5.二人の名前は、




「敵襲ー!!!」

運がない。
ペンギンは呟く。

二日の間に二回も襲撃にあうとは運がない。
自室からでて甲板に書ける時に施錠された倉庫に目がいった。

「――・・・(大丈夫だろう)」

施錠がされている。
それ以前に、船内には入れる気さえもない。

だからわざわざ"知らせず"ともいいだろう。

甲板にでれば既に乱戦状態となっていた。





5.二人の名前は、


今日は船酔いはそれほど悪くなかった。
流石に三日といればそれにも慣れて、そして昨日の点滴が効いたのか随分と楽だった。足にはりついた血も綺麗にしてくれた。ベポが朝、一緒にご飯を食べてくれた。倉庫の中は何もやることはないけれどもそれでもウミは今の状態にはそれなりに満足していた。

手首に巻かれている包帯。
昨日、処置をしてくれたらしい。隈の男の人。船長。名前はまだ知らないけれども、処置をしてくれたのが嬉しかった。放っておいてもいい傷だったというのに。

「・・・(変な人)」

睨まれると怖いけど。
最初の頃よりは、怖くなくなった。


―――ベポ来ないかな。
そう一人でいる寂しさに思っていると上から叫ぶ声が聞こえた。

「敵襲ー!!!」

「っ」

少し穏やかになっていた気持ちが緊張によって一気に硬くなる。
あの時の背後からの敵の手。刃物。殺す道具。そして、目の前でバラバラになった人が脳裏をかすめた。足元に飛び散る臓物。血。匂い。グラリと体が揺れて倒れそうになった。


―――あの時には麻痺して感じなかった死体への恐怖。

死の恐怖。
痛みの恐怖。


震えるからだ。
外から施錠されている為、逃げられない。
戦う道具も、頼れる存在もいない。
身を隠す場所もない。

何かないだろうかと周囲を見渡すものの、武器になりそうなものが見当たらない。倉庫といってもランプだとか布だと樽だとかそんなものしかなくて。そして施錠を無理矢理開けようとする音に硬直した。



ガチャ。ガチャガチャガチャ!

「・・・!(誰)」

震えて思うように動けない。
息をするのも忘れてしまいそうな不安に隅へと下がった。カツンと踏みつけた鉛筆。対抗てきるものが何もない今、その鉛筆が唯一の武器になった。素早く手にとって鉛筆を握り締め、扉の様子をじっとうかがう。

施錠をはずそうとする音が収まったかと思うと体に響く発砲音がした。開かれる扉。目の前にはつなぎを着ていない知らない男。ウミを見つけるなり歪んだ笑みをみせた。

「トラファルガー・ローの女か、ははっ・・・!」

カツン。
近寄ってくる足。


(来ないで)
(来ないで)
(コッチニ)


「たっぷり可愛がってやるからさっさと来い」

包帯を巻いていた手首をつかまれ引っ張られる。力の入らないからだはいとも簡単に引き寄せられて男の胸元へと向かい―――――鉛筆の先を突きたてた。


「ぐ・・・!このっ・・・アマァ!」
「――っっ・・・!」

女の力でしかも鉛筆の先端では致命傷など与えられるはずがなく、ウミは男に突き飛ばされて整頓のなっていない物の小山に倒れこんだ。背中に硬いものが幾つも当たり激痛を作り出す。そして発砲音。

肩に焼けるような痛みが走った。

「よくもやってくれたな!」

発砲音。
発砲音。

「・・・・・・っっ」


ひとつは煮える熱の残る肩に。そして腕に。
その一つ一つの痛みに声さえあげられずに、コロスなら早く殺して欲しいと願うだけだった。いや、願う思考さえも考える余裕が無かった。腕に力を入れるだけでまるで石に板ばさみされ潰されているかのような痛み。
涙も激痛ででなかった。



「・・・は、ははっ・・・てめぇみたいな女、いらねえよ!死んじまえ!」
「お前がな」

「―――おま、トラファるがっ、」

男が目を見開きそのまま前向きに倒れた。男の背後から現れたのは血のついた大きな刀を肩に担ぐ、隈が濃い船長だった。絶命した男は彼を見てトラファル――といった。きっとトラファルガー・ローというのは船長の名前なのだろう。

なんでこんな時に船長の名前を知れた。だなんて思っているのだろうか。腕に三発も打たれてとても痛いというのに。いや、痛いからこそ紛らわす為にそう思ったのかもしれない。生理痛だってほかの事に集中すれば痛みを感じなくなる。それと同じだ。

「――・・・・・・トラ、ファルガー・・・ローって言うんですね、なまえ」
「ああ」
「あたし、・・・・・・、・・・ウミって、なま・・・え、で・・・」

イタイ。熱い。脈が強く打ってるのがよくわかる。
喋る気力も使い果たしたウミは、滲んでいく視界の中、満足そうにみおろすロー船長をただただ見つめて、ゆっくりと目を閉じた。そこからはもう無音と暗闇の世界だった。

だから最後に船長のローが「―そうか。・・・ウミ、よく頑張ったな」と言っていたことを知らなかった。



(名前を知って欲しかったのは)
(無意識)




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