白熊の名前はベポというらしい。 ウミは、倉庫にあの隈の男の通りに"放り込まれる"と、そのまま扉をしめられた。がちゃんと響く施錠の音。扉の先から聞こえる子供っぽさのある声。 「ごめんね?」 謝られる意味が、わからなかった。 2.我らは残虐 倉庫にいれられてから何時間たったのだろうか。 揺れる感覚に血の気が引いていく。それでもその症状を訴えられるほど気を許している存在もいなくて、それ以前にこの部屋にはウミ一人しかしない。外から施錠をされたということはきっと見張りもいないんじゃないか。 たった一人、船酔いを我慢するウミは状況を整理していた。 まずひとつ、扉を潜ったら船の上だったこと。 ウミはパン職人の見習いとして働いていた。そしていつも通りに焼きあがったパンを店内に並べるために熱の引いた鉄板をもって厨房から店に続く木製の扉を開けたのだ。その先には店内がみえるはずだというのに見えたのは上甲板と海と爽快に晴れた空。 そしてふたつ、ここはまるで別世界だということ。 扉を開いたら何故、ここにでたのかはわからない。考えても答などでやしない。それを抜かしてわかることといったら、ここはウミのいた世界とは色々と違っているということだ。別世界とでもいえばいいのか。倉庫内に転がるものの中にはみた事のないものやどう使えばいいのかわからないもの、そして本は英語らしき文字。英語圏なのかもしれない。そう考えたが"言葉"が通じているのだから違う。 それに自分の世界と違うという納得は、つなぎの人達が皆、武器を所持していたからだ。 それに白熊が言葉を話す。 人をコロスのも厭わない。 まるで海賊だ。 いや、まさしく海賊という単語によって思い浮かべる"海賊"と同じだった。 きっと何処かに宝を溜めとく部屋もあるんじゃないだろうか。 そこまで整理しおえると、手に力がはいり自分の服に皺をつくった。皮膚さえをも爪先で握り鈍い痛みをつくる。それでも収まることのない恐怖。しかしどうしようもないそれはただただ我慢するしかない。抑えきれないそれを我慢して、我慢して、感覚がわからなくなるまで我慢するしかない。ウミは我慢が強い。強いのだ。強くなければいけないのだ。 「・・・(大丈夫ダイジョウブ、あたしは、強い我慢できる我慢平気平気我慢ダイジョブ)」 吐き気がこみ上げる。吐いてはいけない。床を汚してはいけない。我慢しなければいけない。泣いてはいけない。怖いなんて思ってはいけない。怖くはない。そう、怖くはない。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気。平気平気平気。 部屋の隅で丸くなった。平気だ、平気平気。と何度か思っていれば急激な睡魔に瞼を閉じた。平気。平気。 船酔いの気持ち悪さと自身にかける暗示の重さにウミは縋るように眠った。これはきっと夢なのかもしれない。たちの悪い夢なんだろうな、と目を覚ませば自分の部屋のベッドにいるんだろうな、と。 「船長、どうする」 場所は変わる。 その部屋は医療の本が棚にしまわれていて刀もいくつか置かれていた。机の周囲には紙やら本やらと溢れている。その横に回転椅子に座る隈のある男と、"PENGUIN"とかかれた帽子をかぶる男が一人。 船長と呼ばれた隈のある男は「どうもしねえな」と呟いた。 「あの女が言ってることが真実かどうかはしらねェが、どちらにしろ次の島は見えない」 それはつまり降ろしたくても降ろせない訳になる。なる、が。 「俺はてっきり海に投げ捨てるのだとばかりに思っていた」 船長である隈のある男は、この世界では海賊だ。そして残虐非道な性格で怖れられている。悪魔の実"オペオペの実"による力で範囲内にいる人間を刀で斬りバラバラにしたり、入れ替えたり、とすることができる。バラバラにされて死ぬことはないが、"死ぬか死なないか"はその能力を使っている船長によって握られている。 医師でもある彼にその能力に、その残虐な性格が加わり世の中では"死の外科医"と呼ばれる存在となっている。 それを身近にいるからこそ良く知っている彼は、船長が倉庫に閉じ込めておくだけにしているのがやや奇妙でしかたない。害はなさそうだが、それでも侵入者だ。海に捨てるなり殺すなりするのが一番正しいのではないだろうか。たとえ女でも。 「甲板に出てきたのを見たときは敵と同じように殺そうかと考えてたが、少しばかり興味が湧いた」 「・・・興味?」 「あァ。目の前で人間をバラバラにしてやったってのに悲鳴どころか恐怖も、命乞いする仕草さえなかった」 「・・・確かにそうだったが」 目はただ見ていた。覇気のない顔はどうみても戦になれていなさそうで、その覗く腕は柔らかく鍛えていないことがわかる。なによりも武器ひとつ持っていない。そのコック服にパンを乗せた鉄板。場違いながらにもついさっきまで仕事をしていました感をにおわせる姿。その女は確かに一般人のなりをしていた。 だというのに、その女はバラバラとなった死体をみても悲鳴をあげなかった。それどころかそれをじまじまとみて平然と瞬きをして、足に乗る肉片をも特に何も感じてはいないようだった。普通の一般人ならその気色悪さに泣き叫ぶというのに。 そしてメスの切先を向けられてもそれに怯えることすらなく平然と船長と目をあわせた。恐怖の色を見せることのない瞳はとても黒く、見上げているはずの船長の姿さえ映らないくらいに。それに興味を示した。それをもつ女に興味をもった。 「それに興味がわいた」 何も映さない目。 超新星である隈のある男は、その目に己を映してみたいと思ったのだ。 「次の島まで乗せておく。ただし、逆らう仕草を見せたら痛めつけてやれ」 「・・・了解」 そう言う船長は口端を吊り上げ嗤った。 (夢か現か) (痛みがきっとそれを教える) [mokuji] [しおりを挟む] |