ら父・・・に・・・話、て・・・・・・・み・・・たんだ、が」

痛いのだろう。
苦しいのだろう。
それでも喋ることをやめない利直。

痛みで顔を苦渋にしてもそれでも必死に伝えようとしていた。言いたい事を言おうとしていた。

俺は。俺はもう、何も言えない。利直の言いたいことだけを必死に零さないように聞き逃さないように聞くことしかできなかった。

「だ、だが・・・・が、父上、え、・・・は、く、くく・・・くだらな・・・と仰ったん、だ・・・・・・・・・・・・父を殺す・・・・などでき・・・なかった・・・・・・ぎり・・・ぎりま、で・・・叔父上を・・・・・・た、すけ・・・・・・できな・・・・・・・すま、な・・・・・・・―――――」

「・・・・・・馬鹿だな・・・。けどよ、ありがとな・・・ありがと、な・・・じぃちゃんを助けようとしてくれて、ありがとな・・・っ」

最後の最後まで喋り続けてよぉ、最後の言葉が謝罪なんてよ馬鹿じゃねぇの。それしか言うことなかったのかよ。それを言いたかったのかよ。普通、すまないじゃなくてもありがろうじゃねぇのかよ・・・。んで、俺だけがありがとうなんて・・・言って・・・。

力なく目を開いたままの利直の瞼を閉じさせてやる。まだ18歳っつう若さなのに、俺より若いのに全部わかりきったような顔しやがって。馬鹿だな。俺も・・・馬鹿だな。

何もかわんねぇ。

昔からいざって時に言いたいこと逃しちまう。後悔しちまう。

息のない利直を床に寝かせてうずくまるじぃちゃんの体を同じように仰向けに床に寝かせる。年寄りなのに随分と頑張ったようでよぉ、もうちょい頑張ってくりゃあいいものを。血の気のない動かなくなったじぃちゃんを見下ろして、ハァと息を吐いた。

涙さえでない。涙とはどういうものだったかなんてもうわかりゃあしない。ヤクザってのは、頭領ってのは、操り人形ってのは所詮そんなもんだ。


「・・・また、言いたいこと言えずに終わっちまったか」

ああ、疲れたな俺。
じぃちゃんとかの方が疲れてたんだと思うけどよ。

「あぁ・・・疲れたなぁ」

俺も、疲れた。

なんでこの世界に来たんだろうな。

どうしてあのまま海に沈んでお終いにならなかったんだろうな。

なんでだろうなぁ・・・



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