それから一日経った頃だった。 ウミという女のいる倉庫へとベポはよく行くようになる。船長は行くなとは言わなかった。ベポに対しては甘いし、ベポも船長を慕っていていう事を聞くから。だからベポが船長に「ウミの世話をしたい」って言い出したときには驚いたし、それを"許可"した船長にもっと驚いた。 「ペンギン!」 PENGUINとかかれた帽子を被った男の名を呼び慌てて近づいてくるベポ。その表情はとても焦っていた。 「どうした?」 「ウミが倒れたの!ど、どうしよう・・・!!」 その言葉とベポがあまりにも慌てるものだからペンギンも焦ってしまった。 「船長を呼んでくる」 そういう自身の声は、まるで別人のように思えた。 4.されど、微笑む 「船長、俺です」 船長の部屋の扉を叩けば少しの間のあと「入れ」と聞こえる。中へと入ると片手に珈琲の入ったコップを持ちながら医学書を読んでいる船長。その隈のある目がペンギンへと向けられた。 「なんだ」 「女が倒れたそうです」 「そうか」 その一言で視線は本へと戻った。 興味があるといった女よりも本を読むのが大事だったらしい。いつまでたっても動こうとしない船長、そしてペンギン。無言の空間を叩いたのは開けっ放しの扉から飛び入ってきたベポだった。 「キャプテンキャプテン!ウミが、ウミがっ!!」 しかもぐったりとしているウミを抱えてやってきた。力の入っていない手がブラリと揺れて真っ青な顔。目は閉じられたまま。 パタンと本を閉じる音。 長い、溜息。 「はぁー・・・。ベポ、そいつを寝かせろ」 「アイ!」 ゆっくりとベッドへと寝かされるウミ。顔には血の気がなく息も浅い。医師でもある船長は脈をはかるために手首を持ち上げた。 ザラリとした感触に眉を顰める。 「ウミ怪我してるの?」 「・・・(真新しい傷、これは歯形か?それに)」 爪で引っかいたミミズ腫れの痕、まだしっかりと残ってる歯形に切れた皮膚。その後ろにはふくらみを残した幾つかの一線。それは事故でついた傷跡ではなく、自傷でついたものだった。 「ペンギン、救急箱と点滴を」 「ああ」 「ベポはお湯と布をもってこい」 「アイアイ」 ビシッと片手を挙げるベポは部屋から飛び出していく。 残ったペンギンが救急箱を船長に渡し、点滴の準備をはじめた。 「自害でもしようとしたのだろうか」 「違うな。引っかいたあとがある。自害というよりは精神的疲労による自傷行為だ」 消毒液の匂いが部屋に広がる。手首の傷へとつければビクリと反応する手。それもすぐに静かになりガーゼに包帯を巻く。そして点滴の針を刺した。 視線を足へと向ければ黒くなった足。昨日の敵の血が黒くなり脚にへばりついているのだ。そしてその匂いがベポの鼻を効かなくしてウミ自身の怪我を隠していた。 「・・・あんとき、平然としてたからメンタル強ェと思ってたが思い違いだったか?」 「・・・・・・さあ」 ペンギン自身、あまり接していないというのもありわからないことの方が多い。ましてやたった一日の中の一回程度しかあっていないのだから本当のことなど知りようもない。ベポに聞けば何かしらわかるだろう。 「キャプテン、もってきたよ」 「ああ、それで足を拭いてやれ」 「アイアイ!」 お湯につけた布。染みたお湯を絞り汚れた足を拭き始めると、くすぐったかったのかそれとも熱い感触に反応したのかウミのまぶたがゆっくりと開いた。 視界に一番にうつるのは船長。 「・・・迷惑かけるんじゃねえよ」 「はい」 「・・・」 睨みを聞かせればすぐに帰ってくる返事。そして淡い笑み。 張り付いた笑みは"心配しないでください"とでも言いたげで無性に腹が立った。 (何に、) (どうして、) (腹が立った?) [mokuji] [しおりを挟む] |