E


時は戦国乱世。
そのような時代に一人の男が落とされた。



つかさという二十歳という若さの男で、その喧しいほど活発な生活とは反対に人生は悪いものだった。

ヤクザの息子として生を受けたつかさは、その横暴なヤクザという存在が嫌で仕方なかった。だからこそ組を継ぐ気にはなれずに反発を繰り返してきた。


しかしその組頭領である父親が殺され、つかさは恐喝、脅しにより頭領に祭り上げられ裏では父親を殺した組により操られる、という事実上、道具として生かされることとなった。

世の中の警察はこの事など知る由もなく、父親の部下であった者たちもすでに敵に吸収されておりつかさはどうすることもできずに命令された事全てをやってきた。

人を殺すなんて当たり前となり、恐喝に麻薬取り引き、細工されている賭博、闇借金等等を繰り返しやってきた。

時には裏にいる組頭領に身体を奉仕するという屈辱的なことさえもやらされた彼は、ある日突然に"不必要"の印を押され東京湾、海にコンクリートで身を固められ生きたまま沈められた。



そして死んだはずの彼がやって来た戦国時代。

彼自身ここが何処なのか過去なのかまたは別の世界なのかを判断しきれずに南部晴政の傍に身をおいて生きることとなった。

しかしそれも一ヶ月で終わり、奥州筆頭伊達政宗による襲撃を受け、撤退を条件としその身を伊達軍へと捧げた――――――というのが今の状況である。



伊達に身を置き部屋を与えられ人とほとんど話をしないつかさの世から切り離された日常。

その一方で、南部の方では今回の防衛戦により当主の戦には参加させてはくれないという不安がとうとう溢れ、養子の信直と息子の利直に組みする者、現当主である南部晴政を頑なに信じ組みする者と二つに分かれていた。

政宗の適当に言った虚言は今まさに真となろうとしていたのだ。











「・・・・・・」

いつもしつこく引っ付いていたつかさが居なくなってから幾日と立っていた。身に負った怪我は対したことではないが医師がそろそろ良い歳なのだから完治するまで大人しくしていてください、と言われてしまった。

晴政自身確かに歳はとっているが武士として幼少の頃から鍛えてきただけあってこのぐらいの怪我なんともなかった。むしろ晴政よりも年上の医師に言われたことが少しばかりショックであった。


医師からの言葉もあって自室で庭を眺めていた。



・・・たった一ヶ月だというのに喧しい存在が隣にいなくてつまらない。

その存在がここに来るまで己は何をして時を過ごしていたか。ここまで寂しくなるのならばあの時、情に任せて"関係ない"などといわなければ良かった。

脇に置いてある茶碗の中に浮く茶柱が揺れて沈む。


「父上」

縁側の角から現れた養子の姿。

一目見てまた庭を見る。植えられた花が綺麗に咲いていて日常的に視ている景色と違い少しばかり違和感を覚えてしまう。

養子の信直がこちらへと近寄ってきてもう一度「父上」と呼んだ。晴政はやっとそこでしっかりと顔を向けた。

「何用か」

「父上に申し上げたい事があります」

その場に座らずにそのまま真剣な顔つきで見下ろす信直。まるで己の方が勝っているのだ、と言っているかのようだ。

「申せ」

信直は晴政がまだ若き頃、男児が中々できない故に姫を正室にすることで信直を貰いうけた。勿論その頃は後継者は信直に、と決めていたがそれから数年後に血のつながった男児が生まれ、実子の晴継を後継者とした。

―――が、晴継は元服してすぐの父との初陣にて殺され死んでしまった。


それ故に信直へと後継権を戻した訳だが、晴政は重要な戦には己が身一つと死兵のみで、対して重要でない戦に信直達家臣に任せるようになった。


「今回の戦で父上は怪我をなされた。父上は私達よりもお強い。しかし、話を聞けば今回の戦は本来負けであったというではありませんか。相手は、竹に雀・・・伊達の者。何故、我らに声をかけてくれなかったのですか」

「・・・・・・」

「今回のことで不満を表に出す者がでてきました。・・・このまま、このまま父上がお一人で戦に出るのであればその者たちが黙ってはいないでしょう」

信直の拳が強く握られる。信直もその不満を表に出すものの一人だとは晴政もさすがにわかっている。いや、わかっていた。血が繋がってはいないとはいえそれなりに身近にいたのだ、わからぬはずがない。

信直も不満に思いながらも晴政の事を心配している。その事もわかっている。それでも晴政は変える事はしなかった。今更、変えて何がどうなるのか。晴政は目を伏せもう一度、信直を見据えた。

「―――それだけか」

「っ父上」

「今更な事をの」




今更、遅い。


実の息子を失った。

身ひとつで戦へと出て家臣達の不満を膨張させた。



そして、―――

南部とはまったく関係のないつかさが人質となり傍らから消えた。




もう、何もかも今更で遅い。




カツン、と茶碗が倒れ転がり床に落ちて、割れた。甲高い茶碗の音とは別に高く擦れる音がその場に響き渡り日の光を反射した獲物の切っ先がこちらへと向けられる。

「・・・私達は信用されてはいないのですね。ならば、私が領主となり父上、いや、晴政の代わりにこの時代歩んでみせる」

「・・・・・・ホゥ、殺すといいやるか」

「・・・覚悟」

普段の武器が手元にない中、懐の小刀を取り出し構える。信直の真剣そのものの瞳は氷点下の燃える情、殺気が感じられ晴政は見つめる。

天井から、庭から飛び出してくる忍達。信直の背後から戦装束を身に纏った家臣が現れる。





「皆の者、我らが領地を守るために!」



その掛け声と共に彼等は声を上げ、それぞれの獲物を手に持ち晴政へと向かった。



[ 7/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]